2012・6・6、篠田麻里子が「伝説」になった日。

不況と言われる音楽業界の中でも、なぜかAKB48のCDだけは売れ続けているらしい。
特に、総選挙の投票券が入った前作は、相当売れたと聞く。

自分なんかは、もはや新しい音楽を消費することをやめてしまった世代の部類に入るし*1、ましてや特典目当てにアイドルのCDを買い求める歳でもないので、“総選挙“なる悪趣味のイベントとは無縁だったのだが、それでも某CX局の中継を録画してしまったのは、この局が週末からしつこく番宣を繰り返していたから、というだけではない。

デビューしたての頃は、オタク文化花盛りの“アキバ”に添えられたキワモノ。
紅白に出ても、人数が多い以外には何ら語るところがない・・・といった扱いを受けていた彼女達が、紆余曲折*2を経て、気が付けば“国民的アイドル”になってしまった・・・という奇跡を、ジャパニーズ・ドリームと言わずに何と言おう。

形容するなら、U-17とかU-20の時は、奇抜な選手が目立つくらいで国際大会での実績も上がらず、“谷間”呼ばわりされていた世代が、年代が上がるごとに戦果を上げ、気が付けばフル代表のW杯で歴代最高の結果を残していた・・・そんな感じだろうか。

それゆえ、自分が今のフル代表や五輪代表の年上世代に共感するのと同じく、今のAKB48のメンバー、特に最初の頃から長くやっている人々も嫌いじゃないわけで、「前田敦子がいなくなった後に誰が1位になるかなんて、開票する前から分かってるのにな・・・」と思いながら、帰宅して早々に、録画した映像を眺めていた。

番組の作りとしては、正直面白くない代物。

肝心の下位メンバーの順位発表シーンはほとんど映さず、延々とスタジオで紹介VTRを流して、必要以上に煽りをかける。

しかも、CMのタイミングもかなり微妙で、人によっては肝心のスピーチの最後のところが切れてしまう。プロであるにもかかわらず、壇上でまともなスピーチもできないメンバーが余計な時間を食ってしまった、というところにも原因はあったのだろうが、もう少し何とかならんのか、とイライラしながら見る羽目になった*3

だが、そんな、ダメなバラエティー番組の典型みたいな展開の中で、ただ一人、と言って良いほどの輝きを見せたのが、誰あろう、篠田麻里子である。

既に、あちこちのサイトで称賛され、全文アップなども始まっているようだが、おそらくこの先、伝説として語り継がれることになるであろう彼女のスピーチはこんな感じだった。

こんなにもステキな順位を本当にありがとうございます。
(拍手)
こうやって、皆さんの温かさや有難みを本当に感じられるのもこの総選挙だと思ってます。
私はこの総選挙が嫌いではないです。
(間)
自信があるからではありません。
自信はないですし、今日まで、この日が来るまでは不安でした。眠れない日もありました。
だけど、こうやって、皆さんの温かい声援と、温かい気持ちがぶつかる、今日の日を、
この緊張感を味わえる今日を、自分にとってもすごい成長できる日だと思っています。
(間をおいて拍手歓声)
後輩に席を譲れという方もいるかもしれません。
でも、私は、席を譲らないと上に上がれないメンバーは、AKBでは勝てないと思います。
(歓声)
私は、こうやって、皆さんと一緒に作り上げるAKB48というグループが大好きです。
だからこそ、後輩には育って欲しいと思ってます。
悔しい気持ち、凄くあると思います。正直、私も今びっくりして、少し悔しいです。
でも、そうやって、悔しい力を、どんどん先輩、私達にぶつけてきてください。
潰すつもりで来て下さい。私はいつでも待ってます。
(大きな拍手)
そんな、心強い後輩が出てきたならば、私は笑顔で卒業したいと思っています。
(間)
最後に、この票数は、今日までの一年間の私の評価ではなく、
今日から来年までの篠田麻里子への期待だと思ってます。
この、来年はもっともっと期待されたいと思ってますけど、この期待を胸に今日から頑張っていきます。
よろしくお願いします。

もちろん、言ってる中身も凄いし、「潰すつもりで・・・」みたいな新聞の見出しを意識できるフレーズもきっちり使われているのだが、何よりもタダものではない、と感じさせたのは、間の取り方。

ワンセンテンス話し終わった後の一つひとつの間で、会場の空気を味方につけ、
起承転結の整った話をテンポ良く繰り出すたびに、雰囲気を盛り上げていく。
長過ぎず、短過ぎず、抑揚の効いた、でも燃え上がるような気合と意地が伝わってくる・・・
政治家でもなかなか真似ができないような、絶妙なスピーチである。

既に総選挙の順位のアップダウンではびくともしないような確固たる地位を築きつつある分、他のメンバーに比べれば壇上での余裕もあったのかもしれないが、それにしても、全部話し終わった後に、“千両役者”と喝采を上げたくなるような素晴らしいパフォーマンスで、その後、彼女よりも晴れやかな舞台でスピーチをするはずだった残りの4人を完全に食ってしまった感すらあった。

最後の最後、前女王を担ぎ出す、という演出すら霞ませる、好き嫌いを超越したところにある真髄・・・
ホントに凄いものを見せてくれたものだと思う。


かつて、末期のK-1で、勝ち名乗りを受け、次戦以降の活躍を宣言した選手の多くに、「次」の機会が来ることがなかったのと同じで、松井珠理奈がどんなに叫ぼうと、彼女が階段を上り切る前に、旬を過ぎたAKB48というグループが
消えてなくなってしまう可能性は決して低くない。

一寸先は闇。

「来年あるならば1位に!」と叫んだう2位のメンバーですら、1年後、投票を受ける機会に恵まれることなく、姿を消している可能性だってある。

散々バカ騒ぎしたメディアが、1年経つか経たないかのうちに、「そんなことあった?」とばかりに掌を返すなんてことも良くある話だ。

でも、どんな状況になったとしても、今年の6月6日に、篠田麻里子、という一人のメンバーが残した足跡だけは、この日のイベントを目撃した人全ての心の内に刻み込まれ、伝説として長く語り継がれることになるだろう・・・と、テレビ桟敷の向こう側での目撃者の一人である自分は、信じてやまない。

*1:なので、最近は昔好きだったアーティストのベスト盤くらいしか買わない。

*2:CDの販売手法をめぐって法令違反を指摘され、契約するレコード会社を渡り歩いた歴史もあった。

*3:結局、1位の大島優子のスピーチが最後の最後で切れる、という何とも締まらない番組になってしまった。

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