休日の朝、前夜の夜なべ仕事のせいも疲れも残したまま、寝ぼけまなこで眺めていた東京マラソン。
だが、テレビ画面に映っていた光景は、実に驚くべきものだった。
けん制し合ったまま、ハイペースにかっ飛ばすアフリカ勢にズルズルと離されるだけに終わるかと思われた日本人集団から、藤原新選手がポンと飛び出した25キロ過ぎ。
そして、その勢いそのままに、あれよあれよと、前を走る外国人達を捉え、とうとう皇帝ゲブレシラシエまで抜き去る、という奇跡の光景を見せてくれた。
最後は2位争いをラストで制して、堂々の2時間7分48秒。
あまり知名度のないケニア人選手(キビエゴ)に優勝をさらわれてしまったとはいえ、あと5キロあれば、逆転優勝も夢ではなかっただろう、というワクワクさせるような走り。
同じ2位でも、何度も足の痙攣に襲われハラハラさせながらゴールした4年前とは一味違う、成長した姿を東京の大舞台で見せてくれたこの選手が、ロンドンで日の丸を付けるに最もふさわしい選手であることは疑いないだろう、と思う。
中継の中でも繰り返し連呼されていたし、これから五輪までの間に散々聞かされることになると思うが、この選手は、実業団チームを退社後、フリーでスポンサー契約を結んで走っていたランナーだ。
しかも、昨年10月末には、スポンサーの契約も解除し、東京マラソンのスタートラインに立った時点では、純粋に“フリー”だった。
そんな選手が、実業団チームの選手たちを見事に蹴散らすのだから、痛快なことこの上ない。
去年の東京マラソンで上位に食い込んで以来、この1年、五輪代表争いの中では“最強市民ランナー”の川内優輝選手ばかりに注目が集まっていたが、冷静に考えれば、川内選手はただの公務員だから、競技環境はともかく、生活にまで苦労することはそんなにはなかったはず。
それに比べると、この藤原新選手は、凡走すればそのまま生活苦につながりかねない、いわば“リアル・プロ”。
元の所属先は、「大企業を辞めてまで・・・」と言われるほどもったい会社ではないと思うし*1、駅伝中心の練習メニューを組んでいる実業団チームの環境が、必ずしもマラソンランナーにとって恵まれているとは言えないのは事実なのだろうけど*2、それでも妻子ある身で、「毎月お金が入って来ない」という環境には、ランナーとして、という以前に“人として”思うところもいろいろとあったはず。
だが、最後に見せた、日本選手離れした素晴らしいロングスパートに接してしまうと、そんな環境ゆえのハングリーさが今回の成功につながったのではないか、と考えさせられずにはいられない。
そして、ぬるま湯の環境を飛び出して一番を目指すこと、が、何よりも大事なんだ、ってことに改めて気付かされた自分もいたわけで・・・。
二足の草鞋を履く「公務員」と、リスクを顧みない「プロ」のどっちが、世界の頂点に一番近いのか、なんてことは、誰にも分からないのだけれど*3、リスクを取ることには大きな意味がある、ってことを体張って表現していたシーンを目にあたりにして、自分の気持ちまで一新されたような気がした。
頂点を目指すために、いつかは・・・。そんな気持ちで、満ちている今。
目の前の意味があるのかないのか分からない仕事に忙殺される中でも、前向きな気持ちにちょっとだけなれた、そんな気がしている。