誰が意匠権の拡大を望むのか?

昨年くらいから一部で議論はされながら、立ち消え(?)になったと思われていたネタが、日経紙上で突如として復活してきた。

特許庁は工業製品のデザインを保護する意匠権の範囲を拡大する方向で検討に入った。パソコンやスマートフォン(高機能携帯電話)などの画面上に表示されるウェブページやアイコンなどのデザインにも意匠権を認める方向。欧米など主要国の制度に近づけ、IT(情報技術)企業の海外進出を支援する。」(日本経済新聞2012年3月27日付け朝刊・第5面)

確かに、記事にもあるように、画面デザインをめぐる紛争は、世界各地で勃発しているし*1、良いデザインがあれば模倣品が出回るのも世の常だ。

だが、だからといって、あらゆる機能的画面デザインを意匠権でカバーすることが、世の中のニーズに沿うか?と言われればそれは明らかに違うと思う*2

記事では、

著作権意匠権と比べて権利の確定が難しく紛争の解決に時間がかかりやすい」

というコメントが掲載されており、だから意匠権で・・・という要望が出ている、と紹介されているのだが、意匠権においても、権利範囲を確定するのは決してたやすい作業ではない。

意匠をちょっとでもかじったことがある人であれば、公知意匠との比較で登録されている意匠の権利範囲を見極める作業がいかに難しいものか、ということは当然知っているだろうし、ましてや画面デザインの意匠登録が決してポピュラーではない現状に鑑みれば、制度を導入してからの数年間の間に登録される意匠群が、21世紀初頭に登録された“ビジネスモデル特許”と同様に、ある種の“トラップ”としてビジネスを阻害する方向に作用することも、容易に想像できることだと思う。

また、著作権であれば、侵害の成立には依拠性の要件を満たすことが不可欠だから、ほとんど人目に接することがないようなところでひっそり使われていたデザインと、自社のデザインがたまたま似てしまった、というような場合には、侵害が成立することはないのだが、意匠権のような登録制の権利の場合、どこの馬の骨か分からないような権利者の登録に係るものであっても、公知意匠の抗弁等がはまらない限り、侵害が成立してしまうリスクを負う。

したがって、仮にこの記事にあるような方向で法改正がなされるとすれば、ちょっとした画面デザインを創作するたびに、先行意匠の登録を確認しないといけないことになるし、場合によっては先行登録意匠の権利範囲をその都度吟味しなければいけない、ということにもなってしまうわけで、現在の実務に比べると、創作を行う側が遥かに多大なコストを負担しなければならないことは明らかだ。

元々、世の中に出回っている情報機器やゲーム機の画面を明らかに模倣した、と思われるような悪質な事例であれば、著作権でも不正競争防止法でも、模倣者に制裁を課すことは十分に可能なわけで、諸外国に比べても、我が国の法制度が創作者の保護に悖る、ということは全くない、というのが現実である。

それにもかかわらず、上記のような報道が湧いてきてしまうあたりに、「工業所有権」をつかさどる機関の権限拡大の思惑*3と、「工業所有権」をつかさどる人々の利権拡大の思惑*4が透けて見えて、ちょっと気分が悪くなる。

記事の最後にひっそりと書かれている

「権利侵害を回避する手間や意匠権の登録にかかるコストが増えたり、創作活動が停滞したりするという懸念の声も一部にある。」

というのが、冷静な知財ユーザーの大半を占める声であることは間違いなく、仮に、今後、特許庁が本格的に意匠法改正を審議の俎上に載せるようなことがあれば、産業界の良識ある実務家達の総スカンを食らうのは確実なので、さすがに何でもかんでも意匠法で、という改正が実現することはないだろう。

ただ、産業界も“良識ある人々“だけの一枚岩で構成されているわけではない・・・という現実があるだけに*5、今後の動きには目を光らせないといけないなぁ・・・と思った次第である。

*1:とはいえ、この記事のように、グリーとDeNAの間の著作権侵害訴訟をここで引き合いに出すのは、ちょっとお門違いじゃないかと思うのだが・・・。

*2:ちなみにこの記事だけを見ると、あたかも日本の意匠法が画面デザインを全く保護していないかのように読めてしまうが、「機器の制御や設定等の操作に使用される画面デザイン」は平成18年改正の際に既に保護対象になっており、保護対象となっていないのは、情報機器で言えば「初期画面から遷移する画面」、ゲーム機でいえば「ゲーム中の画面」といった流動的かつ多彩なパターンを有する画面や、背景画面といったものであり、いずれも個々の登録によって保護するより、著作権不正競争防止法等による保護に委ねた方が適切、と考えられるものばかりである。

*3:特許庁は、“プロ・パテント”の波に乗って、この10年ちょっとの間に、かつてでは考えられないほどの規模の官庁にまで成長することになってしまった。それゆえ、他の大型法改正が一段落してしまった今、意匠法にでも手を付けないことには、組織を維持できない・・・という焦りが最近の動きから何となくうかがえる。

*4:あえて解説するまでもないことだが、これまでのような、著作権法不正競争防止法をめぐる争い、に留まる限り、弁護士以外の士業者が食いぶちを稼ぐために関与する余地はほとんどない。これに対し、意匠権で保護される、ということになれば、出願登録、類否判断、といろいろと他の某士業の方々が関与する余地が出てくる。これは、業界にとっては決定的な違いなわけで・・・。

*5:極端な話、「コストがかかること」が(会社全体にとってはマイナスでも)自分のポジションや部署にとってはメリット、という人は多いだろうし、そこまで行かなくても、「権利保護・強化」というフレーズを聞いただけで、(良く考えずに)脊髄反射的に支持する人々は決して少なくないように思う。

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