これはちょっと・・・なQ&A

最近、「震災対応」のニーズが強まっていることもあって、阪神大震災を契機に作成された“法律相談応答例”が次々とWeb上で公開されている。

そして、商事法務(「地震に伴う法律問題Q&A」(平成7年))*1、新日本法規出版(「Q&A災害時の法律実務ハンドブック」(平成18年))*2と公開されたところで、満を持して日弁連のHPで公開されたのが、

東日本大震災法律相談Q&A」
http://www.nichibenren.or.jp/ja/special_theme/data/soudanQ&A.pdf

である。

冒頭に記されている公開のコンセプトによると、

「本Q&Aは,関東弁護士連合会が出版した「災害時の法律実務ハンドブック」(新日本法規出版(株))の設問及び回答を簡略化し編集し直し,それに今回の震災に特有と考えられる津波災害と原発災害の設問,回答を追加した構成となっております。」

ということ。

「ハンドブック」の記述を元にした部分に対しては、実戦で使うには少し簡略過ぎないか・・・?という思いもあるところだが、「災害直後」という時期の緊急性の高い相談事に対して、迅速に対応できるように一覧性を強化した、と善解すれば、これもありだろうとは思う。

だが、気になったのは、今回新たに追加された部分。
特に「原発」に関する応答例である(36頁以降)。

そもそも、「原子力発電の仕組みを教えてください」(Q170)とか「地震発生時に制御棒を入れて停止したというのはどういうことですか」(Q172)等々の、本Q&Aの他の箇所と比べると明らかに異彩を放っている想定問答項目をここに入れることの是非から、議論する余地はあるだろう。

そして、これらの質問については、法律家としての質疑応答に踏み込む前提として設けられたもの、と善解して許容する余地はあるとしても、肝心の法律問題への回答例がちょっといただけない。

例えば、

原子力事業者,原子力機器メーカーの責任を教えてください。」(Q188)

という質問例があるのだが、これに対する回答として、

「想定外の地震といえば異常に巨大な天災地変になるとすると容易に免責されてしまいます。過小評価すれば免責されるのはおかしな話です原発の耐震設計では,極めてまれであるが発生する可能性のある地震をさらに不確かさを考慮して想定しなければならないのですから,異常に巨大な天災地変とすべきではないと考えます。」

と、原賠法3条1項但し書きの適用可能性をデフォルトで排斥するかのようなスタンスを示してみたり、原子力機器メーカーの賠償責任について、原賠法4条1項、3項に言及してメーカーが責任を負わない旨を明言しつつも、

原子力発電所の安全性確保に重大な責任を負っている原子力機器メーカーの責任を認めないのは法の欠陥だと考えます。」

と言ってみたり・・・。

おそらくこれを書いた人(人々)は、「原発」の存在自体に元々否定的な立場の方だったのだろうが、上記のような回答例から伝わってくるのは、思い入れの強さだけで、法曹としての論理性はいまいち伝わって来ない。

次のくだりもそうだ。

民法不法行為による損害賠償請求、国家賠償法による損害賠償請求は可能ですか。」(Q190)

という問いに対し、ここでの回答は、

可能です原子力の損害に関する法律には、それらの適用を排除する旨の規定は存在しません。また、同法の目的は、被害者の保護を図り、及び原子力事業の健全な発達に資すること(同法1条)ですから、民法或いは国家賠償法の適用事例が存在し、被害者の保護を図る必要がある場合に、これを排除することは、同法の目的に反することになります。」

と、原賠法以外の不法行為法が適用される旨断言するものになっている。
だが、我が国で唯一の原賠法適用事例であるJCO臨界事故に関する裁判例では、

「原賠法2条2項、3条1項の「損害」を前記のように解する以上、原告が被告の「原子炉の運転等」以外を加害原因として主張していない本件においては、原賠法3条1項による無過失賠償責任と別個に民法709条による賠償責任が成立する余地はなく、原賠法3条に基づく請求(主位的請求)が認められない場合には、民法709条に基づく請求(予備的請求)も認められない。」(東京地判平成16年9月27日)

と、一貫して一般不法行為に基づく請求との競合が否定されているのである。

まだ下級審での判断しか示されていない争点であるし、あくまで法の「解釈」の問題だから、上記回答の起案者が望むような解釈が上級審で将来示される可能性がないとはいえないのだが、“願望”レベルの話を、この手のQ&Aの回答として掲載するのは、ちょっと考えものだと思う*3


