昨年の6月に、“勇敢な戦いの末に”というタイトルで紹介した、福岡市の不動産会社(コーセーアールイー)の内々定取消事件*1。
一審の福岡地裁*2では、原告のうち1人について、請求の一部である慰謝料+弁護士費用110万円の損害賠償を認め(H21(ワ)2166号)、もう1人についても慰謝料+弁護士費用で85万円の請求を認容していた(H21(ワ)1737号)*3。
そのような中、被告会社側の控訴に基づく控訴審判決が言い渡されたのであるが・・・
「福岡市の不動産会社が採用の内々定を一方的に取り消したのは違法として、30代の男性が約115万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、福岡高裁は16日、一審・福岡地裁判決に続き会社側の責任を認め、賠償を命じた。賠償額は一審の85万円から22万円に変更した。」(日本経済新聞2011年2月17日付朝刊、強調筆者)
元・内々定者側が勝訴したことに変わりはないが、賠償額の大幅な減額はちょっと痛いところ*4。
そこで、どこがそのような減額につながったのか、というところを眺めて見ることにしたい(控訴審の判決文はまだアップされていないので、あくまで記事から推測できる判示内容との比較になるが)。
原審と控訴審の違い
上記記事の原審である、福岡地判平成22年6月2日(H21(ワ)1737号)は、原告・被告間の入社内々定に至るまでのやり取りに関する認定事実に基づき、
「被告は,平成20年9月下旬に至るまで,被告の経営状態や経営環境の悪化にもかかわらず,新卒者採用を断念せず,原告及びAの採用を行うという一貫した態度を取っていたものといえる。」
と認定し、
「したがって,原告が,被告から採用内定を得られること,ひいては被告に就労できることについて,強い期待を抱いていたことはむしろ当然のことであり,特に,採用内定通知書交付の日程が定まり,そのわずか数日前に至った段階では,被告と原告との間で労働契約が確実に締結されるであろうとの原告の期待は,法的保護に十分に値する程度に高まっていたというべきである。」
と原告の期待利益を認めた上で、
「それにもかかわらず,被告は,同月30日ころ,突然,本件取消通知を原告に送付して本件内定取消しを行っているところ,本件取消通知の内容は,建築基準法改正やサブプライムローン問題等という複合要因によって被告の経営環境は急速に悪化し,事業計画の見直しにより,来年度の新規学卒者の採用計画を取り止めるなどという極めて簡単なものである。また,その直後の電話による原告の直接の確認と説明の求めに対しても,原告に対して本件内定取消しの具体的理由の説明を行うこともなかった。このように,原告が相談した福岡学生職業センターからの指導に対する対応を含めても,被告が内々定を取り消した相手である原告に対し,誠実な態度で対応したとは到底いい難い。」(理由1)
「加えて,被告は,経営状態や経営環境の悪化を十分認識しながらも,なお新卒者である原告及びAの採用を推し進めてきたのであるところ,その採用内定の直前に至って,上記方針を突然変更した具体的理由は,本件全証拠によっても,なお明らかとはいい難い。特に,被告における取締役報酬のカット幅や株主への配当状況等に照らせば,被告がいわゆるリーマン・ショック等によって緊急かつ直接的な影響が被告にあると認識していたのかは疑わしく,むしろ,経済状況がさらに悪化するという一般的危惧感のみから,原告及びAへの現実的な影響を十分考慮することなく,採用内定となる直前に急いで原告及びAの本件内々定取消しを行ったものと評価せざるを得ない。そして,本件全証拠によっても,当時,原告について被告との労働契約が成立していたと仮定しても,直ちに原告に対する整理解雇が認められるべき事情を基礎付ける証拠はない。」(理由2)
という2つの理由から、
「被告の本件内々定取消しは,労働契約締結過程における信義則に反し,原告の上記期待利益を侵害するものとして不法行為を構成するから,被告は,原告が被告への採用を信頼したために被った損害について,これを賠償すべき責任を負うというべきである。」
という結論を導いたものであった。
だが、控訴審判決では
「事前連絡や経緯の説明に不十分なところがあったと認めざるを得ない」
と1つ目の理由については原審の判断を概ね肯定しているものの、後段の2つ目の理由については、
「内々定の撤回には企業経営上の相当な理由があった」
として、会社側の主張も一部認めたようである。
当時の会社側の事情が、「単なる一般的危惧感」に過ぎないものだったのか、それとも「より深刻な」ものだったのか、ということを、後付けで議論するのはなかなか難しく、特に、この会社の場合、比較的傷が浅かったのか、昨年12月の4半期決算などを見ても、業績が回復基調にあるのは明白なだけに*5、地裁が厳しい判断を下したのも、理解できるところはある。
ただ、どんな会社でも“取りたい学生”の確保には四苦八苦している状況がある*6ことを考えると、「内々定者を切る」という選択は、そう簡単にできるものではないのであって*7、それでもなお「切った」という事実は、それだけでも、「会社にとって経営上の深刻な問題が起きていたこと」を推認させる事情として大きなものだと思うだけに、控訴審の判断があながち間違っているとも言えないだろう*8。
もっとも、“切られた側”の精神的ショックと苦境を考えれば、個人的には、「事前連絡や説明が不十分」という点だけで、原審と同額以上の慰謝料を認めても良いんじゃないか、と思うのも事実なのではあるが・・・。
なお、控訴審判決は原審と同様に、
「内々定は内定と明らかに性質が違い、企業が新卒者を囲い込んで他の企業に流れるのを防ごうとする活動の域を出るものではない」
と労働契約(始期付解約権留保付労働契約)の成立を否定している。
入社に向けた誓約書も提出していない段階で*9、契約の成立を認めるのは、かえって内々定者(学生)側の不利益となる面が大きい*10から、この点については理解できるところ。
「無理やり他社の内々定の辞退を強制された」といったような事情があればともかく、そのような事情がない場合に、労働契約成立の主張をするのは無理筋のようにも思えるだけに、今後の同種事案での原告側代理人の動向にも注目したいところではある*11。
*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20100604/1275928482
*2:第5民事部・岩木宰裁判長
*3:慰謝料額に差異があるのは、口頭弁論終結時点で再就職先が決まっていたか否かの違いによるものと考えられる。
*4:第一審判決には仮執行宣言も付されているので、もし原告が仮執行を受けていれば(受けるだけのモチベーションは十分にあると思えるだけに)、差額を返納する義務まで生じることになってしまう。
*5:http://www.kose-re.jp/pdf/20101207-01.pdf
*6:新卒求人難が深刻化している状況を考えると何とも皮肉な話であるが・・・。
*7:この辺は、高齢社員のリストラや“派遣切り”とは事情がまったく異なる。
*8:原審判決で要約されているこの点に関する被告の主張は、確かに“上っ面だけ“の主張のように思えるから、ここは控訴審でかなり主張をテコ入れしたのかもしれないが・・・。
*9:「承諾書」は提出しているようだが、原審では「誓約を求める」性質のものではない」と認定されている。
*10:極端な話、露骨な「内々定者拘束」を正当化する根拠にもされかねない。
*11:まぁ慰謝料請求だけだとリスクが高いしやりがいもないから、「一応チャレンジ!」というパターンは多いのかもしれないけれど。