まだ事態が全面的に収束したわけではないこの段階で、議論を始めるのは時期尚早、という声もあるかもしれないが、今日の日経紙に掲載された記事に、見過ごせないものがあったので、あえてこのタイミングで取り上げておくことにしたい。
「政府は20日、東京電力福島第1原子力発電所の事故をめぐって国が周辺地域の住民に直接賠償する検討に入った。原発の事故では運営主体である東京電力が賠償するのが原則だが、今回は人為的なトラブルではなく大震災が原発事故を招いたと判断。賠償責任のすべてを東電に負わさず、一部を国が肩代わりする。」
「同法(注:原子力損害賠償法)では「天災や社会的動乱」が起きた場合には国にも責任が生じるとする規定が設けられており、今回の原発事故はこの規定に該当するとみられる」(日本経済新聞2011年3月21日付け朝刊・第5面)
この記事は、ここ数日ネット上でも一部で話題になっている「原子力損害の賠償に関する法律」(http://www.houko.com/00/01/S36/147.HTM)の
(無過失責任、責任の集中等)
第3条 原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。
という事業者の無過失責任を定めた規定の「ただし書き」の適用を示唆したようにも読めるものであるが、ここには明らかにおかしいところがある。
というのも、これまでの同法の解釈によれば、「異常に巨大な天災地変又は社会的動乱」によって損害が生じた場合、という但し書き適用時には、原子力事業者が「完全に免責」されることになるから、国が「一部を」肩代わりする、という話にはならないはずだからだ。
記事がいうところの「国の一部肩代わり」というのは、むしろ、上記「原子力損害の賠償に関する法律」第10条に基づく「原子力損害賠償填補契約」に基づく補償のイメージに近い。
そして、原子力損害賠償填補契約については、法律(「原子力損害賠償補償契約に関する法律」)が存在するところ(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S36/S36HO148.html)、この法律によると、
(補償損失)
第3条 政府が前条の契約(以下「補償契約」という。)により補償する損失は、次の各号に掲げる原子力損害を原子力事業者が賠償することにより生ずる損失(以下「補償損失」という。)とする。
一 地震又は噴火によつて生じた原子力損害
(以下略)
とされており、別に「異常に巨大な」天災地変でなくても、一定額の損失補償が受けられる仕組みになっている*1。
もちろん、国も常に気前よく損失補償をするわけではなく、
(補償金の返還)
第13条 政府は、次の各号に掲げる原子力損害に係る補償損失について補償金を支払つたときは、原子力事業者から、政令で定めるところにより、その返還をさせるものとする。
一 補償契約の相手方である原子力事業者が第9条の規定による通知を怠り、又は虚偽の通知をした場合において、その通知を怠り、又は虚偽の通知をした事実に基づく原子力損害
二 政府が第15条の規定により補償契約を解除した場合において、原子力事業者が、その解除の通知を受けた日から解除の効力が生ずる日の前日までの間における原子炉の運転等により与えた原子力損害
(補償契約の解除)
第15条 政府は、補償契約の相手方である原子力事業者が次の各号の一に該当するときは、当該補償契約を解除することができる。
一 賠償法第6条 の規定に違反したとき。
二 補償料の納付を怠つたとき。
三 第9条の規定による通知を怠り、又は虚偽の通知をしたとき。
四 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律 (昭和32年法律第166号。第17条第2項において「規制法」という。)第21条の2 、第35条、第43条の18、第48条、第51条の16、第57条第1項若しくは第2項、第57条の4、第57条の5、第58条第1項又は第59条第1項の規定により講ずべき措置を講ずることを怠つたとき。
五 補償契約の条項で政令で定める事項に該当するものに違反したとき。
2 前項の規定による補償契約の解除は、当該補償契約の相手方である原子力事業者が解除の通知を受けた日から起算して90日の後に、将来に向つてその効力を生ずる。
と、一定の要件を満たした場合には、事業者に対する補償金の返還請求ができることになっているが、今回のようなケースで、これに該当する事由があるとは考えにくいから、おそらく淡々と契約に基づく損失補償がなされることになるはずである。
・・・で、問題は、上記記事の趣旨が、単に、
「損失補償契約に基づき、国が原子力事業者(東電)に対して一定の範囲内で損失補償を行う」
というだけの当たり前のことを言っているものに過ぎないのか、それとも、
「原子力損害賠償法3条但し書きに基づき、事業者に代わって国がすべての損害賠償責任をかぶる」
という趣旨なのか、というところにある。
当の事業者にしてみれば、「異常に巨大な天災地変」を理由に賠償責任を免れることができるなら、それにこしたことはないだろう。
だが、今回の件に関して言えば、それは“禁じ手”に他ならないと思う。
「天災による不可抗力」を理由に、事業者が賠償責任を一切負うことなく、表舞台から逃げ出すようなことがあったとしたら、会社自体がその場の危難を免れることはできても、同じ事業者が再び「原子力発電」を推し進めることを地域が、社会が許すかどうか・・・。
当然、ここでは、株主の利益も考慮されなければならないし、その観点から、短期的なリスク回避の視点も重要だとは思うのだけれど、この国の未来に「原発」が真に必要、というのであれば、取るべき者が責任を取らないことには、何も始まらない、と思うところである*2。