原発について考える上で欠かせない一冊。

新年早々「原子力損害賠償支援機構が資本注入と引き換えに、東京電力普通株式取得を検討」などという、ちょっとしたサプライズが飛び込んでくるなど、今年もしばらくの間は、原発と東電(&各電力会社)をめぐるニュースが世の中を賑わせそうな気配である。

だが、肝心の「この国が今後、原子力発電とどう付き合っていくのか」という問題については、あまり議論が盛り上がらないまま*1、なし崩し的に“現状維持”で収まってしまいそうな気配すら漂っている今日この頃。

そんな中、法曹関係者の間では定評がある注目の一冊に目を通してみた。

原発訴訟 (岩波新書)

原発訴訟 (岩波新書)

市民派弁護士として長年にわたって華々しく活動されており、最近では日弁連の事務総長として政治的にも矢面に立つことが多い(しかも福島瑞穂議員の事実上の夫という属性もお持ちである・・・)海渡雄一弁護士が著者の本だけに、本屋で平積みになっているのを見かけても、最初から毛嫌いして手にも取ることさえしなかった、という御仁は結構多いのではないだろうか。

自分も最初は購入をかなり躊躇した。

だが、実際に読んでみると、意外なほどに冷静な筆致で、これまでの原発核燃料サイクル施設をめぐる訴訟の経緯が描かれ、裁判所の判断の変遷等も丁寧に分析されていて、さすがプロの法律家は(ただの市民活動家とは)違うなぁ・・・と思わせてくれる良書であることが分かる。

ご自身がかかわった訴訟についても、(当然ながら、当事者視点でのバイアスはかかっているものの)被告たる国や電力会社を追い詰めていくための論理過程が丁寧に描かれており、今後、行政訴訟や大規模な環境訴訟を手掛けたい、と思っている人にとっては、なかなか得るところが多い一冊であるように思うし、逆に訴えられる立場になることが多い人々にとっても、教訓的に受け止めるべき内容が多々含まれている*2

“食わず嫌い”は良くない、ということを改めて感じさせられた。


もちろん、本書の中で述べられている著者の意見に、自分が全面的に賛同しているわけではない。

国策という大きな「森」の中で忘れ去られがちな一本一本の「木」に着目して、その利益のために全力で戦う、というのは、まさに弁護士の醍醐味にほかならないわけで、海渡氏が、原発立地によって大きなリスクを負うことになる地元住民、あるいは、原発での仕事に従事していた労働者遺族等のために原発訴訟を一種のライフワークとして取り組んで来られたこと、それ自体は、何ら批判されるべきことではない。

だが、その活動の行き着く先として出てくる結論が、

原発のない日本列島を構想しなければならない」(116頁)

というものだとすれば、直ちにそれに乗っかるのは躊躇われる。

中国かロシアから海を超えて丸々電気を供給してもらう、といったくらいの大胆な発想に切り替えるならともかく、日本国内で安定した電力供給を行おうとすれば、どんな方法を使おうが何らかのリスクは伴うわけで、ミクロな視点での議論を、個別の事案を飛び越えてマクロな政策に取り込もうとすれば、どうしても弊害が出てくる*3

ゆえに、本書を読む側の我々にも、最後まで著者の世界観に乗っかってしまうのではなく、(本書には書かれていない)様々な発電方式を比較した場合のリスクの大小及びその発生確率と、それと引き換えに享受し得るメリット(ミクロ、マクロ双方の観点から)を冷静に議論して初めてエネルギー政策の最適解が導き出せる、という理を意識しながら、自分の頭で考えていくことが求められるし、そういう読み方をして初めて、本書を「考えるための材料」を提供してくれる良書と位置づけることができるのではないか、と思う。


なお、これだけ厳しい指摘を受けている以上、これまで裁判の場で追及を受け続けてきた国や電力会社、そして、これまでの原告の訴えを退け続けてきた裁判所の視点で、公に反論してくれるような本があってもいいはずだけど、難しいんだろうなぁ・・・*4

きちんと噛み合った議論がなされないまま、時の経過が人々の記憶*5を風化させるのを待って、「計画通り」粛々と進めていく、というこれまでのやり方では、結局何も変わらず、大小の災害のたびに同じことを繰り返すだけ、になってしまう恐れも強いのだが・・・。

*1:一方の立場からの意見・提言は活発に行われているが、それを正面から受け止める議論がなされないまま、様々な「現実」への対処療法的対策だけが先行している状況だと言えるだろう。

*2:もちろん裁判官にとっても(苦笑)。

*3:もちろん、海渡氏も、本書の中で、既に原発が多数稼働している、という現実を踏まえた、ある程度は冷静な議論を展開しているのだが、菅元首相による浜岡原発の唐突な中止指示を、何ら留保なく称賛しているあたりが(234頁)、かえって本書における議論の説得力を弱めているような気がしてならない。

*4:差止め訴訟で反論に使った書面、証拠を、堂々と表に出して世に問うだけでも、印象が変わってくると思うのだけれど。

*5:というより、メディアの関心、といった方が適切か。