世界の「Apple」の敗北

昨年末、東芝の私的録画補償金訴訟(控訴審)で締めた当ブログの知財判例紹介コーナーだが*1、年初めは、オープニングにふさわしい、グローバルなネタで。

ここ数年「iPod」を皮切りに、「iPhone」、「iPad」とヒット商品を次々と世に送り出し、今は亡きジョブス氏のカリスマ性とも相まって世界に名を轟かせているのが、泣く子も黙る「アップル」である。

この会社、商品戦略も去ることながら、知財戦略にもかなり力を入れているようで、昨年全世界でスマートフォンを中心に特許権で、あちこちのメーカーとドンパチ戦いを繰り広げていたのは記憶に新しい。

だが、そんなアップル社も、商標ではなかなかに苦労しているようで、わが国でも「iPhone」商標をめぐって自らの出願した商標の登録を断念し、「インターホン最大手のアイホン」から許諾を受けざるを得なくなった・・・という事例が報じられたこともあった*2

そして、また昨年末になって、「世界のアップル」の技術を象徴するある商標の登録をめぐって、同社が我らが特許庁に敗れる、という出来事が起きている。
メディアではあまり報じられていないようだが、ここでその顛末を簡単にご紹介しておくことにしたい。

知財高判平成23年12月15日(H23(行ケ)第10207号)*3

原告:アップルインコーポレイテッド
被告:特許庁長官

この事件の知財高裁出訴までの経緯を簡単にまとめると、以下のようなものになる。

平成19年6月29日 
原告が「MULTI-TOUCH(標準文字)」という商標について、トリニダード・トバゴへの出願を基礎とする優先権出願(商願2007-71092号)
平成21年8月11日
特許庁が拒絶査定
平成21年11月11日
原告が不服審判請求(不服2009-21923号)
平成23年2月22日
特許庁が不服審判不成立審決

原告が出願した商標の詳細は、

MULTI-TOUCH(標準文字)
指定商品 第9類
「写真機械器具,MP3プレーヤー,デジタルオーディオプレーヤー,電話(ただし,平成20年1月22日付け補正により「電話機」に補正された。),携帯電話,テレビ電話,テレビジョン受信機,電話・ファクシミリ・電子メールその他の電子データの送受信機能を有する携帯電子機器,電気通信機械器具,未記録の磁気記録媒体,コンピュータ,コンピュータソフトウェア,コンピュータ周辺機器,携帯情報端末,電子手帳,その他の電子応用機械器具及びその部品」

というもの。

原告は「iPhone」や「iPod Touch」といった商品において、この「マルチタッチ」という語を用いており*4、審査の過程で、商標として独占適応性がある旨も主張したようであるが、特許庁は、

「マルチタッチ」という文字は、「複数の指を用いて画面の操作を行うことができる入力方式」一般を表す名称に過ぎない。

と認定し、指定商品との関係で商標法3条1項3号(商品の品質、機能等を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標)及び4条1項16号(品質誤認を生ずる恐れがある商標)に該当する、と判断して、不服審判においても商標としての登録を認めなかったため、原告が審決取り消しを求めて知財高裁に出訴した、というのがことのあらましである。

判決に記載された原告の主張を見ると、その骨子は、

「『マルチタッチ』という用語が、原告の商品への採用によって初めて一般的に知られるようになった」

という点にあり、さらに、

マイクロソフトNTTドコモサムスンがタッチパネル機能の名称として『マルチタッチ』とは異なる名称を用いている」

といったことを主張した上で、

「本願商標は,既に,カナダや,英国を含む欧州共同体において識別性を有するものとして登録されており,ドイツ・フランスを含む24カ国を指定国として国際登録もされている。iPod touch」や「iPhone」のように,全世界でほぼ同時に発売され,その発売の都度,熱狂的な反響を持って迎えられた製品は比類がない。特に,上記製品におけるマルチタッチの採用は,コマンドラインからマウスへの変革以来の大変革といってよい,画期的なユーザインターフェースの変革である。かかる地球規模の上記製品に関して,本願商標が各国において識別性を認められて商標登録されているとの事実は,わが国の商標登録においても,本願商標の原告との強い関連性(出所・識別性)を認める方向で十分に斟酌されてしかるべきである。」

