「痴漢で懲戒解雇」は許されるのか?

日経法務面の片隅に「リーガル3分間ゼミ」というミニコーナーがあるのだが、24日付けの朝刊では、

「30代の男性会社員が電車で痴漢に間違われ、大幅に遅刻して出社したところ、「疑惑が晴れるまでは自宅待機するように」と通告された。身に覚えのない疑いで、自宅待機命令になるのはおかしいのでは?」

というネタが掲載されていた。

まぁ、会社で法務の仕事をやっていると、こういう話は時々あるわけで、さすがに「遅刻して出社した」くらいなら、おおごとになることはないものの*1、逮捕勾留されて・・・なんてことになると、さすがに笑い話では済まなくなってくる*2

特に会社として判断が厄介なのが、弁護人が頑張って不起訴になるパターン。

「嫌疑なし」での不起訴なら何も心配はいらないのだが、示談成立等による「起訴猶予」の場合だと、どこまで厳しい処分をしてよいのかどうか、で判断に迷うことになるし、「嫌疑不十分」で不起訴になった場合でも、会社が独自に収集した情報が限りなく“クロ”に近い状況を示唆しているということになると、何もお咎めなしで良いのか・・・?という話にもなってくる*3

日経紙のコラムでは、「会社には慎重な対応が求められる」としつつも、

「職場の大半にうわさが広まったようなケース」

だとか、

「会社や職場に対するイメージを傷つける可能性が高い」

といった場合には、自宅待機命令も認められる、としているのだが*4、前者についてはかなりの偶然に左右されるし、後者についても、何を持って「イメージを傷つける」ということになるのか、判断に迷うことは多いはず。

中には、「メディアに(会社名等が)報じられたかどうか」を懲戒処分を行うかどうかのメルクマールにする、という方もいらっしゃるようだが、これだって、本来は、報道する側のさじ加減一つで決まる話で、客観的な基準にするには、少し理不尽なような気もするところ・・・*5

結局最後は、弁護士だの何だのに相談して、最も良い収拾策を選んでいくほかないのだろうけど。


なお、記事の中では、「電鉄会社の社員が・・・懲戒解雇となった」という2003年の東京高裁判決の裁判例が「会社の処分が有効になった」事例として取り上げられている*6

だが、実はこの判決、懲戒解雇そのものの有効性を認めたものの、それに連動して会社が行った退職金不支給処分については、一部その効力を否定して一定額の退職金の支払いを会社側に命じた、というものであるから、企業側が先例として用いるには、その点に充分留意する必要があるように思う*7

一応老婆心ながら。

*1:わざわざ丁寧に本当の理由を説明する人もそんなにいないだろうし、説明したとしても身柄を取られることなく、その日のうちに会社まで辿りつけたのであれば、大方は「災難だったな(笑)」という笑い話で済むだろう。

*2:最近は、「それでも僕は・・・」の映画の頃に比べると、身元がしっかりしていて前科がなければ、否認していても勾留請求が比較的却下されやすくなっているようだが、それでも、丸々2〜3日くらいは留置場暮らしを余儀なくされることはあるようだから、方便を使うにしても簡単にはいかない。

*3:例えば、通勤にしては明らかに不自然なルートを使って電車に乗っている途中に“捕まった”場合だとか、同じパターンで「不起訴」になるケースが何度も続いている場合だとか・・・。

*4:ただし、このような場合でも「懲戒処分」については常に認められるわけではない、という趣旨の弁護士のコメントを合わせて掲載している。

*5:「痴漢」レベルの犯罪で新聞報道されるのは、大概、被疑者が公務員とか、大企業の社員、といった立場にある人が絡む時だけで、そのカテゴリーに当てはまらない場合は、そんな事態になること自体稀であろう。

*6:おそらく、東京高裁平成15年12月11日判決のことを指しているのだろう。

*7:今回も、その意味で記事が若干ミスリードしているように見えるところがある。

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