特許侵害リスクの重さ。

昔、知財の仕事をメインにしていた頃は、鈍感な社内の意識をちょっとでも変えようと頑張っていたものだが、当然、そこにはいろいろな壁があった。

「面倒くせえ」とか「無関心」、といったリアクションであれば、まだ、もうちょっと頑張ってやる、という思いをかき立ててくれるから良いのだけれど、個人的にきつかったのは、話をきちんと聞いてくれた上で、

「リスクがあるのは分かった。でも、現状を考えると、実務へのインパクトは決して大きくないよね・・・?」

という冷静なリアクションを返されるケース。

確かに、訴訟に直面することのレピュテーションリスク自体に過敏な業界でなければ、多大な労力とコストを、知財対策のためにどこまでつぎ込むか・・・というのは判断が難しいところなわけで、冷静に算盤をはじかれてしまうと、それ以上強くは主張しにくい・・・という現実もあった。

だが、日経紙の人事面でたまたま見つけた、以下のようなニュースを見てしまうと、対策を講じる必要性は、やはり否定されるべきではないな・・・と思う。

「ミヨシ油脂は13日、山田修社長(53)と三木敏行会長(82)が引責辞任し、新社長に堀尾容造執行役員(59)、新会長に新津堅取締役常務執行役員(64)が就任すると発表した。3月28日に開く株主総会後の取締役会で正式に決める。東ソーから重金属固定化処理剤の特許侵害で訴えられていた件で、敗訴が決まり、経営責任を明確化すする。」(日本経済新聞2012年2月14日付け朝刊・第13面)

最高裁HPで調べてみたら、このミヨシ油脂株式会社の特許侵害訴訟、第1審(東京地判平成22年11月18日)では、東ソー側の約27億3000万円の請求に対して、12億円近い賠償額が認容される完敗*1

さらに、控訴審の侵害訴訟の判決自体はまだアップされていないものの、ミヨシ油脂側が提起した東ソー特許に対する特許無効審判不成立審決取消訴訟(2件)はいずれも棄却されているから(平成23年12月22日)、おそらく同日控訴棄却判決が出されているものと思われる。

そして、ミヨシ油脂側のプレスリリースによれば、同日出された控訴審判決の内容は、第一審判決よりもさらに賠償額を増額した18億円の支払い(及び製造差し止め、製品廃棄)を認める痛恨の内容だったようで*2、会社としては平成23年12月26日に上告/上告受理申し立てを行ったものの、今年1月には特別損失約7億円を訴訟損失引当金として特損計上する方針を発表。

さらに、2月13日には、上記のとおり、「特許権侵害訴訟に対する経営責任の明確化」を明確にうたった代表取締役更迭を発表するとともに、上告を取り下げて敗訴結果を確定させることとなった*3

どういう形で本件訴訟の発端となる紛争が始まり、ライセンス交渉等の現実的な解決策を経ることなく、この段階にまで至ったのか、筆者には知る由もないが、少なくとも第一審で敗訴した後、1年間侵害を継続し続け、負担する賠償額を更に膨らませてしまった、というのは、経営判断としては決して賢明なものとはいえないだろう。

ましてや、マーガリン製造を主力とするこの会社の、10億円に満たない営業利益の規模を考えれば・・・*4


これは知財権そのもののリスク、というより、応訴対応に内在するリスクが顕在化した例、と位置付けるべきなのかもしれないが、いずれにせよ、他山の石として生かしたい事例である。

*1:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101224151401.pdf

*2:http://www.miyoshi-yushi.co.jp/whatsnew/index.html

*3:http://www.miyoshi-yushi.co.jp/whatsnew/files/20120213jyoukoku_t.pdfhttp://www.miyoshi-yushi.co.jp/whatsnew/files/20120213daihyouidou.pdf

*4:Wikiによると、ミヨシ油脂は、戦後東証が再開された時から継続して上場している超老舗企業・・・ということなのだが・・・。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html