「アンフェア」なのはどっちだ?<前編>

これまでこのブログでも取り上げてきた、越後製菓対佐藤食品の「切り餅」特許事件。
地裁で請求棄却の判断が出たにもかかわらず*1知財高裁で大逆転中間判決が出され*2、審理の帰趨が注目されているところで、佐藤食品工業側から以下のようなプレスリリースが11月25日付けで出された*3

当社が、平成22 年12月14日付で「当社に対する訴訟(控訴)の提起に関するお知らせ」で公表しておりました越後製菓株式会社(以下「控訴人」と言います)からの特許権侵害差止等請求控訴事件(控訴の提起日:平成22年12月13日付、訴えの提起日:平成21年3月11日付)において、平成23年11月16日付で控訴人から訴え変更の申立がなされた旨、知的財産高等裁判所より通知を受けましたので下記のとおりお知らせいたします。
                    記
1.変更の内容
本訴訟は、平成22年12月13日付で控訴人より当社の製品が控訴人所有の特許権を侵害しているとして、14億85百万円の損害賠償等を請求する訴え(控訴の提起)を受けていたものでありますが、控訴人が請求金額の変更を申立たものであります。変更後の損害賠償請求金額は59億4千万円となります
(以下略)

請求金額を実に4倍に拡張してきた越後製菓側の強気。
その理由が、あの衝撃の飯村コートの中間判決にあるのは間違いない。

佐藤食品工業側は、あくまで「今後継続される審理において正当性を主張してまいります」というスタンスを崩していないし、越後製菓側も積極的なプレスリリース攻勢等をかけている段階ではないのであるが*4、約3ヶ月前に出された中間判決を読むと、今すぐにでもタオルを投げないと危ないんじゃないか・・・と思わせるような厳しさもそこにはあるわけで*5

そこで、少し時機に後れたタイミングではあるが、9月の時点では取り上げることができなかったこの中間判決の内容について、ここで2回に分けて紹介しておくことにしたい*6

知財高判平成23年9月7日(中間判決)(H23(ネ)第10002号)*7

控訴人:越後製菓株式会社
被控訴人:佐藤食品工業株式会社

この特許侵害訴訟において最大の争点となっていたのは、

「(切餅の)載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け(る)」

という構成要件(以下、判決中での記載に倣い「構成要件B」と記す)を被告製品の構成が充足するか、という点であった。

「「切り込み部」の部位を「側周表面」に限定する」という解釈を採用して、原告(控訴人)の主張を退けた原審に対し、控訴審では、控訴人側が均等侵害の主張を追加し、引き続き争われることになったのであるが、知財高裁は、均等云々を議論するまでもなく、以下のような判断を示したのである。

当裁判所は,構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,「側周表面」であることを明確にするための記載であり,載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部(以下「切り込み部等」ということがある。)を設けることを除外するための記載ではないと判断する。
「この点,被告は,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分は,「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」との記載部分とは,切り離して意味を理解すべきであって,「載置底面又は平坦上面」には,「一若しくは複数の切れ込み部又は溝部」を設けない,という意味に理解すべきであると主張する。しかし,(1)「特許請求の範囲の記載」全体の構文も含めた,通常の文言の解釈,(2)本件明細書の発明の詳細な説明の記載,及び(3)出願経過等を総合するならば,被告の上記主張は,採用することができない。」(9頁、強調筆者、以下同じ)

「判断」部分の冒頭で示されたこの説示が、被控訴人側に与えた衝撃が幾許かだったか、想像に難くない。

その後に記された詳細な説示によれば、

(ア)特許請求の範囲の記載
「上記特許請求の範囲の記載によれば,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分の直後に,「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」との記載部分が,読点が付されることなく続いているのであって,そのような構文に照らすならば,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分は,その直後の「この小片餅体の上側表面部の立直側面である」との記載部分とともに,「側周表面」を修飾しているものと理解するのが自然である。」(10頁)

というシンプルな構文解釈を行った上で、

(イ)発明の詳細な説明の記載
「上記発明の詳細な説明欄の記載によれば,本件発明の作用効果として,(1)加熱時の突発的な膨化による噴き出しの抑制,(2)切り込み部位の忌避すべき焼き上がり防止(美感の維持),(3)均一な焼き上がり,(4)食べ易く,美味しい焼き上がり,が挙げられている。そして,本件発明は,切餅の立直側面である側周表面に切り込み部等を形成し,焼き上がり時に,上側が持ち上がることにより,上記(1)ないし(4)の作用効果が生ずるものと理解することができる。これに対して,発明の詳細な説明欄において,側周表面に切り込み部等を設け,更に,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を形成すると,上記作用効果が生じないなどとの説明がされた部分はない。本件明細書の記載及び図面を考慮しても,構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,通常は,最も広い面を載置底面として焼き上げるのが一般的であるが,そのような態様で載置しない場合もあり得ることから,載置状態との関係を示すため,「側周表面」を,より明確にする趣旨で付加された記載と理解することができ,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設けることを排除する趣旨を読み取ることはできない。」(14頁)

