大山鳴動した末に・・・

民主党が政権奪取直前に衝撃的な「公開会社法案」を公表したことに端を発し、法制審議会会社法制部会で2年以上にわたって議論が続けられてきた会社法の大型改正。

社外取締役の義務付け、親子会社利益相反取引規制、多重代表訴訟の導入と、一時は相当のレベルの制度改正が成し遂げられるのではないか、という感触もあったが、最後の最後に来て、「こんなもんか?」という状況になりつつある。

「法制審議会(法相の諮問機関)の会社法制部会は18日の会合で、会社法改正の要綱原案を示した。上場企業などに外部からのチェック機能を強めるための社外取締役設置の義務付けは見送る一方で、置かない場合は理由を開示するよう求めた。親会社の株主が子会社の経営陣の責任を追及できる制度の導入も盛り込んだ。」(日本経済新聞2012年7月19日付け朝刊・第3面)

この解説だけでは良く分からないが、既に公表されている「会社法制の見直しに関する要綱案(第1次案)」*1に目を通して、その直前までの案*2と見比べてみると、法制審がいかに無難な落としどころを選んだか、ということは一目瞭然だろう。

例えば、「社外取締役の義務付け」の論点については、「1名の義務付け」を前提としたこれまでのA案、B案をいずれも吹っ飛ばして、

監査役会設置会社(公開会社であり,かつ,大会社であるものに限る。)のうち,金融商品取引法第24条第1項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を提出しなければならない株式会社において,社外取締役が存しない場合には,社外取締役を置くことが相当でない理由を事業報告の内容とするものとする。」(1頁)

と、「事業報告」に記載することにより株主に監視させる、という産業界の関係者ですら予想していなかったレベル*3の緩やかな結論にとどまっている*4

また、社外取締役の要件についても、はじかれるのは、親会社、兄弟会社の関係者や、取締役・重要な使用人の親族等に限られ*5、最大の注目点だった

「重要な取引先の関係者の取扱い」

に関する記載は、要綱案では跡形もなく消え去っている。

一方、もうひとつの柱である「多重代表訴訟」については、制度自体は導入する方針が示されたものの、

「株式会社の最終完全親会社の総株主の議決権の100分の1以上の議決権又は当該最終完全親会社の発行済株式の100分の1以上の数の株式を有する株主は,当該株式会社に対し,発起人,設立時取締役,設立時監査役,取締役,会計参与,監査役,執行役,会計監査人又は清算人(以下「取締役等」という。)の責任を追及する訴えの提起を請求することができるものとする。」(11頁)

と、1%の議決権/株式保有を要件とする少数株主権とすることにより、大企業においては、事実上ごく限られた機関投資家くらいしか提訴請求しえない、という帰結となった。

叩き台の案の時点から出ていた、

「株式会社の取締役等の責任は,その原因となった事実が生じた日において,当該株式会社の最終完全親会社が有する当該株式会社の株式の帳簿価額(当該最終完全親会社の完全子法人が有する当該株式会社の株式の帳簿価額を含む。)が当該最終完全親会社の総資産額の5分の1を超える場合に限り,・・・請求の対象とすることができるものとする。」(12頁)

という要件もそのまま維持されているから、当面の間、新制度の脅威に晒されるのは、いわゆる持株会社(HD)が上場していて、かつ大口の株主との折り合いがよろしくない会社、に限られることになるように思う*6

そして、「子会社少数株主の保護」についても、利益相反取引に対する強行法規的な規律による介入は見送られ、

「子会社少数株主の保護の観点から,親会社等との利益相反取引に関する情報開示の充実を図るものとする。具体的には,次のような規律を設けることが考えられる(略)。」
(1)個別注記表等に表示された親会社等との利益相反取引に関し,次の事項を事業報告の内容とするものとする。
ア 株式会社の利益を害さないように留意した事項(当該事項がない場合にあっては,その旨)
イ 当該取引が株式会社の利益を害さないかどうかについての取締役(会)の判断及びその理由
(2)(1)ア及びイの事項についての意見を,監査役(会),監査・監督委員会又は監査委員会の監査報告の内容とするものとする。(14〜15頁)

