特許判例の十年。

なかなか前向きなモチベーションが湧かないまま過ぎていくGWだが、部屋の片づけをしていたら、一昔前の「特許判例百選[第3版]」が“発掘”されたので、少しは連休らしくスケールの大きなこと(?)を・・・ということで、先日購入した「特許判例百選[第4版]」と見比べながら、この約10年近くの間の、特許判例の変遷に思いを馳せてみた。

特許判例百選 第4版 (別冊ジュリスト209号)

特許判例百選 第4版 (別冊ジュリスト209号)

特許判例百選 (別冊ジュリスト (No.170))

特許判例百選 (別冊ジュリスト (No.170))

前回の判例百選(第3版)が出たのは2004年2月。
収録されている判例の中で、もっとも新しいのが、最三小判平成15年4月22日(オリンパス事件)*1。巻末の収録判例リストを見て、今さらながらに気付いたことだが、当時はまだ「知財高裁」すら存在していない・・・そんな時代だった。

ちなみに、第3版巻頭の「はしがき」には、以下のような記述がある。

「(第2版が出版された1985年から19年もの月日を経る間に)特許の世界における法改正、さらには裁判所の努力による裁判実務の変貌にはまさに隔世の感があり、凄まじいの一語に尽きる。たとえば、特許権の権利範囲の拡張(均等論)を認めたボールスプライン判決(最判平成10年2月24日)や、特許庁と裁判所間の権限分配に関するキルビー判決(最判平成12年4月11日)等において典型的にみられるように、特許の世界には、裁判所主導による劇的ともいえる大きな変化が見られる。どの法分野においても判例は重要な意味を有しているが、特に近年の特許判例の重要性は特筆に値しよう。」(第3版・2頁)

確かに、先に挙げた職務発明オリンパス事件はもちろん、準拠法に関するFM信号復調装置の事件(最一小判平成14年9月26日)や、共有者の一人が審決取消訴訟を提起した場合の問題(最二小判平成14年2月22日)、そして冒認出願*2をめぐる問題(最三小判平成13年6月12日)と、最高裁判決を機に議論が始まり出したばかり、という論点は当時多かったし、キルビー判決(最三小判平成12年4月11日)の衝撃も、まだ生々しく残っていたように思う。

そして、この時代の旗印はまさに「情報化社会への脱皮」「知的財産戦略の推進」であり、「はしがき」においても、

「近年の知的財産制度の変化はこのような時代的背景をもったものであるために、この傾向(いわゆるプロ・パテント)は当分の間続くものと考えられる。」(2頁)

という一言が添えられている。

「従来の枠組みから脱皮して新たな構成を採用し、新たな革袋に入れる新酒も、最新の重要判例を中心に厳選した」(3頁)

という当時の編者の先生方の強い意気込みを感じ取ることができるくだりも、「知財法の時代の始まり」の真っただ中にあった、当時の時代背景を象徴するものであった*3

「第4版」で変わったもの。

さて、随分と前振りが長くなってしまったが、「第4版」で何が変わったのか。

まず、統計的に概観すると、「第3版」に収められていた判例の数が109件*4であるのに対し、今回の「第4版」に収められている判例の数は104件。

若干収録件数は減ったものの、大まかな章立て等に大きな変化はなく、約20年ぶりの大改訂だった前回の版に比べると、一見、小幅な改訂にとどまった、という印象も受ける*5

一方、個別の収録判例についてはどうか。

最高裁判決に関しては、45件中36件が再録されており、メリヤス編機の大法廷判決、BBS並行輸入事件、ボールスプライン事件などは解説者も含めて変わっていない*6

もちろん、平成15年後半以降に出された新収録判例8件は、いずれもインパクトがある事件なのだが*7、元々最高裁で実質的な判断が示されるのは年1〜2件という分野だけに、昭和、平成初期の重要判決の意義も、依然として失われていない、ということなのだろうと思う*8

だが、下級審レベルの判決に目を移すと、一気に様相は変わってくる。

高裁判例:第3版収録31件 → 第4版再録12件、新規28件 計40件
地裁判例:第3版収録34件 → 第4版再録14件、新規7件 計21件

数字を見れば一目瞭然、相当な数の判例が入れ替わっており、さらに従来ほぼ同じ件数だった高裁・地裁の判決数が、大きく高裁にシフトしていることが分かる。

ちなみに、新たに収録された高裁判例のうち、知財高裁になってからのものは実に26件*9

一件一件の収録判例をきっちり見たわけではないので、あくまで推測でしかないが、おそらくは、知財高裁が出来て以降、高裁レベルで規範性を意識したような判断が出されることが増えたことも、高裁判決/地裁判決の構成比に影響しているのだろう。

そして、これは、知財高裁で磨かれ積み重ねられた法規範が、次の段階で最高裁レベルの規範として確立し、現在の「定番」を塗り替える・・・といったことも予感させる動き、ということもできるように思われる。