と、特許明細書の記載に忠実な解釈が行われている。

そして、「美感の維持」という作用効果に照らし、「平坦上面又は載置底面に切り込みが存在すると作用効果を奏しえない」という原審からの被告の主張に対しては、

「本件発明は,上記のとおり,切餅の側周表面の周方向の切り込みによって,膨化による噴き出しを抑制する効果があるということを利用した発明であり,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化できるという効果は,これに伴う当然の結果であるといえる。載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けたために,美観を損なう場合が生じ得るからといって,そのことから直ちに,構成要件Bにおいて,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けることが,排除されると解することは相当でない。」
「また,当初明細書(甲6の2)の段落【0021】には,作用効果に寄与する切り込みの形成方法が記載され,同明細書の段落【0043】,【0045】には,周方向の切り込み等は,側周表面に設けるよりは作用効果が十分ではないが,平坦頂面における場合でも同様の作用効果が生じる旨記載され,図6(別紙図5)が示されていたことに照らすと,周方向の切り込み等による上側の持ち上がりが生ずる限りは,本件発明の作用効果が生ずるものと理解することができ,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けないとの限定がされているとはいえない。さらに,本件明細書段落【0007】の記載は,米菓で採られた噴き出し抑制手段の適用における問題点を記載したものであり,本件発明において,周方向の切り込み等による,上側の持ち上がりによる噴き出し抑制手段を採用するに当たり,載置底面又は平坦上面に切り込み等を設けるか否かについて,本件明細書に何らかの言及がされていると解する余地はない。したがって,被告の上記主張は,採用することができない。」(15頁)

と、当初明細書の記載なども引用しつつ、「美感」の部分を過度に強調するべきではない、というトーンの判断がなされている。

出願経過における“アンフェア”さへの評価

以上紹介した部分だけでも、既に原審の判断とは180度評価を異にしているのだが、本件でもっとも注目された「出願経過」における“構成の限定”(その後撤回)に対する評価についても、実に鮮やかに原審の判断は覆されている。

「本件特許に係る出願過程において,原告は,拒絶理由を解消しようとして,一度は,手続補正書を提出し,同補正に係る発明の内容に即して,切餅の上下面である載置底面又は平坦上面ではなく,切餅の側周表面のみに切り込みが設けられる発明である旨の意見を述べたが,審査官から,新規事項の追加に当たるとの判断が示されたため,再度補正書を提出して,前記の意見も撤回するに至った。したがって,本件発明の構成要件Bの文言を解釈するに当たって,出願過程において,撤回した手続補正書に記載された発明に係る「特許請求の範囲」の記載の意義に関して,原告が述べた意見内容に拘束される筋合いはないむしろ,本件特許の出願過程全体をみれば,原告は,撤回した補正に関連した意見陳述を除いて,切餅の上下面である載置底面及び平坦上面には切り込みがあってもなくてもよい旨を主張していたのであって,そのような経緯に照らすならば,被告の上記主張は,採用することができない。」(21-22頁)

確かに手続上は、「撤回」された形になっている補正書、意見書内の主張を援用して、審査官に拒絶されてあきらめた「構成の限定」を蒸し返されるのでは特許権者としてはたまったものではないわけで、原審に比べると、こちらの判断の方が無理のない解釈のように思えるところ。

元々構成を限定しようと試みていた上に、(どこまで意図していたかはともかく)「のみ」を削除した後も、なお多義的な解釈が可能となるような“トラップ”的なクレームを残していた特許権者側に、ある種の“アンフェア”さがあるのは否定できないと思うのだが、裁判所の判断としては、「登録査定に向けられた意見・主張内容のみを斟酌する」という手法の方が正論であり、この結論を否定するのは難しいのではないかと思われる*8


かくして、被告製品の構成要件充足性は認められることになってしまった。

とはいえ、この事件の場合、原告特許の内容がシンプルなものだけに、無効論で何とかなるのではないか・・・?という憶測もあったのは確かで、後編では、なぜ被告側の抗弁が通らなかったのか、ということについて引き続き見ていくことにしたい。


あっと驚くドラマが、そこにはあった。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20101201/1293983864

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110908/1315417840

*3:http://www.satosyokuhin.co.jp/corp/pdf/timely/20111125_timely.pdf、強調筆者

*4:中間判決が出された時も、佐藤食品側が即座に反論のプレスリリースを出したのに対し、越後製菓側は1週間以上経った後に、ひっそりと「経過情報」を出したのみである(http://www.echigoseika.co.jp/freecontents/information20110916.pdf)。

*5:中間判決後に出された佐藤食品工業の第1四半期決算短信の中では、「訴訟の結果は予測不可能」として業績予想の変更等は行っていない(引当金等を積んだ形跡も見当たらない。http://www.satosyokuhin.co.jp/corp/pdf/settle/h2404kessan1.pdf)。だが、通期の各利益予想が10億円に満たないこの会社にとっては、請求額の半分でも認められてしまうと甚大なダメージになるわけで、株主でなくとも、大丈夫かいな・・・と心配になる。

*6:本当は篠原涼子が銀幕を飾っている間にアップしたかったのだが、ズルズルとこの時期まで延びてしまった、ということを、タイトルから推し量っていただければ幸いである・・・(苦笑)

*7:第3部・飯村敏明裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110908101558.pdf

*8:原審が、上記のような権利者側の“アンフェアさ”を重く見過ぎたばかりに、他の観点からの解釈もやや無理のある方に引っ張られたものになったことは否めない。

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