裁判官にこそ読んで欲しい本。

だいぶ前に購入したにもかかわらず、なかなか最後まで読み進めることができていなかった話題の本を、ここに来てようやく読了した。

Googleの脳みそ―変革者たちの思考回路

Googleの脳みそ―変革者たちの思考回路

当ブログの読者の方であれば、著者の三宅伸吾氏について、あらためてご説明するまでもないだろう。

そして、以前出版された『市場と法』と同様に、本書にも、日経紙の記者として良質の法務関係記事を長年書いてこられている三宅氏ならではの“リーガル・ドキュメント”的な論稿が多数収められている。

問いかけ調で抑え気味の筆致ながら、良く読むと明確に一定方向の結論に向けて書いている、という各論稿の“書き方”には賛否両論あるところだろうし*1、「革新的なるもの」を支持する三宅氏のスタンスについては、企業不祥事の際などの日経紙の報道姿勢(どちらかといえば経団連系のエスタブリッシュな方々が好むような古典的な論調で記事が書かれることが多いような気がするのは自分だけだろうか?)と見比べた時のギャップゆえに、いろいろと突っ込みたい方は多いのではないかと思う(これは自分も含めて(笑))。

内容面でも、「1人1票」運動への評価や、プリンスホテル事件に対する分析、外国制度との比較の視点等、これまでの三宅氏の著書に比べると、より著者ご自身の主張が各論稿の中に強く反映されているせいか、自分としてはあまり共感できない・・・と思えるところがこれまで以上に多かったのは確かである*2


ただ、

「企業人も「ルールを創る」との意識を強く持つべきだろう。」
「経済ルールは与えられるものではない。社会の期待に応えようとする企業人や法律家が、政治へのロビイング活動や正面突破戦略、法廷闘争を通じ自ら創り出すものである。」(53〜54頁)

と力説されているくだりや、

「緊急時には行政、企業だけでなく、私たち1人ひとりが判断を迫られる。様々なルールやマニュアルが逆に安全確保や円滑な社会生活のブレーキとなり、ルールを破ることが社会正義に適うことがある。法令違反が社会的には妥当な行動だという状況だ。そんな厳しい状況になった際、求められるのは正義のモノサシではないだろうか。この判断基準が私利私欲で曲がっていなければ、緊急時に行政法規を形式違反しても問題にされることはまずないだろう。問題にされることばかりを恐れるような人は、そもそも「覚悟ある正義の人」ではない。」(83頁)

と喝破されているくだりに、実務の第一線で体を張っている法務の人間として、非常に強く勇気づけられたのも間違いないところであり、各論はともかく、総論的部分では十分に共感することができた。

比較的穏やかな筆致で描かれている前半の章と、かなり高いテンションで書かれている(?)ように読める終盤の章のどちらにより共感できるか、は人それぞれだろうけど*3、実務でルール・制度と向かい合う経験をしたことがある人なら、どこか一つは共感することができるトピックが見つかる、そんな本だと思う。


なお、本書は標題的にも、著者等のジャンル的にも、おそらく「(企業人向けの)ビジネス書」という位置づけで、書店に置かれることが多いと思われるが、自分がこの本を読み、全体を通じて得た感触で言うならば、この本の読者として最もふさわしいのは、

「裁判官」

ではないだろうか。

フェアユース」をめぐる問題に始まり、「プリンスホテル事件」、「1人1票」、「村上ファンドライブドア事件」、「JAL会社更生法適用」と、本書には「司法」が絡む数多くのトピックが散りばめられている。

そして、本書の著者は、それぞれの場面において、時に厳しい批判の刃を「司法」を担う人々に向けつつも、その裏に、これから、に向けた大きな期待を込めて、各稿をまとめておられるように思われる。

「単なる“ジャッジ”にとどまるのではなく、“ルールメーカー”として積極的、能動的に時代を創ってもらいたい」

という趣旨のエールが随所から伝わってくる・・・、そんな作品に仕上がっているゆえに、司法の場を取り仕切る裁判官の方々には、是非とも一度は目を通していただきたいものだなぁ・・・と思う次第である*4

*1:これは、所属されている新聞社の報道姿勢とも共通するところはありそうだ。

*2:余談だが、「1人1票」の章では、脚注のところで、なぜか筆者のブログの1エントリーを、引用文献として掲載していただいている。それはそれで大変有難い話だとは思うのだが、正直、「何でここで・・・?」と思うところもあったのは事実(自分以外にも同じこと言っている人はいるだろうに、なぜあえて自分のブログから引いたのだろう?という疑問と、引用していただくなら他の記事の方では・・・という疑問(苦笑)の両方が湧いて出たせいで、とても複雑な気分だった)。

*3:個人的には、終盤の「10の解毒剤」の章のあたりになってくると正直付いていけないかな・・・と思うところもあったのだが、ネット上の評判は、むしろ終盤の勢いのよい部分の方に支持が集まっているようにも思えるので、その辺は好みの問題なのだろう。

*4:もちろん、「司法の在り方」とか、「向かうべき方向性の是非」といったところについて、議論が湧きでる余地は多々あると思うが、それはそれで良いことだと自分は思う。

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