胸が痛む話。

日経紙月曜版の「法務インサイド」に「公益通報者保護法」の特集が掲載されている。

法施行からはや5年。もうそんなに経ったのか・・・と思いつつ、読んでいくうちに、これまで見聞きした様々なエピソードが頭をよぎり、胸が痛んだ。

「企業の不祥事を告発した従業員らを報復人事などから守る公益通報者保護法が、4月で施行から丸5年を迎える。「保護されるための要件が厳しすぎる」といった法律自体への批判が根強いほか、消費者庁が実施した調査で労働者の6割強が同法を「知らない」と答えるなど運用面でも課題は山積だ。」(日本経済新聞2011年2月21日付朝刊・第17面)

そう、課題は山積である。

記事の中では、“氷山の一角”事例として、オリンパス社員の“不当制裁”のケースや、セイコーHDのケース(子会社である和光が重大な問題を抱えていたにもかかわらず、内部通報が一件もなかった、というケース)が紹介されているのだが、効果的な内部通報により不祥事を見抜けなかったケース、勇気を持って通報した社員が少なからぬ不利益を受けているケース、というのは身近なところにも、たぶんに存在する*1

おおざっぱに分けると、「内部通報」には、次の3パターンがあると思っている。

(1)元々仕事ができる優秀な人と評価されていて、周囲の信望も集めているタイプの社員が、不祥事の種を的確に見抜いて内部通報してくるケース
(2)元々理解力にも周囲との人間関係構築にも問題があるタイプの社員が、客観的に見れば何ら問題になりえないようなことを取り上げて内部通報してくるケース
(3)元々若干クセがあって、職場では浮きがちなタイプの社員が、他の社員があまり問題意識を持たないような事柄(だが、法的に突き詰めて考えるとシロと言い切れるかは疑わしい事柄)について内部通報してくるケース

このうち、(1)と(2)については、対処は比較的しやすい。

(1)であれば、「なるほど」と迅速に対応して病巣を速やかに取り除く方向に動いていくことになるし*2、(2)であれば、はなから相手にせず、悠然と構えておればよい*3

だが、(3)のケースでは非常に悩ましい問題が、概して起きる。

指摘された内容自体は、突き詰めて考えると確かにもっともなところはある。だが、通報された行為を直ちにやめさせ、関係者を速やかに処分できるほど白黒はっきりしているか、と言えばそうでもない*4

下手に勇み足的な処分をすれば、逆に処分を受けた側から反撃を食らいかねないから、おのずと対応は慎重にならざるを得ず、結果として「通報したのに何も変わらない」という状況がズルズルと続くことになりがちだ。

また、「通報者」は匿名で保護される、とはいえ、ひとたび本格的な調査等に入ることになれば、通報された内容や、本人の日頃の言動等から、当該職場では一瞬で特定されてしまうことが多い。

そうなると、元々職場に必ずしも溶け込んでいない当人が、それまでと同じ環境を維持したまま業務に従事することは至難の業となる。

結果として、“人事的配慮”から、別の部署に異動することになったり、子会社等に出向で出される、という事態につながったりする*5

動かす人事の側は人事の側で、「そのまま職場においておいたら、本人がもっとつらくなる」等々の言い分はあるのだろうし、本人が自ら望んで、というパターンも決して少なくはないようだが、傍から見ていると、あたかも“報復”のように見える場合もあって、「通報者」を守るためにもう少し何か出来たのではないか、と忸怩たる思いに駆られることも何度かあった。

本来であれば、上記(3)のようなパターンの「内部通報」こそが、会社にとって一番大事なはずだし、そういった前提を踏まえて、(3)のようなパターンの「内部通報者」に不利益を課さないようにすることこそが、公益通報者保護法の最大の目的であるはずなのだが、それが必ずしも十分に機能していない、という現実は確かに存在するように思う。


上記記事に限らず、こういった問題の背景事情として「法の不備」を指摘する声は多い。

だが、個人的には、「会社」という組織が、生身の人間で構成される共同体である以上、法律をどんなに変えたとしても、似たような問題は残ってしまうのではなかろうか。

“正義の味方”として「通報者」に温かい視線を送り続けられるほど、職場で働いている一般の社員たちの心は強くないし、冷たい視線に晒されながら同じ職場で生き抜いていけるほど「通報者」も強くはない。

いつになく、“なら、どうすりゃいいんだ?”という問いへの答えを自分自身が見つけられない、そんな問題ではあるのは間違いないところである。

周囲を悉く敵に回してしまったような社員でも、その人が言っていることに一分の理でも見出せる限りは、体を張ってかばい、温かく見守り続ける・・・「法務」の看板を背負っている限り、自分自身はそうあり続けたい、と思っているのであるが、言うは易し、行うは・・・という現実を前にして、頭がくらくらしそう・・・

そんな気分である。

*1:筆者自身は、ダイレクトに“ホイッスル”を受けた経験はないのだが、二次的な対応の中で、これはどうなんだろう・・・と考えさせられたことは何度もある。

*2:もっとも、本当に優秀で信望を集めるようなタイプの人であれば、「内部通報」のルートに載せるまでもなく、通常の業務ルート(あるいは仕事の中で積み上げた(幹部直結の)バイパスルートをうまく使って、問題を解決していくことが多いから、このタイプの内部通報、というのは現実には極めて少ないように思う。

*3:一種の“クレーマー対策”的なノウハウが必要になってくるのは事実だが・・・。

*4:大体、この種の通報の俎上に挙げられる関係者、というのは、問題とされている行為を悪意なくやっている場合も多いし、それも無理ないかな・・・と思える状況があるのも事実なので、なおさら動きを取り辛い、ということになる。

*5:総合職社員であれば、異動の合理性なんていくらでも説明が付くし、降格や減給を伴わない(むしろ職位も給与も上がるような)異動であれば、公益通報者保護法第5条にも抵触しない、というのが、人事サイドの言い分のようである。

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