ようやく、というべきか、とうとう、というべきか、3秘書の有罪判決からは半年、衝撃の起訴議決から1年半もの歳月を経て、小沢一郎元民主党代表の政治資金規正法違反被告事件に対する無罪判決が言い渡された。
「資金管理団体「陸山会」の土地取引を巡り、政治資金規正法(虚偽記入)罪で強制起訴された民主党代表、小沢一郎被告(69)の判決公判が26日、東京地裁であり、大善文男裁判長は無罪(求刑禁錮3年)を言い渡した。」(日本経済新聞2012年4月26日付け夕刊・第1面)
2度目の起訴相当議決の際にもコメントしたとおり、本来であれば「意地でも起訴したかった」はずの検察が断念した事件を起訴した、というのは、相当大胆、かつ疑問の余地のある判断だったし*1、その後、立証の柱となるはずだった秘書の調書が事実上証拠能力を失い、さらに、担当検察官による“虚偽捜査報告書”問題が発覚した、という状況では、指定弁護士側が有罪判決を勝ち取ることは、かなり困難なミッションだったと言わざるを得ない。
当の裁判所は、同じ東京地裁に係属していた3秘書事件で有罪判決が出たことや、本件が検察審査会の判断により公訴提起された事件であること等を重視したのか、秘書の行為が「虚偽記入ないし記載すべき事項の不記載」に該当する、という判断を前提に、
「(元代表は)陸山会が建設費も含めて4億円程度で土地を取得すると了承、売買契約や決済日が04年10月と認識していたと認められる。その上で公表先送りの方針も報告され了承したと認められる。銀行からの融資の目的が本件4億円の簿外処理であることも承知していた。」
「公表の先送りや簿外処理が被告の政治活動上の影響をおもんばかってなされたこと、被告が秘書の行為を止められる立場にあったことも認められる。共謀共同正犯が成立するとの指定弁護士の主張には相応の根拠があると考えられなくはない」
とまで言っており、さらに「収支報告書提出の報告を受けたこともない」という小沢元代表の法廷供述を「信用性が乏しい」とし、「収支報告書の作成や提出を秘書に任せきりにし、全く把握していないことや、会計責任者の役割等についても理解を欠く供述も、政治資金規正法の精神に照らして芳しいことではない」と批判する説示も行ったようだ*2。
そして、指定弁護士の一人である村本道夫弁護士などは、この判決を評して、「判決理由を聞いているうちに、ほとんど有罪ではないかと思った。どうして無罪になるのかという印象だ」とまで会見で発言したと報じられている*3。
だが、あくまで「会計責任者」が帰責主体とされている政治資金規正法の虚偽記入の罪について、政治家本人にも「共謀共同正犯」としてその責めを負わせたいのであれば、「犯罪事実の相互認識」+「正犯意思」という「共謀」の成立要件を満たした上で、結果発生に向けた「故意」を備えることが欠かせないのであり*4、
「4億円を借入金として収入計上する必要性や、04年分報告書に計上する必要があると認識していなかった可能性を否定することができない」
という認定から、「上記の要件を満たせるだけの立証は行えていない」と裁判所が評価し*5、その結果、「被告の故意と、実行犯との間の共謀について証明が十分でない」という判断に至った以上、法的には紛れもなく「無罪」、というほかない。
弁護士といえども、「指定弁護士」として検察官と同視される公的な立場で本件訴訟に関与している以上、もしかしたらこのまま「無罪」が確定するかもしれない、という状況で、被告人に対して法的にも“グレー”な印象を与えかねないような不用意な発言をするのはいかがなものか、と個人的には思うところである*6。
小沢元代表が失ったもの
さて、無罪判決が出たものの、この一連の刑事裁判の手続きを通じて、小沢元代表が失ったものも大きい。
良く指摘されるのは、起訴後のメディアの報道を通じて、それまで以上に“グレー”なイメージが強く染み付いてしまい、党員資格停止等の処分を受けることによって長く公の場から遠ざからざるを得なくなってしまった、ということで、確かにそのような側面があることは否定できないだろう*7。
ただ、“イメージ”という点では、元々クリーンさを売りにしていた政治家ではないし、抱えていた3秘書が先行して起訴され、結局その後有罪になってしまった以上、本人が起訴されるしないにかかわらず、公の場で華々しく活躍することは難しかったのではないか、と思われる*8。
むしろ、「全く関知していなかった」という法廷内外での弁解が、裁判所によって厳しい批判に晒され、それが判決文の中に記されてしまった、という事実の方が、今後の小沢元代表の”政治生命”を左右する、という点では大きいのではなかろうか。
法的には大手を振って「無罪」をアピールできる立場になったとしても、政治家として“何もなかった”ようにふるまえるか、といえば、それは全く別の話。
無罪を勝ち取るための一種の戦術も入っていた、と推測される(?)とはいえ、「秘書(会計責任者)が行った処理を関知していない」という弁解を法廷で行い、それらの言動を「芳しくない」態度と評されてしまったことが、先々、事あるごとに敵対勢力から攻撃を受ける格好のネタになってしまうのは間違いないように思うわけで・・・*9。
もちろん、メディアの伝え方一つで、そういった本判決の“陰”の部分への注目度合いは変わってくるわけだし、一審判決がどこかの判例雑誌に載る頃には、世の中のほとんどの一般人が、元代表が被告人だったことを忘れてしまっているような心理状況に陥っている可能性もあるのだけれど、それでも能天気にシュプレヒコールを挙げている“小沢チルドレン(ガールズ?)”達の姿を見ていると、「そんなに簡単な話ではないでしょ」という突っ込みを入れたくもなるところである。
半年後、元代表を取り巻く環境がどう変化しているのか、今の我々には知るよしもないのだけれど、「無罪」のその先にあるものは、決して“明るい未来”ではないように、今は思えてならない。
*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20101005/1286775209
*2:以上、日本経済新聞2012年4月27日付け朝刊・第46面。
*4:当然のことながら、政治資金規正法違反罪は故意犯である。
*5:「虚偽記入ないし不記載」という評価を受け得る記載方針の内容(先送り処理)について認識しており、それが自らにもたらす影響についても当然理解していた以上、上記要件は一通り充足しており、そこから一歩踏み込んだ「報告書に計上する必要性の認識」まで立証する必要はないのでは?という指摘も出てきて不思議ではないが、その点については、判決要旨として引用されていないところで、きっと詳細な検討が行われているのだろう。
*6:地裁の判決に煮え切らない思いを抱くのであれば、控訴して徹底的に争い、控訴審の法廷の場で同旨の主張を行うのが筋だろう。
*7:このような「有罪になる確率が限りなく低いのに検察審査会の判断によって公訴提起されてしまうこと」の問題については、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120318/1335689857でも書いたとおりである。
*8:普通の会社組織であれば、部下3人が不祥事で刑事制裁を受けるような事態になれば、“関知していない”上司であっても、何らかの不利益処分を受けることは免れ得ない。
*9:現に、自民党の石破茂代議士は、判決直後に、今回の判決を受けた強烈な批判記事を自身のブログにアップしている(http://ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-7873.html)。