“攻め”だけではなかったJASRACの持ち味。

日本音楽著作権協会JASRAC)と言えば、泣く子も黙る音楽著作権業界の“権利執行人”だが、そんなJASRACが一転して守勢に追い込まれたのが、

「『包括利用券許諾契約』に係る新規参入妨害(私的独占)疑惑」

である。

遡ること4年前、公取委が立ち入り調査に踏み込んだのを皮切りに*1、3年前の2月には、とうとう排除措置命令が出されてしまい、さすがのJASRACもこれは厳しいか・・・と誰もが思った。

何と言っても、排除措置命令がひとたび出てしまえば結論がひっくり返らない、というのが現行制度下における公取委の審判で、平成17年に独禁法が改正され、事前審判手続から「事後審判」の手続に移行して以来、審判で命令が取り消された事例は皆無*2

仮に、頑張って審決取消訴訟まで持ちこんだとしても、いつ解決するか分からない泥沼(しかも原告側には、実質的証拠法則の壁もある)に陥ってしまうのは確実な状況だっただけに、筆者自身、JASRACが勇敢に争う姿勢を見せたことには敬意を表しつつも(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20090225/1235668327参照)、おそらくは早期決着を優先して、どこかで大幅な譲歩を余儀なくされることになるのではないか・・・と思っていた。

ところがどっこい。

珍しく“守る”立場になったJASRACは、3年越しの審判の中で、驚異の粘り腰を見せた。

「楽曲の著作権使用料を巡り、日本音楽著作権協会JASRAC)が新規参入を妨げたとして独占禁止法違反(私的独占)で受けた排除措置命令について、公正取引委員会は命令を取り消す方針を決め、2日までに「無罪」とする審決案を同協会に送付した。審決案が確定すれば、2005年の独禁法改正後初めて命令が覆ることになる。」(日本経済新聞2012年2月3日付け朝刊・第34面)

元々、

「放送局の事業収入の1.5%を払えばJASRAC管理楽曲をいくら使ってもいい、という「包括的利用許諾契約」のルールが他の著作権管理事業者との契約を妨げている」

というのが、公取委が排除措置命令を出した理由だったのだが*3、その根拠として認定したはずの、「JASRAC以外の管理事業者の楽曲が使われていなかった」という事実が、「証拠がなく認定できない」というのが、記事の中で報じられている「結論がひっくり返った理由」。

JASRACのホームページに行くと、公取委の審判手続において、JASRACのしぶとい反撃の様子が克明に記載されている*4
http://www.jasrac.or.jp/release/12/02_1.html(審判の経過参照)

それによると、JASRACの反論は、

1. 他の管理事業者が放送分野の管理事業に新規参入した平成18年10月から12月にかけて、FMラジオ局を中心とした放送事業者が「恋愛写真」を始めとする新規参入事業者の管理楽曲をほとんど利用しなかったとの排除措置命令の事実認定が誤りであることは、当協会の提出した放送番組における楽曲の利用状況に関する客観的なデータ等によって立証されている。
2. 放送事業者が「追加負担」を避けるために新規参入事業者の管理楽曲の利用を回避したとの事実認定が誤りであることは、審判廷で参考人が、新規参入事業者に支払う使用料は当協会に支払う使用料とは当然に別のものであり、そもそも、「追加負担」なる概念をもって捉えたことはないと陳述したとおり、明らかになっている。
3. 放送事業者の作成した内部通知文書によって、番組制作担当者が「追加負担」を嫌忌し、新規参入事業者の管理楽曲の利用を回避することとなったとの主張は、審判廷で参考人が、新規参入事業者の管理楽曲の利用を差し控えさせるために内部通知文書を作成したのではないことを陳述したばかりか、客観的なデータによって新規参入事業者の管理楽曲が他の楽曲と遜色なく利用されていたことが明らかにされており、根本から破綻している。
4. 音楽出版社が新規参入事業者との管理委託契約を解約することにした原因が当協会の包括徴収にあるとの事実認定は、平成18年10月当時における新規参入事業者の管理体制が不十分であり(?民放連との合意ができていない、?放送事業者との個別の契約をまったく締結していない、?管理楽曲を明確に提示できていない、?ラジオ局については使用料の上限が決まっていない、?使用楽曲の報告方法も決まっていない)、改善の兆しが見えないために解約したとの真相が審判廷での参考人の陳述により明らかにされており、誤りである。

というもの。

実際、他の管理事業者の楽曲も放送事業者が使っていた、という事実は、公取委が排除措置命令に踏み込んだ当時から指摘されていたと記憶しているが、JASRACは、それを客観的なデータで立証しただけでなく、「公取委のずさんな調査」をあざ笑うかのように、参考人の陳述を用いて、公取委の認定事実を根底から覆し、当初の命令を導いた論理過程をほぼ完璧に破壊したことが分かる。

これぞ、まさに“倍返し”の大勝利、というべきだろう。

元々業界と強い結びつきを持つJASRACのことだけに、オープンな場で業界関係者を呼んで話をさせる、ということになれば、門外漢の公取委よりも有利な立場になるのは間違いないところだし*5、成立が目前に迫っている独禁法改正案の前に、「事後審判制度」が“風前の灯”となって久しい公取委の側にも、無理筋の事案であえて突っぱねるモチベーションは乏しかったのかもしれない。

通常の会社が命令の名宛人になった場合とは異なり、紛争が長期化しても、自らの盤石な事業基盤はそうそう簡単には揺るがない、という“独占“事業者ならではのメリットがあったのも確かだろう。

だが、そういう状況を割り引いても、実にお見事だったJASRACの戦いぶり*6

“守り”に回ってもぶれないこの強さ、ゆえに、長年にわたり音楽著作権業界で、ルールメーカーとしての成果を挙げ、存在感を示し続けることができるのだろうなぁ・・・と思わず脱帽させられてしまう。

そして、専らユーザーとしてしか著作権にかかわれない会社の担当者としては、そんな相手に、正面から攻められるようなことがないように・・・と願うほかない。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080424/1209143263

*2:命令が正式に効力を有する前の“撤回”とは異なり、事後審判手続となれば、ひとたび発せられた命令を自ら取り消す、ということになるのだから、そんなことが行政機関にできるはずがない・・・!という批判が、これまで産業界から散々出されていたのは記憶に新しい(中には、結構あっさりひっくり返す特許庁のような奇特な役所もあるのだが・・・)。なお、上記日経紙の記事によると、改正前から通算しても今回の「無罪」はエレベーター保守業者6社以来、18年ぶりになる、ということである。

*3:それゆえ、公取委は、「新たな使用料徴収方法を決めて公取委の承認を受けなければならない」ということまで命じている(なお、排除措置命令の原文を引っ張ってこようと思ったのだが、なぜか閲覧できない状況になっている・・・。当局の隠蔽?)。

*4:今回の日経紙の記事の中でも、その内容がかいつまんで記されている。

*5:そもそも、「包括的利用許諾契約」というシステムのせいで困っている権利者やユーザーがどれだけいるのか? というところに疑問がある事案だっただけになおさら、である。本件は、何でもかんでも「競争の論理」を押し付けることが良いのかどうか、ということを考える上でも、象徴的な事案になったように思う。

*6:個人的には、JASRACの仕事のやり方には、あまり良い感情を持っていないだけに、手放しで誉めたくはないのだが、本件に関してはやむをえまい・・・。

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