原発憎し、放射線嫌悪の思いゆえ、かえって相談者の思いを害するのではないか、と思われるくだりもある。

「農産物の出荷制限の指示を出しておきながら,食べても人体に影響を及ぼさないという政府報道はどのように理解したらいいのでしょうか。」(Q192)

という問いに対し、

食品衛生法における今回の暫定規制値は, 原子力安全委員会の「飲食物摂取制限に関する指標」を採用したものですが, その指標の作成は,ICRP等の国際的動向を踏まえ, 甲状腺の線量年50ミリシーベルトを基礎にして食品の摂取量等を考慮して策定されたものです。放射線防護の観点から遵守しなければならない基準ですので,農作物の出荷制限は, 止むを得ない措置です。」
それでいながら,人体に影響する程度の放射線量ではないというのは,混乱させるだけの公報です。人体に対する影響は明確ではなく,低線量でも人体に対する影響があることもあるので出荷制限をしているが,低線量であるほど人体に与える影響が顕在化する確率が少なくなると考えられるという程度にとどめるべきでしょう。」

という回答しているくだりなどはまさにそれ。

放射線物質は危険」という頭で書いているから、こういう回答例になるのだろうけど、回答例が“模範”としているような公報を行えば、風評被害が余計に拡大してしまうことは明らかだろう。

さらに

「出荷制限されていない農産物についても,同じ県の農産物だから買わないという風評被害は,どのように救済されるのですか。」(Q194)

という問いに対する歯切れの悪さも気になるところ。
回答例は、

「この風評被害は,放射能汚染されているのではないかと思う消費者の不安心理に基づく買い控えによる損害です。原子力損害賠償法には, 特別に風評被害を保護する規定はないので,原発の事故と風評被害の間に相当因果関係が存在するか否かの価値的判断をすることになります。相当因果関係が認められれば,原子力事業者に対し,損害を請求できます。」
「ある農産物が食品衛生法の制限値を超える放射能汚染されているので出荷制限されていると報道されれば,出荷制限された地域の他の農産物も放射能汚染されていると推測して買い控え行動をとることが必ずしも不合理と考えられないのであれば,相当因果関係が認められると解されます。放射能汚染の対象,内容,出荷制限の対象,意味,人体への影響等について,正確で分かりやすい広報をしていて,放射能汚染をしていると考えるのは消費者の極めて主観的な心理状態であると考えられ,消費者が買い控え行動をとることが不合理と考えられる場合には相当因果関係が否定されることもありうるでしょう。」

となっているのだが、この種のQ&Aの回答としては致命的なまでに分かりにくい説明になってしまっている、と思う。

もちろん、「特別に風評損害を保護する規定」がないのは事実だが、JCOの臨界事故の時は、納豆業者(2件)はじめ、“風評損害”の賠償が明確に認められているし、これまでの議論の中でも風評損害を含む営業損害の賠償は肯定されてきているのだから、少なくともこの回答例で述べられているようなレベルで、原子力事業者の賠償責任が全面的に否定される可能性は低いはずだ。

もちろん、売上、粗利益等の減少が、すべて原子力損害に起因するものなのかどうか、という問題は別途出てくるから*4、その辺まできちんと書いてあれば、“歯切れの悪さ”にも納得できると思うのだけれど・・・。


いろいろと批判がましいことを書いてしまったが、震災後間もないこの時期に、こういうコンテンツをアップする、ということ自体、価値のあることなので*5、その反応の良さは一応称賛しておきたい。

ただ、この先に予想される「ハンドブック」の改訂版の中身まで同じだと、ちょっと困るわけで、その辺はもう少し考えて書いていただければなぁ、と思うところである。

*1:http://www.shojihomu.co.jp/0708qa/0708qa.html

*2:http://www.sn-hoki.co.jp/shop/zmsrc/qa50593/mokuji.htm

*3:しかも原賠法の責任に加えて、一般不法行為法上の責任を認めることに、どれだけの意味がある、というのだろう。損害額の算定で差が付くわけでもないし。

*4:公刊されている納豆メーカーの事件でも、減少分のすべてが裁判所に賠償すべき損害と認められたわけではなく、結果として、いったんJCO側が支払った仮払金の一部をメーカーが返還しなければならなくなった事案もある。

*5:残念なことに、社内向けQ&Aの宿題をもらっていながら、自分の仕事はまだ当分仕上がりそうもない。

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