東電に物申す。

8月に中間指針が出されてから約1ヶ月半。
遂に東京電力の側でも万全の補償体制(?)が整ったようで、満を持して、個人への本賠償方針に続き「法人・個人事業主への本賠償」に向けての方針も正式に発表した。
http://www.tepco.co.jp/cc/press/11092102-j.html

だが、その中身は実にいただけない。

22日の日経紙の記事から引用する。

東京電力は21日、福島第1原子力発電所の事故で被害を受けた企業や個人事業主に対する賠償金の算定基準を発表した。賠償対象となる企業などの範囲を定めた政府の中間指針に沿ったもの。観光業では福島、茨城、栃木、群馬4県の企業などが受けた風評被害について、原発事故だけでなく東日本大震災による景気低迷の影響もあるとして、前年実績と比べた減収率のうち20%分を除いた分を賠償。10月中の支払い開始を目指す。」(日本経済新聞2011年9月22日付け朝刊・第4面、強調筆者)

既に、関係する自治体、商工会等の主催で行われた説明会等でも、今回発表された方針の中身は小出しにされていたから*1、自分としてはそんなに改めての驚きはないのだが、この記事で初めて「20%」なんて話を知った、ということになっていたら、おそらくひっくり返っていただろう。

元々、原子力損害賠償紛争審査会が作成した中間指針自体に、「地震津波被害」との切り分けを曖昧な表現のままにとどめてしまった、という問題があるのは確かだ*2

だが、審査会も、「3月から8月までの6ヶ月間について、減収率の一律20%を原発以外に起因する減収として除外する」という、個別事情を一切捨象するような極端なやり方まで想定していたわけではないだろう。

また、東電は、阪神淡路大震災における神戸/明石・姫路地区の旅行会社の取扱収入額の減少率と、今回の大震災後の「4県以外」の売上高減少率を比較して、「6カ月平均で20%」という数字を導き出した、と説明しているが*3「都市型震災の直撃を受けた地区」の減少率、しかも「旅行代理店」の売上減少率をベースに、「震災そのものの被害はさほど大きくない地区」(特に栃木、群馬)の「観光業」*4地震による影響を推計する、というのは、統計数値の使い方としては、度を越していると言わざるを得ない*5

少なくとも、「地震津波による被害が軽微だった地域」であれば、遅くとも、余震や物資不足が収束に向かった4月下旬(GW)以降の売り上げ減少分は、全て原発に起因するものと評価されるべき、という解釈も十分に成り立つように思われる。

それにもかかわらず、

原子力以外の要因による減収率は、阪神淡路・東日本大震災のデータから、はじめの6ヶ月について20%とさせていただきます」

という、取り付くシマのないような発表をする東電の感覚が自分には理解できない。


他にも奇妙なところはたくさんある。

例えば、東電のリリースによると、本賠償請求にあたっては、同社が用意した請求書用紙*6を使うことが必須になっているように読める。

だが、賠償義務者が、請求を受けるにあたって、「請求するんだったらうちの書式を使ってください」なんていうこと自体がそもそも妙な話ではないか?

避難した住民や、地元の中小企業のように、そもそもこの手の手続きに慣れていない人々のために、親切心から簡易迅速に請求手続きができるフォーマットを用意した、といえば聞こえは良いが、そうであれば、「請求書式は原則自由。ただし、書き方が分からない人はこのフォーマットを参考にしてください」というアナウンスにとどめるべきだろう。

東電の感覚としては、「他に補償をするところがないから、ルールに則って当社が“窓口”になっているだけで、当社が本来的な賠償義務を負う筋合いの話ではない」という思いが強いのかもしれないし*7、法的な筋論に照らして、その考え方を完全なる間違い、というわけにもいかないのだが、ダメージを受けた側にとってはカチンとくる話ではある*8

また、良く報道や会見等で出てくる、

「東電は政府指針でカバーしていない企業などの賠償請求にも柔軟に対応するとしている」
日本経済新聞・前掲)

という表現だが、21日付けの東電のリリースの本文にも、同時に公表された賠償基準(http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu11_j/images/110921e.pdf)にも、そんなことは一言も書かれていない。

後に残る資料には、その他の損害の賠償を示唆する文言を一切残さない(あたかも、賠償基準に書かれたものだけが支払の対象となる)というのは、説明会の時から徹底してこの会社が行っていることで、質疑応答等で、地元の会社や自治体関係者から厳しい質問が来てはじめて、「柔軟に・・・」云々という回答(リップサービス?)をする、という状況が続いている。

審査会において能見教授らが繰り返し述べられており、「中間指針」においても、前書き等で明確に書かれている、

「賠償の範囲は指針に明記されたものに限られるものではない」

というメッセージを、東電は受け止めるつもりがあるのだろうか・・・そう言われても不思議ではないスタンスだと思う。


まぁ、個人的には、いくつかの勇気のある会社が、いずれは出るところに出て、未だ巨大企業の東電と勝負することになるのだろう、と思っているのだが、反面、3・11直後と比べて、世の中から東電の賠償スタンスを批判する声があまり上がって来ないのは(メディアでもネット上でも)ちょっと気になるところなわけで*9

これが、「反原発反独占企業」的な抽象的かつメッセージ性の高いテーマには比較的熱心でも、個別の損害賠償の話には、当事者以外さして興味がない*10、という大衆感情の顕れなのだとしたら、何とも残念な気はする。

*1:とはいえ、説明会等で出ていた話と微妙に変わってきているところもある。

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110806/1312748851

*3:http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu11_j/images/110921f.pdf

*4:この「観光業」というのがどこまでの業種を含むのかが明らかでない、というのも中間指針からずっと引きずっている問題点なのであるが、ここでは東電基準の表現を借りて、「主として観光客を対象に営業を行っている事業者」(この表現もかなり微妙なものだが・・・)ということにしておく。

*5:そもそも関西の経済活動の根拠地が被災した阪神淡路大震災とは異なり、今回の大震災は地震津波の直撃を受けた地帯の経済規模それ自体は決して大きなものではない。本来であれば、国全体では復興支援心理が消費を押し上げていても不思議ではなかったような状況で、原発事故が人々のマインドを悪化させてしまった、という一面があることは、看過されるべきではないと思う。

*6:類型ごとに11種類も用意した!というのが自慢のようだが、そんな予算があるのだったら、賠償原資にもっと回すべきだと個人的には思う。

*7:損害保険金の支払請求を受け付ける時の損保会社の感覚に近いのではないかと推察する。

*8:ちなみに、大規模な活動を行っている事業者であれば、シンプルに「避難指示区域内の営業損害」だけ、とか「風評被害」だけ、といった話で済むはずもなく、原発事故に起因する(と思われる)損害が、多岐にわたって類型横断的に発生しているのであるから、無理やり各類型に分類して請求するのは困難と言わざるを得ず、結果的には東電のフォーマットを無視した形で請求書を突き付けざるを得ないのではないかと思われる。

*9:枝野経産相はそれなりに奮闘されているようではあるが。

*10:実際、東京でデモなどに参加している人の中には、プライベートでも仕事でも現実の被害をほとんど受けておらず、中間指針や賠償基準に目を通したことすらない、という人が結構多いのだろう。

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