5年越しの思いが報われた瞬間。

ロンドン五輪が近づいてきて、どの競技も、本番への切符を取るための激しい争いが繰り広げられている。
そして、この週末、柔道でも代表争いに決着を付けるべく、全日本体重別選手権が行われた。

男子の重量級のように、どの選手もなかなか世界での実績を築けず、懐疑的なコメントが出されてしまうような階級がある一方で、世界ランク1位、2位、現世界チャンピオンと元世界チャンピオン*1が揃い踏みして、ここで決着を付けてしまうのが勿体ないような階級もある。

特に、これまで田村=谷亮子が5大会連続で「日本代表」のポジションを“独占”していて、他の選手が大会で彼女を上回るパフォーマンスを見せても、最後の選考になると、「実績がない」という理由で退けられてしまっていた女子48キロ級で、20年間閉ざされていた扉を誰が開くのか、というのは非常に注目されていたところだったように思う。


この階級で、谷亮子が事実上引退した直後に、世界選手権代表としてまず名乗りを上げたのは福見友子選手で、彼女は勢いそのままに、初出場した世界選手権で、北京五輪の翌年、初の世界女王の地位に就いた。

田村=谷を2度破った、ということで名高く、特に二度目の2007年は産休明けの谷亮子を内容で圧倒した、ということで、5年前の時点で「日本の第一人者」の座を掴んでも不思議ではなかった選手。

残念ながら、“ママでも金”のフレーズに踊らされた世の中の空気の中で、五輪前年の世界選手権代表の座を奪われ*2、三たび・・・、とばかりに臨んだ五輪イヤーの全日本体重別では、早々と敗退・・・ということで、五輪にはまだ縁がなかったものの、五輪翌年に彼女が世界の頂点に立った時は、「これでようやく」と誰もが思った。


ところが、「福見の時代」が到来したと思ったのもつかの間、翌年、福見選手に次ぐ2番手で世界の切符を取った浅見八瑠奈選手が、世界選手権で福見選手を破る下剋上を果たしてから、雲行きが一気に変わってくる。

翌年の世界選手権でも優勝した浅見選手に対し、なかなか波に乗り切れない福見選手。

今年に入ってから浅見選手が負傷を引きずっていたこともあり、世界ランクこそ、今回の体重別選手権の直前には、福見選手が1位のポジションをキープしていたようだが、ここ最近の直接対決(特に世界選手権レベルの大会)で、浅見選手が何度も福見選手を破ってきたことや、浅見選手の国際大会での安定感から、「事実上の決着はもう付いているのでは・・・?」という雰囲気さえあった。

今回の大会直前、某スポーツ番組の特集コーナーで紹介された時も、鈴木桂治選手らと並んで“ラストに賭けるベテラン”的なレッテルをはられ、“熱闘甲子園”のような“散ること前提”の取材のようにも見えてしまったものだ。

だが・・・

最後の最後で笑ったのは福見選手のほう。

この日、これまでの5年間で培った悔しさを吐き出すかのように勝ち進み、決勝戦でも、勢いに乗る高校生相手に、執念の“旗判定”勝利をもぎ取り、その結果等を評価されて、とうとう五輪代表切符までも奪い取った。

最大のライバルだったはずの浅見選手が初戦でまさかの敗退・・・となるなど、いくつかの幸運が味方したのは間違いないが、福見選手はこの日も、準決勝で強敵・山岸絵美選手*3を倒すなど、日本一層が厚い階級で堂々の結果を残している。

外国選手との戦いの中で、大きな結果をいくつも残してきた浅見選手をこの大会の結果だけでスポイルするのはあまりに気の毒ではないか、という声もあるのかもしれないが、これまで繰り返されてきた、「全日本で優勝しても、世界での実績がないから、世界選手権の代表になれない」といった、選考会以外の事情により最終結果を決めるような選考を再び行うことになるほど浅見選手の“看板”は大きなものではなかったし、それでひっくり返されるほど、福見選手も今や軽い選手ではなかった、ということなのだろうと思う。


一度、日本の頂点に立ってからの「5年」という月日は、決して短いものではなかったはず。
そして、その歳月の重さを知っている福見選手だからこそ、本番では、味のある、熟成された柔道を見せてくれるのではないか、と強く期待を寄せてみたいと思うところである。

*1:かつてとは異なり、今は世界選手権が毎年開催されるようになったせいで(しかも一国2人は代表で出ることができる)、世界チャンピオンの称号も昔に比べると軽くなったような気がするが・・・。

*2:谷選手の宿命のライバルと目されていた北田佳世選手が、谷選手の産休中に2005年世界選手権に出場したものの、早々と敗退の憂き目にあったこともあり、この時点では「谷亮子」以外の選択肢を考えるのは難しかった、というのも理解はできるのだが・・・。

*3:4年前、2008年の全日本体重別で谷亮子を下したが「実績がない」という理由で五輪代表には選ばれなかった(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080407/1207526192参照)。もしこの時、谷選手に勝ったのが、山岸選手ではなく、福見選手であっても、結局は同じ結論になっただろう。要はそういう時代だった。彼女が事実上引退に追い込まれるまで・・・。

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