「相続させる遺言」と「代襲相続」の可否

「相続させる遺言」による推定相続人が遺言者よりも先に死亡した場合に、「『相続させる遺言』の効力を生かしたまま、代襲相続を認めるのか」(積極説)、それとも「推定相続人の死亡により『相続させる遺言』の効力が失われるのか」(消極説)ということについて、これまで高裁段階での判断は分かれていた。

だが、最高裁が多数説である「消極説」を支持する判決を出したことで、どうやら決着はつきそうである。

最三小判平成23年2月22日(H21(受)1260号)*1

事案としては、

平成5年2月17日 Aが「Aの遺産全部をBに単独で相続させる」という内容の公正証書遺言作成
平成18年6月21日 B死亡
平成18年9月23日 A死亡

という状況の下で、推定相続人であったAの子(被上告人)と、Bの子(上告人)が、不動産持分の確認を求めて争った、というシンプルなものである。

上記積極説に立てば、Bの代襲者である上告人らがAの遺産全部を相続できることになるが、消極説に立てば、法定相続分に従い、被上告人と上告人ら(新聞記事によると3名いる模様)が2分の1の持分をそれぞれ有することになる。

本件の相続財産がどれほど価値のある不動産だったのかは分からないが、高価なものであればこの違いは大きい。
そして、本件では、地裁がいったん上告人勝訴の判決を下しているだけに(高裁で被上告人逆転勝訴)、なおさら、上告人としては勝ちたかったところだろう。

だが、最高裁は、

被相続人の遺産の承継に関する遺言をする者は,一般に,各推定相続人との関係においては,その者と各推定相続人との身分関係及び生活関係,各推定相続人の現在及び将来の生活状況及び資産その他の経済力,特定の不動産その他の遺産についての特定の推定相続人の関わりあいの有無,程度等諸般の事情を考慮して遺言をするものである。このことは,遺産を特定の推定相続人に単独で相続させる旨の遺産分割の方法を指定し,当該遺産が遺言者の死亡の時に直ちに相続により当該推定相続人に承継される効力を有する「相続させる」旨の遺言がされる場合であっても異なるものではなく,このような「相続させる」旨の遺言をした遺言者は,通常,遺言時における特定の推定相続人に当該遺産を取得させる意思を有するにとどまるものと解される。」
「したがって,上記のような「相続させる」旨の遺言は,当該遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合には,当該「相続させる」旨の遺言に係る条項と遺言書の他の記載との関係,遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などから,遺言者が,上記の場合には,当該推定相続人の代襲者その他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り,その効力を生ずることはないと解するのが相当である。」(2-3頁)

という解釈を示し、本件では特段の事情がないことから、あっさりと原審の判断を是認した。


積極説に立った東京高判平成18年6月29日(H18(ネ)634号)では、

代襲相続は,被相続人が死亡する前に相続人に死亡や廃除・欠格といった代襲原因が発生した場合,相続における衡平の観点から相続人の有していた相続分と同じ割合の相続分を代襲相続人に取得させるのであり,代襲相続人が取得する相続分は相続人から承継して取得するものではなく,直接被相続人に対する代襲相続人の相続分として取得するものである。そうすると,相続人に対する遺産分割方法の指定による相続がされる場合においても,この指定により同相続人の相続の内容が定められたにすぎず,その相続は法定相続分による相続と性質が異なるものではなく,代襲相続人に相続させるとする規定が適用ないし準用されると解するのが相当である。」
「これと異なり,被相続人が遺贈をした時は,受遺者の死亡により遺贈の効力が失われるが(民法994条1項),遺贈は,相続人のみならず第三者に対しても行うことができる財産処分であって,その性質から見て,とりわけ受遺者が相続人でない場合は,類型的に被相続人と受遺者との間の特別な関係を基礎とするものと解され,受遺者が被相続人よりも先に死亡したからといって,被相続人がその子に対しても遺贈する趣旨と解することができないものであるから,遺贈が効力を失うのであり,このようにすることが,被相続人の意思に合致するというべきであるし,相続における衡平を害することもないのである。他方,遺産分割方法の指定は相続であり,相続の法理に従い代襲相続を認めることこそが,代襲相続制度を定めた法の趣旨に沿うものであり,相続人間の衡平を損なうことなく,被相続人の意思にも合致することは,法定相続において代襲相続が行われることからして当然というべきである。遺産分割方法の指定がされた場合を遺贈に準じて扱うべきものではない。

と、「相続させる遺言」と「遺贈」の違いにフォーカスして、代襲相続を認める、という結論を導き出したのであるが、本件ではそのような言及もなされていない*2


消極説に立ったとしても、代襲相続人の持分が減るだけで「相続権そのものを失う」ことにはならないのに対し、積極説に立った場合には、本来相続人になり得るはずの代襲相続人以外の者が相続権を失う、という事態に陥ることから、最高裁としてはよりハレーションが小さい方を選んだのかな・・・、と勘繰ったりもしたのであるが、考えすぎだろうか。

本判決の

「本件遺言書には,Aの遺産全部をBに相続させる旨を記載した条項及び遺言執行者の指定に係る条項のわずか2か条しかなく,BがAの死亡以前に死亡した場合にBが承継すべきであった遺産をB以外の者に承継させる意思を推知させる条項はない上,本件遺言書作成当時,Aが上記の場合に遺産を承継する者についての考慮をしていなかったことは所論も前提としているところであるから,上記特段の事情があるとはいえず,本件遺言は,その効力を生ずることはないというべきである。」(3頁)

という記述を見ると、遺言書のドラフティング次第で、相続予定者死亡のリスクは回避できるような気もするのであるが、そのあたりの実務の今後も含めて、興味深いところである*3

*1:第三小法廷・田原睦夫裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110222120159.pdf

*2:なお、前記平成18年高裁判決では、上記論旨に加え、「被相続人の遺言時の意思に反しないか」という点も検討されており、非代襲者の死亡後に、被相続人代襲相続人も含めた遺産分割方法を指定した遺言を作成しようとしていた、という事実も、代襲相続人の請求を認める理由となっている。

*3:一番いいのは、各推定相続人との関係に応じて、被相続人となる者が刻一刻と遺言の内容を改めていく、ということだろうが、本件のように死亡の先後が3ヶ月、ということになると、対応もなかなか容易ではないし(相続予定者が亡くなったときには、被相続人が遺言能力を既に失っていた可能性もある。)、本件のような公正証書遺言となると、そう何度も作成するわけにはいかないから、ここは悩ましいところかもしれない。

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