なお、興味深いのは、第4版のはしがきの中にある以下のくだりである。

「技術が複合化しつつある現在、このように特許数が夥しいと特許の調査も困難を極め、事前の特許侵害の予測は難しくなり、あたかも藪の中を進むようであっていつ地雷を踏むとも限らない状況となってきた。特に一つの製品に何千という特許がこめられている電気・電子の世界ではその傾向が著しく、スマートフォンをめぐるアップルとサムソンの紛争に典型的に現れている。この事件はわが国を含む世界各国で訴訟合戦となっており、このような状況がはたして技術の発展に裨益しているのか、という素朴な疑問も提起されているところである。」(第4版・3頁)

「プロ・パテント」の時代背景を一身に背負った感のあった8年前の「はしがき」とは、明らかに異なるこのトーン。

「はしがき」の中では続けて、「それらの流れが直ちに判例となって顕在化するものではない」とも述べられているが、次の版が出る頃には、もしかしたら、これまでとは全く異なる潮流の判例が世に続出している、ということも予感させるような、そんな奥深いコメントだと思う。

また、この「はしがき」の中では、本年4月1日から施行されている平成23年特許法大改正についても、かなりの字数を割いて言及されている。

収録判例の評釈を見ても、冒認出願に関するいくつかの事件の解説や、審決等取消訴訟に関する解説の中で、平成23年改正に関するコメントが盛り込まれており、これまた、次の版が出る頃には、新たな判例展開もあることを予想させるような流れになっている、といえるだろう。

以上、体系的には小幅な修正ながら、「時代の変化」を予感させる作りになっている『特許判例百選[第4版]』。

「10年の変遷を振り返る」と大見えを切った割には、あまりに薄っぺらい内容になってしまったが、

「もしかしたら、今が特許法に関する判例形成の(のみならず、あらゆる知財分野における判例形成の)“潮目”というべき時期なのかも。」

という雰囲気だけを何となくお伝えした上で、「そういう目で日々出される判決の動きを追っていけば、また新鮮な気持ちで実務に取り組むことができるのではないか・・・」という、これまた何となく前向きなまとめで、このエントリーのまとめに代えさせていただくことにしたい。

最後にもう一つ。

なお、「特許判例」といえば忘れてはならないのが、増井和夫弁護士と田村善之教授が長年まとめられている『特許判例ガイド』。

最新刊(第4版)が、上記『百選[第4版]』とほぼ時を同じくして公刊されている。

特許判例ガイド 第4版 (CASE G)

特許判例ガイド 第4版 (CASE G)

収録されている判例数は「99」と、百選とほぼ同じ数であるにもかかわらず、個別に見ていくと、こちらの判例の“品揃え”は百選とはかなり異なっており、より実務を意識した独自の構成とあいまって、引き続き本書の価値の高さを裏付けているように思われる*10

いずれ『百選』と合わせて、ところどころで引用させていただく機会は出てくると思うのだが、とりあえずここでは、簡潔に存在をアピールさせていただくだけに、留めておきたいと思う*11

*1:解説を書かれているのは、中山信弘東京大学教授(当時)である。

*2:正確には出願後の無断名義変更、というべきだが。

*3:さらに、第3版のはしがきでは、当時開設目前だった「法科大学院」をターゲットにする、というコンセプトも示されている。これも時代・・・。

*4:なお、同じ判決について複数の項目で評釈が書かれているものもあるので、件数はあくまで“のべ”の数字である。

*5:新設された項目としては、「特許要件」の項に「(4)開示要件」(パラメータ特許に関する大合議判決<知財高判平成17年11月11日>を含む2件を新たに収録)が追加されたくらい。「クレーム解釈」に関する収録判例数が減った(9件→6件)一方で、「侵害に対する救済」(10件→12件)、「特許権の利用」(5件→6件)に関する収録判例数が増加する等、メリハリが付けられているところもあるが、他の項目も含めた全体のバランスは大きくは変わっていない。

*6:その一方で、「リパーゼ事件」(竹田稔弁護士→吉田広志・北大准教授)、「キルビー事件」(牧野利秋弁護士/毛利峰子弁護士→中山一郎國學院大教授)のように、重要事件の解説者が変わったパターンもある。

*7:著名なものとしてはキヤノンインクカートリッジ事件(最一小判平成19年11月8日)や日立製作所職務発明事件(最三小判平成18年10月17日)などがあり、また制度論を考える上で意義深い訂正審決、訂正請求に絡む判決も3件含まれている。

*8:そもそも、基本六法の分野であれば、百選の中に大審院の判決だってゴロゴロ転がっているから、わざわざこんな話をする必要はないのかもしれないが、「知財法」=「新しい学問分野」と理解している人も多いのではないか、と思うので、あえて書いてみた。

*9:当然ながら、一太郎事件やパラメータ特許の事件、さらには今年出されたばかりのプロダクト・バイ・プロセス・クレームの事件まで、大合議事件は全て収められている(インクカートリッジ事件は最高裁判決が収録されている)。

*10:『百選』とこの『判例ガイド』を合わせて買えば、これまでの特許判例については、ほぼすべてカバーできる、といっても過言ではないように思う。なお、『判例ガイド』については、田村教授の「間接侵害」論に必ず登場してくる「製砂機ハンマー事件」(大阪地判平成元年4月24日)など、お馴染みの判例が依然としてしっかり収められている、というのも、マニア的には嬉しいところだろう。

*11:いくらGWだから、といっても、中身をしっかり読みこむまでには至らなかったので・・・。