新書にみるイメージと実務のギャップ。

最近、あちこちで話題になっている、西村あさひ法律事務所編『ビジネスパーソンのための企業法務の教科書』。

以前ご紹介した福井健策弁護士の超・良書*1を彷彿させるようなタイトル、ということもあって、自分もその辺の書店でさらっと買ってみたのだが・・・

企業法務の教科書: ビジネスパーソンのための (文春新書 862)

企業法務の教科書: ビジネスパーソンのための (文春新書 862)

まさに「ビジネスパーソンのための」「契約の」「教科書」という要素を全て満たしていた福井先生の本と比べると、いろいろと突っ込みどころは多くて、本書に、あたかも連続したシリーズ本であるかのようなタイトルを付けるのは、いわゆる一つの広義の混同じゃなかろうか・・・とまで思えてしまう*2

もちろん、定価900円、という新書ならではのリーズナブルさは魅力的だし、元々朝日新聞社のニュースサイト用に、3000〜7000字という字数の範囲内で書かれた、という各原稿の物理的な制約を考えると、テーマによっては、「よくこんなに上手にまとめたな・・・」と感心させられるものもあるのは確かだ。

例えば、第7章「企業危機管理」(クライシス・マネジメント)に収められている各テーマの論稿は、どれも具体的事例を交え、読みやすさにも配慮しながら書かれた有意義なものが多く*3、正直この辺の記事を膨らませて一冊の本にした方が、書籍としての完成度は高くなったのではないか、と思うくらいである。

また、川合弘造弁護士が平成21年独禁法改正に伴う「課徴金リスク」に、島田まどか弁護士が「同業者間の情報交換」にそれぞれフォーカスし、独自の切り口からオリジナリティの高い論稿を書かれている第5章「独占禁止法」も、読む価値は相当に高い。

他にも、第10章「アジア・新興国の法律問題」に収められている論稿なども、オムニバス的ではあるものの、自分の前提知識が乏しかった故に、満足感は高かった。


だが、それ以外の章についてはどうか。

説明すべき内容、紹介すべき法令等が多い章に関しては、紙幅の限界ゆえに、記述が分かりにくくなってしまっているものも多いし、逆に、そもそも内容が抽象的に過ぎ、実務者をターゲットとした「教科書」としてはうーん・・・という論稿もないわけではない。

そして、何よりも、「企業法務の教科書」というタイトルの割には、初っ端からこの並びかよ・・・という章立ての微妙さ、本当の「実務」との乖離が、この本の評価を難しいものにしているような気がする。

冒頭の「序論」で書かれている、

「気鋭の弁護士が、ボーダレス・エコノミー時代のわが国のビジネスマン(特に企業の法務、総務、経営企画、海外事業、経理、財務及び税務の担当者)が知っておくべき最新の法務、会計及び税務のトピック*4をランダムに取り上げて・・・書籍化したものである」(12‐13頁)

「本書を一読することで、読者諸兄諸姉は、ビジネスの最前線における熾烈な競争に生き残るために不可欠な、各分野の最新の知識・トレンドを、効率よく身につけることができるはずである。」(16頁)

というフレーズからは、本書の編集を担当した法律事務所の意気込みが存分に伝わってくるのだが、一方で、日々地べたを這いずりまわるような“実務”と、絶えずお付き合いしている身としては*5、「なるほど。この事務所の先生方は、こういうのを『企業法務』だと認識(誤解)しているのか」というシニカルな感想がどうしても出てきてしまうわけで。

まぁ、「契約」という、最も普遍的で、かつ生々しい現実のビジネスに絡むジャンルのネタを使えない*6、というハンデがあったことには同情せざるを得ないのだけれど、それにしても・・・というもどかしさを、同じ業界の方々にも味わっていただき、是非感想を聞いてみたい・・・

そんな思いを抱かせる本であった。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20111204/1323016686参照

*2:もちろん、いずれの本も出版しているのは文藝春秋で、発行主体は同一だから、タイトルがシリーズっぽくなっていようが問題ない、というべきなのかもしれないが、「1作目」を書かれた方にとっては、若干迷惑な話なんじゃないかと思う。

*3:個人的には、企業トップの刑事責任が追及された最近の事例を丁寧に分析、解説されている山本憲光弁護士の「企業トップの刑事責任と『管理過失』」がお気に入りである。

*4:個人的には、税務や会計を専門に担当している方からすれば、この本に書かれているレベルの知識では、ちょっと物足りなさを感じてしまうのではないかと思うのだが・・・。全体を通じてみると、経営企画とか総務のように、特定の分野に特化するのではなく、満遍なくいろんな情報を吸い上げていく必要がある部署の担当者向きの本だろう、と思う。

*5:最近は、立場上“綺麗仕事”をやることもあるのだけれど、それでも、「法務」の仕事の真骨頂は、キラキラと飾り立てられるような世界とは無縁な、“地道にシンプルな思考と単純な作業を重ねた末の最後の一ひねり”にあると自分は思っている。

*6:その分野については、既に「同じシリーズ」として、容易に超えられない一冊が発刊されてしまっているので・・・。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html