新司法試験を目前に控えたこの時期に、ちょっとした話題になっている一冊がある。
知財研究者として第一線で御活躍されている田村善之教授が執筆者として名を連ねていて、しかも出版元が信山社、となれば、どれだけ本格的な学術書なのだろう・・・? と誰もが思うはず。
だが、「はしがき」によれば、これは明確に新司法試験の知的財産法選択者をターゲットにした「受験対策書」。
さらに、そこに記された「論証ブロック」という、今や懐かしい(?)フレーズのインパクトゆえ、「法科大学院の教授がこんな本を出すなんて!」、「司法制度改革っていったい何だったんだ!」的なトーンで、あちこちで物議を醸しているようだ。
- 作者: 田村善之,時井真
- 出版社/メーカー: 信山社
- 発売日: 2012/03/30
- メディア: 単行本
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自分は、新試験には最初から最後まで縁がなかった人間ではあるのだが、少なくとも知財の世界では、これまでこういうコンセプトの書籍がなかったんじゃないかな?ということで、興味をそそられて、入手した一冊を読んでみた。
以下、ちょっとした感想である。
「論証ブロック」の正体
あちこちで紹介されていた「はしがき」を見た時は、どれだけ派手な本なのだろう・・・?ということで、いろいろ想像していたのだが、そこは信山社の本、ということで、装丁も地味だし、中のレイアウトも地味。
もちろん、見出しもそれなりに見易く工夫されているし、ところどころにフローチャートが使われていたりもするが、全体的な外観は、「受験本」というより、読みやすい「概説書」の雰囲気を醸し出している。
それでは、中身はどうか、ということで読み進めていくと、確かに「論証ブロック」なるパートは、ちらほらと、各章の中にちりばめられている。
だが、「論証ブロック」と聞いて、いわゆる“シケタイ”的なそれをイメージしていた読者は、実際にこの本のそれを見て、いい意味で予想を裏切られることになるだろう。
「はしがき」に、
「教科書の叙述から具体的な論点を把握する」
というコンセプトが掲げられていることからも分かる通り、本書の記述は、全般的に受験本的な浅薄さとは無縁な、良く練られたものになっている(かといって、高級な学術書にありがちな読みにくさとも無縁なのだが・・・)。
そして、ここに出てくる「論証ブロック」は、まさにそのような記述の中でも、特に、重要なポイントの制度趣旨をコンパクトにまとめたもの、と位置づけられるものになっている。
新司法試験開始前夜(そして今に至るまで)、多くの業界有識者から予備校型「論証ブロック」が批判を浴びた最大の理由は、学会の深い議論や数多くの判例の上に積み重ねられてきた基本六法の解釈論を、ただ一つ“答案の書きやすさ”の観点のみで、(高名な学者から見れば)素人の予備校スタッフが安易にパターン化してしまったことにあった*1。
だが、本書においては、まさに、特許法の世界で学会の議論を引っ張って来られた田村教授ご自身が、自らの概説書での解説をベースとして、自ら「パターン化」を試みておられるのだから、“予備校本”に向けられるような批判は、全く当たらないのではなかろうか*2。
本書の存在を知りつつも、いまどき「論証ブロック」なんて・・・という理由で、本書を敬遠する受験生がいるとすれば、それは“読まず嫌い”の極み、と言わざるを得ないように思う。
本書の構成の妙味
もうひとつ、本書の面白いところは、全体の記述の構成にある。
例えば、一番最初の「序」の章では、特許権侵害訴訟における現実的な争点を意識しながら、「被疑侵害物件が特許発明の技術的範囲に属するか?」、「被疑侵害行為が実施行為に該当するか?」、「被告の実施行為に特許権を制限する規定・法理が適用されるか?」といったように、一つひとつの要件、抗弁を意識しながら、項目立てがされ、重要な箇所ではかなりのボリュームを割いて、メリハリのある解説が加えられている。
一般的な概説書であれば、章が大きく飛んでいたり、同じ章の中でも記述があちこちに分散しているような内容について、順序立て、整理して記述されている(「消尽」や「無効の抗弁」の章などでも、その傾向は顕著である)。
もちろんこれは、実際に出題される新司法試験の事例問題を意識してのつくりである、ということは疑いのない事実だろうが、冷静に考えると、「新司法試験の事例問題を解く」ための方法論(漏れのないように論点を抽出し、一つひとつ論理立てて検討していく、というもの)は、現実に直面する実務上の課題を解決するための手法とも共通するところがかなり多い。
ゆえに、「受験生」だけでなく、今まさに実務に携わっている人々にとっても、本書が提供する「ロジスティクス」を活用することには、大きな意義があり*3、そのことが、本書のポテンシャルをより高いものにしているように思われる。
もちろん、あくまで「試験で鍵になるポイント」と「実務で重要なポイント」はイコールではないから、実務者としては、本書の限界を意識しながら、自分自身で足りない部分を補っていく必要があるのは言うまでもないことであるが・・・。
本書の生かし方
以上見てきたところからすれば、本書は、要するに、
「質の高い教科書の記述から、余分な肉をそぎ落とし、現実に試験で問われる素材を意識しながら、メリハリを付けて再構成した書籍」
ということができるのではないかと思う。
「はしがき」にも断り書きがあるとおり、この本の中では基本的な説明がほぼ割愛されているし、一つひとつの記述のクオリティも決して低くないから、いきなり完全な初心者が使うには少々荷が重い。
ましてや、「論証ブロック」の部分だけを抜き出して丸暗記する、なんてことは、全く意味がないであろう。
だが、その一方で、これまで地道に勉強して基本的な知識を叩きこみ、試験直前の今になって、当日を見据えた知識の整理や実戦的なトレーニングがしたい、と思っている方にとっては、こんなに心強い武器はないんじゃないかと思う*4。
そして、同じことは、ある程度の経験と知識を積み重ねた中級レベル以上の実務家にも言えるところだろう。
これだけ本が話題になってしまうと、一般の書店で入手するのは結構難しい状況になってしまうかもしれないが*5、それでもなお、機会があれば入手する意味がる・・・そう思わせる一冊。
著作権法等をテーマとしたPart2の公刊も予定されている、ということで、是非、(必要あれば改訂等を適宜経ながら)、長く出版が続くシリーズになってほしい・・・と、心より願うところである。
*1:実際には、学会の議論の方が実務的には?で、「論証ブロック」、「論証パターン」でさっくりと整理してしまった方が、本質を理解できるし、実務的な課題の解決にも資する、という論点も少なからずあったように思われるが、それはとりあえずここでは置いておく。
*2:もちろん、「受験対策書」という性格を意識してか、ところどころで「答案政策としては・・・」という記述も垣間見られるのだが、本質的な記述の価値を損ねるものとまでは言えない、と自分は思う。
*3:特に、実務をそれなりにかじった上で、より実践的な知識を入手したい、という人にとっては、最初から分厚い概説書を頭から読んで唸るより、本書で頭を整理してから必要な部分の知識を補充していく、という勉強法の方が、より有意義ではないかと思う。
*4:そもそも、本家の予備校型「論証ブロック」だって、初学者にとっては“雰囲気を掴む”以上の意味はなく、ある程度の勉強を積んで初めてその価値が分かる、というのは、筆者自身が身にしみて感じたことである。