一般化できない“先進的な”取り組み。

パブリックコメントで意見が真っ二つに割れ、この先の法制審部会での“政策判断”が注目される会社法改正だが、ここに来て、「社外取締役義務付け推進派」を勢いづかせるような記事が、日経紙に掲載されている。

日立製作所は取締役の要件などを厳格に定めた企業統治の指針を策定した。第三者の視点で経営を監督する社外取締役は、所属企業と日立の年間取引金額が互いの連結売上高の2%以内であることを起用の条件にする。社外取締役の独立性確保が狙い。取締役業務に注力してもらうため他社の役員との兼職も4社までに制限する」(日本経済新聞2012年5月14日付け朝刊・第9面)

元々、我が国では数少ない(非オーナー系の)委員会設置会社だった上に、法制審での議論の迷走を嘲笑うかのように、さらに一歩進んでいち早く厳格な社外取締役の要件を設定し、“時代を先取り”した感のある日立製作所

同社は、本年5月10日付けで「コーポレートガバナンスガイドライン*1を制定、公表しており、その中で社外取締役の起用基準についても明記するという「珍しい」(日経紙・同上)取り組みを行い始めたようであるが、そんな取り組みが幸先良く日経紙に取り上げられた上に、前期の業績も、消費財にシフトした大手メーカーが苦しむのを横目に絶好調、とくれば、現経営陣もさぞかし鼻高々だろう、と思う。

そして、巷にあふれる“社外取締役導入原理主義者”達がこの記事を見たら、

「ほらやっぱり、これからグローバルに戦う会社のコーポレートガバナンスはこうでなきゃ」

と折りに触れ、持ちネタの一つに使うことになるに違いない。

だが、自分にはちょっと気になることがある。


日立がガイドラインで定めている、取締役の独立性確保のための判断基準は以下のようなもの。

指名委員会は、以下の事項に該当しない場合、当該社外取締役に独立性があると判断する。
1.当該社外取締役の2親等以内の近親者が、現在又は過去3年において、当社又は当社子会社の業務執行取締役又は執行役として在職していた場合
2.当該社外取締役が、現在、業務執行取締役、執行役又は従業員として在職している会社が、製品や役務の提供の対価として当社から支払いを受け、又は当社に対して支払いを行っている場合に、その取引金額が、過去3事業年度のうちいずれかの1事業年度当たり、いずれかの会社の連結売上高の2%を超える場合
3.当該社外取締役が、過去3事業年度のうちいずれかの1事業年度当たり、法律、会計若しくは税務の専門家又はコンサルタントとして、当社から直接的に1,000万円を超える報酬(当社取締役としての報酬を除く)を受けている場合
4.当該社外取締役が、業務を執行する役員を務めている非営利団体に対する当社からの寄付金が、過去3事業年度のうちいずれかの1事業年度当たり、1,000万円を超えかつ当該団体の総収入又は経常収益の2%を超える場合

ここまで明確に打ち出すのは確かに珍しいが、日立ほどの規模と歴史とブランド力のある会社であれば、上記のような要件を満たす取締役を見つけてくるのはそんなに難しいことではないだろう、と思う。

記事で見出しになっている「取引金額の上限」にしても、日立の年間の売上高を考えれば、「2%」という金額は、かなり大きな金額なわけで、候補者選定に支障が出るような話ではないはずだ。

そして、これは別に日立製作所に限った話ではなく、日本に住んでいる人なら皆名前を知っているようなメジャーな会社であれば、同様の要件を課したとしても、大方乗り切れるだろう、と自分は思っている*2

だが、そんなスーパーメジャーな会社(仮にそれが100社あるとしよう)が、全て同じポリシーで社外取締役を日立と同じくらいの人数採用し、しかも、「兼任は4社までにしてください」などという縛りをかけたら*3、一体どうなるか。

そして、今、東証に上場している会社の数が、1部だけでも1700社近くになることを考えると・・・。


どちらかといえば“原理主義”に近い日経紙は、

「国内の代表的企業である同社が動いたことによって社外取締役制度見直しの流れが加速しそうだ。」(同上)

という、案の定のコメントを記事に入れているが、日立が制度を変えたからといって、「日本企業はみんな右へ倣え!」というムードを盛り上げようとするのは、牽強付会な感が非常に強い。

もちろん、この先、日立が「社外取締役を大量導入したことによって」企業としてのパフォーマンスを向上させた、と評価されるようなことになれば、同業他社を皮切りに、同様の取り組みを推進する会社が一気に増えるかもしれないし、個人的にはそういう世の中も悪くないと思うのだけれど、浮き沈みの激しいこの世の中においては、コーポレートガバナンス体制の良しあしが企業のパフォーマンスに与える影響など、微々たるものに過ぎない、というのもまた事実。

かつて、いち早く委員会設置会社化したソニーの経営を“先端的”と評した人々が、今何と言っているかは知ったことではないし、今の日立の取り組みをもてはやす人々が、10年後、何と言っているかなんて知る由もないのだが、できれば、少しでも多くの人が、安易に時流に流されず、条件反射的な論調に惑わされることなく、この先の、この国の「会社のかたち」の行く末を、冷静に議論できるように・・・と、願うのみである。

*1:http://www.hitachi.co.jp/IR/corporate/governance/guidelines.html

*2:というか、有名企業として社長人事が日経新聞の一面に載るような会社は、社外取締役を複数名置いているところがほとんどだし、その独立性も高い。そして、それはひとえに、これらの会社の社外取締役に就任する、ということが一つのステータスになる(ゆえに人材を確保しやすい)上に、会社の体制としても、社外取締役を設置することの“コスト”に対応できるだけの組織的・人材的余裕を有しているため、だと自分は理解している。

*3:ちなみに日経の記事では前記のとおり、兼職が制限されているかのような記載になっているが、日立が公表しているガイドライン上の記載は、あくまで、「兼職しないことが望ましい」という表現にとどまっている。

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