世界を震わせた若き日本人スケーターの魂。

世界フィギュアの男子フリー。

ショートプログラムでは、高橋大輔選手が辛うじてメダル圏内に踏みとどまったものの、他の選手たちは、高難度ジャンプ全盛時代にふさわしいパフォーマンスを披露できず、羽生結弦選手も小塚崇彦選手も、本来の実力からは程遠いポジションでフリーを迎えざるを得ない状況だった*1

SPで若干危うさを見せたものの*2、相変わらずパトリック・チャン選手が安定したスコアを叩き出している状況では多くは望めまい・・・と、惰性でテレビを付けながらも、そんなに力が入らずに画面を眺めるだけ・・・のはずだった。

羽生選手の一世一代の演技を見るまでは。


元々ジュニア時代から実績を残し、昨年の時点で大舞台に立っても不思議ではないくらいの力を見せていた選手だった。

線が細く、体も男性選手としてはあり得ないくらい柔らかい*3のに、軸がぶれないジャンプを跳べる技術を持つ・・・ということで、あと2年、ソチ五輪の頃になれば、日本の看板を背負っても不思議ではないだろう、というのは、この競技のファンであれば誰しもが思うこと。

だが、応援する側のそんな悠長さをあざ笑うかのように、フランス・ニースの地で「ロミオとジュリエット」の音楽に載せて披露した羽生選手のパフォーマンスは、場内を興奮の渦に巻き込むくらい衝撃的だった。

冒頭の4回転ジャンプは当然成功*4。その後のいくつものジャンプも、素人目にはほぼ限定がなさそうな完璧に近い出来*5

そして何よりも、中盤のつなぎかステップか、という部分で不可思議な転倒をした後も、それを全く引きずることなく、直後の3回転アクセル‐3回転トゥループのコンビネーションを決め、情感が強く入った最後のストレートラインステップへと観衆を引きずりこむ・・・。

これが17歳、世界選手権初出場の選手の演技か、と驚嘆したくなるような素晴らしい演技で、観終わった後、思わず体が震えた。テレビの前でさえそうだったのだから、迫力の音響とリアルにエッジの音を聞きながらその場で見ていた観客の興奮は如何ばかりか・・・と思う。

結果、ショートプログラム7位というポジションながら、滑り終わって最終グループの演技者を迎えても、なかなか羽生選手を超えるスコアを叩き出す選手は現れず*6、ブルースに載せてほぼ完璧に滑り切った高橋大輔選手と、パトリック・チャン選手に抜かれただけの銅メダル。

フリーだけのスコアを見れば、高橋大輔選手を上回る173.99点の2位で、中でも技術点91.99点は、パトリック・チャン選手*7を押さえて堂々のトップ。さらに、“格”がモノを言う演技構成点でも、全体の3位に付けている・・・。


仙台の地にホームリンクを持ち、今でも東北高校に在籍している羽生選手は、今シーズンが始まる前から、“被災地”を背負って戦うスケーター、としてあちこちのメディアに取り上げられてきた。

シーズン当初から安定した成績を残してGPファイナルに進出し、世界選手権の切符まで勝ち取った羽生選手の姿に勇気づけられた人々は決して少なくなかったことだろう。

ただ、フィギュアスケートのような繊細な競技では、いかに思いが強くても、というか、思いが強すぎるゆえに、演技自体のバランスを崩してしまうことも多々あるわけで、この世界選手権を前に、その手の報道がピークに達しつつあるのを見て*8、大丈夫かなぁ、と思ったのも確かだった。

それがどうだ。

浅薄なメディアの“演出”の思惑を遥かに超越した、魂の込もった演技には、どんな解説も煽りも不要だった・・・。


フィギュアスケート選手のその年々の戦績には、巡りあうプログラムの良しあしも大きく影響する。
その意味で、抑揚とメリハリのある今年のフリーのプログラムは、羽生選手がブレイクするには絶好の素材だったことは間違いない。

だが、5年前、東京の世界フィギュアを“チャルダッシュ”で沸かせた浅田真央選手が、その後長らく持ち味を発揮できずに苦しんだのと同じく、一時、壮絶なパフォーマンスを発揮したがゆえに伸び悩む、ということも当然ありうるだろう。

ゆえに、今大会の結果ゆえ、ソチ五輪でも・・・と期待を膨らませるのは、まだまだ早い、というべきなのだが、それでも“ニースの奇跡”を目撃した我々は、2年後、そしてさらにその先の、彼の未来を信じるほかない・・・

心からそう思う。

*1:特に昨年銀メダルの小塚選手には期待していただけに、SP終了時点で第3グループにも入れない、という不振には、正直ショックを受けた。

*2:完璧だった昨年に比べると、ジャンプの安定感にもややほころびを見せていたし、ステップでバランスを崩す等、正直王者らしからぬ滑りだった。

*3:あまりに有名過ぎるイナバウアー男子であることに加え、スピンにもビールマンが入ってくる、という常識外れの柔らかさを持っている。

*4:スコアシートによると、4回転トゥーループのGOE+2.43という加点は、パトリック・チャン選手と並んで参加選手中トップの出来栄えであった。

*5:スコアシートを見たら、やはり、最後のトリプルサルコウ以外はすべてGOEで加点付き、減点されたジャンプなし、という完璧な出来だった。

*6:羽生選手の演技が刺激を与えたのか、次の滑走者のコンテスティ選手以降、地元フランスのアモーディオ、ジュベール含め、見た目美しく決める選手が相次いだが、それでも得点は羽生選手には届かなかった。

*7:今回のチャン選手は、4回転-3回転コンビネーションを含む2度の4回転ジャンプをきれいに跳んだものの、終盤はSP同様、安定感を欠いており、コンビネーションジャンプでバランスを崩し、最後のジャンプではまさかの転倒・・・という状況だったから、この結果も納得だろう。

*8:ちょうど1年を迎える時期と重なったからなおさら・・・。