と高らかに唱えているあたりは、なかなかに格好がよい*5

そもそも、原告も力説するように、「マルチタッチ」という語そのものは、ある種の造語であり、本来的には自他商品識別力がある語であり、ゆえに、「原告商品と『マルチタッチ』という語の強い結びつき」を主張する、という原告側の戦術にも、それなりの合理性はあったと思われる。

だが、知財高裁が、このような原告の主張に耳を傾けることはなかった。

「本願商標は「MULTI-TOUCH」の欧文字からなるところ,上記認定事実によれば,本願商標と読みを同じくする「マルチタッチ」又は綴りを同じくする「Multi-Touch」の文字は,遅くとも平成15年(2003年)までには,我が国と米国の複数のタッチパネル等の開発者によって,複数の指でタッチパネル等の機器に触れることによる入力・操作方式を示すものとして使用されていたのであり,そのような入力方式に対応するタッチパネルが原告の「iPhone」等に採用されたことにより一般にも注目され,本件審決時までには,上記の入力方式を示す用語として用語辞典等にも収録され,かつ,パソコン,タッチパネル,スマートフォン等の各種商品について,これらの商品を製造する会社はもとより,出版社や新聞社等においても,上記の入力方式を示す用語としての使用が広がったことが認められる。そうであれば,「マルチタッチ」を欧文字で表記した本願商標に接した上記商品の取引者,需要者は,上記の入力方式を意味するものとして理解するのであって,自他商品の識別機能を有しないものと認めざるを得ない。」
「したがって,そのような本願商標を,その指定商品中,上記の入力方式を採用したパソコン等に使用するときは,商品の品質,機能を表示するものであるから,商標法3条1項3号に該当する。また,本願商標を,その指定商品中,上記の入力方式を採用しないパソコン等に使用するときは,これらの商品が上記の入力方式を採用したものであるように品質について誤認を生ずるおそれがあるから,商標法4条1項16号に該当する。」(12-13頁)

これは、特許庁とほぼ同じ論旨による請求棄却の判断といえるだろう。
そして、原告の主張に対しては、さらに以下のような判断を付している。

「表記は別として「マルチタッチ」の語が一般に広まったことについて,原告による「iPhone」や「iPod touch」の発表・発売が引き金になっていることは否めないにしても,そもそも,パソコンやそのディスプレイ等の商品分野において,「タッチパネル」や「タッチペン」等の語が用いられてきたように,「タッチ」の文字は,画面に接触することによる入力方式やそのような入力方式を採用した機器を意味するものとして使用されてきたのであって,このような「タッチ」と多数を意味する「マルチ」の文字を組み合わせた「マルチタッチ」が,通常の認識として,画面に数回又は複数接触することによる入力方式等を意味するものと把握される可能性があることは否定できない。加えて,上記認定のとおり,「iPhone」等の発表・発売の数年以上前から既に,複数のタッチパネル等の開発者により,公的に用いられる特許出願に係る公報において,「マルチタッチ」の文字が,複数の指でタッチパネル等の機器に触れることによる入力・操作方式を示すものとして使用されていて,特段の定義付けがなく理解されているのであるから,原告の上記主張は,採用することができない。」
「なお,上記の入力方式に関する技術の名称として,マイクロソフトが「Windowsタッチ」の文字を使用し(略),サムスン電子等の会社が「TouchWiz」の文字を使用している事実は認められるが(略),上記1(3)で認定したとおり,多くの会社が上記の入力方式を示すものとして「マルチタッチ」の文字を使用している以上,これと異なる文字を使用する会社が存在することは,上記判断に影響を及ぼすものではない。」(13-14頁)