という「情報開示」方向での規律見直しにとどめられた。


大きな注目こそ集まっていないものの、今回の要綱案には、

「監査・監督委員会設置会社制度(仮称)」*7
社外取締役等の要件に係る対象期間の限定」*8
「会計監査人の選解任等に関する議案の内容の決定権の監査役監査役会)への付与」*9
「支配株主の異動を伴う募集株式発行等に関する規律導入」(株主への通知、反対株主の通知があった場合の株主総会決議等)
「特別支配株主による株式等売渡請求制度の導入」*10
「株主による組織再編行為等の差止請求が可能である旨を明確化」
「詐害的会社分割における債権者保護規定の導入」
「金商法規制に違反した株主に対して、他の株主が議決権行使の差止請求を成しうる規律の導入」
「株主名簿の閲覧請求の拒絶事由の一部削除」*11

と、実務的には相当の影響があると思われる改正内容もかなり含まれているから、大山鳴動した結果の今回の会社法改正は、おそらく、“鼠一匹”というにはふさわしくない、“中規模以上の改正”と位置付けられることになるとは思う。

ただ、評論家然した様々な“有識者”が大見栄を切って、根拠も良く分からないような制度改正論の論陣を張ってきた、そして、それに実務サイドが否応なしに付き合わされてきた、これまでの2年間のことを思うと、「何だったんだろうなぁ」という思いは消えない*12

法改正のプロセスでは良くあること、なのかもしれないけれど・・・。

*1:http://www.moj.go.jp/content/000100364.pdf

*2:会社法制の見直しに関する要綱案の作成に向けた検討(1)」(http://www.moj.go.jp/content/000099099.pdf)、「会社法制の見直しに関する要綱案の作成に向けた検討(2)」(http://www.moj.go.jp/content/000099848.pdf

*3:日経紙の記事にもあるとおり、既に多くの上場企業では社外取締役が置かれているわけで、1名の設置を義務付けることがそんなに過大な負担となるとも思えない中で、それでも回避されるに至ったのは、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120126/1327860936に象徴されるような“アウトサイダーによるお手盛り”との批判を懸念したからではないか、といった勘繰りもしたくなる。

*4:ただし、「置かないことが相当な理由」ではなく、「置くことが相当でない理由」を記載する、というのは、それなりに未設置企業側へのハードルは高いと思われ、一応辛うじて「社外取締役の導入を促進させたい」という一部関係者の思いは反映されているといえるのかもしれない。

*5:産業界はこれについても反対していたようだが、さすがにこの範囲にまで「社外」の冠を付けることを引き続き認めよ、というのは、道理としていささか無理があると言わざるを得ない。

*6:もちろん、この辺の要件は将来的に見直すことも十分考えられるから、制度が導入されたこと自体に意義を認めることもできるとは思われるが。

*7:現行の委員会設置会社制度よりも使い勝手は良いため、モニタリング・モデルの採用を志向する会社にとっては、それなりに有力な選択肢となる可能性はある。

*8:使用人等でなくなってから10年間経過すれば、「社外」役員として復帰できる途が開けた。

*9:さすがに報酬についての決定は業務執行そのものに踏み込んでしまう、ということで、要綱案では落とされる方向となった。

*10:90%の株式を保有している株主は、強制的に他の株主の保有株式の金銭取得することが可能となった。

*11:判例を受けての変更。

*12:そりゃあ、正面から問われれば、産業界としては「反対」と言わざるを得ないだろうし、目玉となっていた論点はいずれも、“ガバナンス強化”の観点からは大した意義を認め難いのも事実なのだが、導入されたら導入されたでその活用の仕方を考えて行こう、という動きもあった中で、(特に社外取締役義務付けについては)完全な空振りに終わってしまった、というのは、いささか残念な気がしてならない。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html