指定弁護士が選んだ茨の道。

ある意味、予想されたどおりの「無罪」判決が出てしまい、指定弁護士側の対応が注目されていた「陸山会政治資金規正法違反事件だが、9日になって「控訴」の方針を固めたようである。

資金管理団体陸山会」の土地取引を巡り、民主党元代表小沢一郎被告(69)が政治資金規正法違反(虚偽記入)罪で強制起訴された事件で、検察官役の指定弁護士は9日、元代表を無罪とした東京地裁判決を不服として東京高裁に控訴する方針を決めた。」(日本経済新聞2012年5月9日付け夕刊・第1面)

判決直後のエントリーでもご紹介したように*1東京地裁は「無罪」判決とはいえ、弁護人側の主張を相当程度退け、指定弁護士側の立証構造にも理解を示しているように見える。

特に、「元代表の事務所内での議員と秘書の役割も踏まえ」、

「具体的な謀議を認定する直接証拠がなくても、共謀共同正犯が成立するとの指定弁護士の主張には相当の根拠がある」*2

とした部分は、秘書の供述調書という元々の証拠の柱を失った指定弁護士側としては、心強い説示に聞こえたことだろう。

一部で、「新証拠がない限り有罪にはできない」といった論調の報道も見られるところだが、既に第一審段階で法廷に顕れている証拠であっても、そこにどのような評価を加えて事実を引き出すか、というのは、各審級の裁判所を構成する裁判官次第で変わりうるものなのであって*3、これまでにも実質的な追加立証がなくても控訴審で結論がひっくり返った、という例(特に無罪→有罪となるケース)は決して少なくなかったはずである。

それゆえ、あちこちから批判を受けることも覚悟の上で、「控訴」という茨の道を選択することになったのだろうが・・・。


指定弁護士側に、結論をひっくり返すことができる可能性があるとすれば、

「平成16年分の収支報告書、平成17年分の収支報告書のそれぞれに記載された内容を被告人が認識していた(しかも問題となっているのは「4億円」という一般人から見れば巨額の記載である)にもかかわらず、『虚偽記入の認識がない』と認定した」

という点について、証拠評価ないし推認過程の誤りを認めさせる、ということに尽きるだろう*4

だが、本件では、そもそも土地売買の交渉の経緯や、それを一般的な経理処理の原則に即してどのように計上するか、という点で、いろいろと複雑な問題があるように思われるところで*5

「報告書は見ていたが、その記載の背景にある詳細な事実関係についてまでは報告を受けていなかった → それゆえ、虚偽記入の認識がなかった」

という推認過程も、十分に合理的なもの、と言えるように思われる*6

また、小沢一郎氏の公判を続けている間に、3秘書事件の方で、事実認定がひっくり返る可能性も皆無とは言えないわけで*7、そうなると、共謀もへったくれもなくなってしまい、なすすべなく指定弁護士側敗北・・・という事態にもなりかねない。

検察審査会」という市民の代表者が「起訴しろ」と言って始まったのが今回の事件だけに、指定弁護士としても、「ほんの少しでも有罪になる可能性が残る限りは、裁判を続けなくては」という使命感に駆られているのかもしれないが、上記のようなリスクを冒してまで、控訴する意義があるのか・・・、といえば、悩ましいところだろう。

本来、こういう重たい判断は、指定弁護士だけに背負わせるのではなく、「起訴相当」の議決を行った検察審査会のメンバーに、一審級終わるごとに再度確認の議決を取って判断してもらう、といった制度設計にした方が良いのではないか、とすら思うところで、高裁判決の内容如何では、そういった制度そのものの見直し論にも議論が波及する可能性が高い。

いずれにしても、指定弁護士側が、この茨の道をどうやって歩いていくか、が今後の最大の注目であるわけで、「潔い終わらせ方」ができるのかどうか、を、見守っていきたいところである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120427/1335719815

*2:日本経済新聞2012年5月9日付け夕刊・第15面

*3:一応、事後審という性質上、過度の“再起案“は避けるべき、という考え方も近年では強くなっている(特に裁判員裁判控訴審審理をめぐっては)のは事実だが、現実には、「えっ」と思うような事実認定の逆転も多いし、本件の一審は裁判員裁判というわけでもない。

*4:なお、日経紙をはじめ、多くのメディアでは、「東京地裁が『違法性の認識』について高いハードルを課した」といったトーンの報道をしているが、厳密にいえば、東京地裁が否定したのは「違法性を基礎づける事実の認識」であり、それゆえ、「認識が欠ける」→「故意がない」としたのは、これまでの判例学説と比べてもそんなにハードルを高くしたものとは言えないように思う。

*5:一連の「陸山会」事件の判決は、3秘書有罪のそれも含めて、まだ全文がオープンになっていないようなので、あくまで推測に過ぎないのだが・・・。

*6:逆にいえば、「自らの政治資金に係る報告書を見ていない」という弁解は正直“どうかなぁ”と思うが、「土地の売買のような、本来の仕事と関係ない話は、全部秘書に任せていた」と、あの小沢一郎氏が言えば、“それはそうなのかもね”と思うのが自然なのではなかろうか。

*7:そもそも当初の「4億円=裏献金」という話が、土地取引に係る売却代金の計上、というややこしい話になってしまったことが、捜査当局側の誤算の始まりだったわけで、それを引きずったまま、強制起訴された事件の面倒を見なければいけない指定弁護士にも、かなり気の毒な面はある。

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