「約款」をめぐる綱引き

債権法改正を巡る法制審議会での議論が第2ステージに入ろうとしているこの時期に、「約款」をめぐる産業界の意見が日経紙の「法務インサイド」で取り上げられている*1

ざっと紹介すると、

「不特定多数にサービスを提供するヤフーにとって、約款なしではビジネスが成り立たない。約款の有効性が確実になる規定を是非つくってほしい。」(ヤフー、チーフ・コンプライアンス・オフィサーの別所直哉氏)

という約款組入規定「導入推進派」の意見を紹介した上で、

「企業が使用する基本契約のような定型契約を約款として扱うことになれば、取引に混乱を生じさせる過剰な規制になる。こうした定型契約を約款とすることには反対する。」(日本自動車工業会

「事業者同士の取引では円滑・迅速性が強く求められているため、現在の契約実務において規律の対象と想定されていないものは約款に含まない方向で慎重に検討してもらいたい。」(生命保険協会)

という「反対派」の意見を紹介する、というもの。

で、最後は、「先進国では約款を法律に規定する動きが広がっている」という、どちらかといえば賛成派を後押しするような“まとめ”でこの記事自体は終わっているのであるが・・・。


実のところ、産業界で、ここに挙がっているヤフーのような意見を出している会社、というのは、ごく少数派で、「約款」に対する組入規定を民法に設ける、ということ自体に、極めてアレルギーが強い、というのが、今の多くの会社の実情だろう、というのが、自分の感触である。

記事で引用されている「反対派」の意見は、意図してかどうかはともかく、それだけ見れば、決してヤフーの意見とは矛盾していない*2

だが、実際には、そもそも「約款」が契約内容になるかどうか、という点について、あえて特別の要件を設けることの正統性と相当性それ自体に懐疑的な意見も、実務サイドでは根強く、ヤフーのような極端な意見を、あたかも企業側の意見、として取り上げること自体が、個人的にはどうかと思うところ。

ヤフーは、オークションの「ガイドライン(約款)」の有効性について争われた名古屋地裁の判決を例に出して、「不安定さ」を打ち消すために、新しい制度を導入する必要がある、と主張しているようだが、仮に約款に関する組入要件を設けたところで、それで直ちに紛争がなくなるか、といえば、そんなことはないだろう。

むしろ、定立される要件の内容如何によっては、揚げ足取り的な“要件不充足”主張をされ、かえって無為な紛争が増加する可能性は高いし、形式的に要件が充足されていても、内容があまりに不合理であれば、別途紛争処理ルートに乗ることになるのは疑いない。

したがって、規定導入は、法的「安定性」の強化にはまったくつながらず、却って混乱を招くだけ、そして、組入要件の存在を過度に意識した回りくどい対応が行われることによって、かえって利用者の利便性すら害する、というのが、企業で長年実務にかかわっている者としての率直な感想である*3

この先、議論がどういう方向に向かっていくのか分からないけれど、くれぐれも、一部の会社の偏った意見だけで、原案が構成されるようなことがないように・・・と今は願うのみである。

*1:日本経済新聞2011年9月26日付け朝刊・第16面。

*2:「基本契約」や「事業者同士の契約」を「約款」から除外する、という意見は、ヤフーの意見とも十分両立するし、恐らくこの先、立法サイドが落とし所として打ち出してくると予想されるところでもある。

*3:それでも、惹起される紛争が実のあるものであればまだ、「改正もしかるべく」ということになるのだが、最近の消費者紛争の実態からすれば、改正後の規定が、ハードクレーマーの“おもちゃ”にされてしまう危険性も否定できないように思う。

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