「原告は,証拠上,「マルチタッチ」の文字は,操作に関する説明と共に使用されているので,そのような説明がなければ,「複数の指を用いて画面の操作を行うことができる入力方式」とは認識し得ないと主張する。しかしながら,「マルチタッチ」の文字は,操作に関する説明がない状態で用いられ(略),あるいは,操作に関する説明のない見出しにおいても使用されており(略),また,操作に関する説明も,その文脈に照らし,「マルチタッチ」の文字自体の意味を説明するというよりは,機器の機能を説明するものと認められるものも含まれており(略),原告の上記主張は採用することができない。」(14頁)

「原告の出願に係る「MULTI-TOUCH」が,カナダ,欧州共同体等で登録されている事実は認められるが(略),商標登録の可否は,各国の法律や商標に係る文字等の状況等によって異なり得るのであって,上記事実によっても,上記判断は左右されない。なお,原告は,地球規模の製品であることが斟酌されるべきであると主張するが,原告の製品は「iPhone」等であって,それに限られない指定商品に係る本願商標については当てはまらない。」(14-15頁)

アップルと同じく全世界でスマートフォン等を展開している会社であれば、一部でも「マルチタッチ」が登録されている国がある以上*6、リスクを避けて説明の際もあえて違う名称を使う、ということを考えるのだろうが、“ガラパゴス”化する傾向がある我が国の場合、

「商品の説明の際にそこまで考えなかった」→「機能の説明名称として『マルチタッチ』を多用した」

というメーカーやメディアが多かったゆえに、普通名称化が進んでしまったことは否めない(そして、このような他社の使用に対してアップル社が何らかの異議を唱えた、という事実は、裁判では示されなかったようである)。
また、当のアップル社(原告)自身も、当初は「TM」表示を付けずに発表資料内で「マルチタッチ」という名称を用いていた、という事実が認定されてしまっている*7

そして、何よりも、アップル社の母国である米国で、「マルチタッチ」の商標登録が認められていない、という事実*8が、「各国において識別性を認められて商標登録されている」という原告の主張の説得力を弱めた可能性は否定できないように思う*9


商品で日本市場を制することはできても、商標で主力商品のブランド名称をさっくり登録・・・というわけにはいかなかったアップル。

本件商標については、結果的に、自分の会社の母国と同じ結論になっただけとも言えるし、「iPad」の商標権の行使が否定されてしまった中国に比べれば*10、まだマシなのかもしれないが、相対的に商標の登録審査が厳格とされる上に、古くから和製英語が飛び交っている我が日本で、安全に権利を確保するためのアップル社の苦闘は、まだまだ続くように思えてならない・・・。

*1:今日、久々にアクセスしてくださった読者の方もいらっしゃると思うので、便宜のためにリンクを張っておく(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20111229/1325274524)。ちょっと嫌らしい手口だけど(笑)。

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080325/1206488211

*3:第2部・塩月秀平裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111216130840.pdf

*4:平成20年以降、発表資料でこの語を用いる場合には、「TM」マークを付して使っていたようである。

*5:というか、こんな主張ができる会社も、今の日本にはなかなかないだろう。

*6:登録されている国・地域の中にはEU全域が含まれているようだから、なおさら。

*7:我が国において「iPod Touch」が発売される時点では既に本件商標が出願されていたにもかかわらず、なぜ、当初の発表資料で「TM」表示を付さずにあたかも普通名称(一般名称)のような使い方をしていたのか、というのが引っかかるところではあるのだが。

*8:http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1109/28/news033.html

*9:判決の中では、米国における商標の審査経過については何ら言及されていないが、米国での商標登録が退けられた、というニュースが報じられた時期は、本件訴訟の口頭弁論終結前だけに、当然何らかの形で裁判所の知るところになっていたと思われる。

*10:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111207-00000057-reut-bus_all参照(詳細は不明)。「iPad」商標については、わが国でも一時話題となったが(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20100130/1264924270)、日本国内では昨年の4月にあっさりと登録されている(第5406167号)。

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