原賠法をめぐる議論を有益なものとするために。

先日、「原子力損害の賠償に関する法律」(原賠法)をめぐる議論にちょこっと触れてみたのだが*1、ここに来て賠償責任をめぐるネット上の議論が若干迷走気味になっているような気がしてならない。

例えば、同法3条1項但し書きの

「ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りでない」

という規定が適用されるのかどうかについて論者の解釈がバラバラで、東京電力の負うべき責任が“純然たる社会的責任”なのか、それとも“法的根拠を伴う責任”なのか、という点において、議論の出発点がそもそも異なっていたりするし、損害賠償の範囲についても、人によって言っていることがまちまちだったりする。

だが、“印象論”としてさらっと呟くだけならまだしも、「原賠法」に言及しながら“事業者の責任論”を真っ向から論じようとするのであれば、これまでの原賠法の制定経緯や解釈論の積み重ねを踏まえずに議論を重ねたところで、今後に向けての有益な展望は開けないだろう。

自分としては、少なくとも、「法」にかかわる仕事に従事する者がコメントをするのであれば、条文の文字面だけ読むのではなしに、http://togetter.com/li/114804 でまとめられているような、これまでの経緯を踏まえて、コメントした方がいいんじゃないかな・・・と思っている。

これまでの議論を追ってみていくならば、少なくとも「免責」の部分については、

「異常に巨大な天災地変とは、一般的には歴史上例の見られない地震、大噴火、大風水災等が考えられる。我が国原賠法の考え方としては、被害者保護の立場から、原子力事業者の責任を無過失賠償責任とするとともに、原子力事業者の責任の免除事由を通常の不可抗力よりも大幅に限定し、賠償責任の厳格化を図っている。」(原子力損害賠償制度専門部会報告書9頁・平成10年12月11日)

「「異常に巨大な」と規定したのは、不可抗力性の特に強い場合のみに限定する趣旨であり、例えば、関東大震災阪神淡路大震災は、巨大な地震ではあっても、「異常に巨大な天災地変」には該当しません。すなわち、歴史上例の見られないような、これらの大震災を相当程度上回る規模のものをいうと解しているところです。」
「「異常に巨大な天災地変」としては、原子炉施設の設計基準をはるかに上回る場合や未知の事象が出現した場合等、現在の知見ではおよそ予測不可能な巨大な自然災害を想定しています。」
(上記報告書の原案に対するパブコメの回答・10-11頁)

といった説明がなされてきた経緯や、平成10年の報告書が出された時点で、国際条約から「異常に巨大な天災地変」を理由とする免責条項が削除されていた、という事実(にもかかわらず、敢えて国内法に免責事由を残す合理的な理由を説明するためになされたのが上記説明である)から、今回の地震をもって「異常に巨大な天災地変」というのは、かなり無理のある主張だということが分かるし*2、そのような積み重ねをひっくり返してまで、東電が「免責」を主張するリスクが極めて高い、ということも理解できるところ。

また、賠償範囲の話にしても、JCO事故後に出された調査研究会の最終報告書を見れば、条文から思い浮かべる賠償範囲よりも相当広い範囲の賠償が法の解釈として想定されていることが分かるはずだ*3

停電に放射能、と、そうでなくても都会人をいらいらさせる材料が揃っていて、感情的な議論に飛んでいきやすい土壌が備わっている時期だけに、「法が読める」人々だけでも、もう少し冷静な議論をした方が良いのではないかな・・・と思う次第である。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110321/1300722999参照。

*2:今回の地震は「巨大な地震」ではあっても、「歴史上例の見られない」とまでは言えない(少なくともマグニチュードで言えば、過去にM9.0級の地震は他国で何度が起きているし、巨大津波だって「未知の事象」とまでは言えない)のではないかと思う。そもそも、この書きぶりからすれば、平成10年段階の議論において、既知のタイプの災害に対してこの但し書きによる免責事由を適用することが現実に想定されていたとは考えにくい。

*3:JCO事故に関しては裁判例もいくつか公刊されているから、それも踏まえて分析すれば、より想定されている賠償範囲のイメージが掴みやすくなる。

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