あの大震災&原発事故から、既に1年以上の月日が流れ、世の中もかなり平静を取り戻しつつある。
昨年秋に手続が開始された直後は、混乱の極みのように思われた東電の原発事故被災者への賠償も、最近はだいぶ軌道に乗ったようで、(具体的な損害額、賠償範囲等、各論レベルでの諍いは未だ残っているものの)大枠での争いが報じられる機会はかなり減ってきた、という印象も受ける。
だが、そんな中、いささか奇妙な訴訟の判決のニュース記事が小さく掲載された。
「東京電力福島第1原発事故を巡り、国が原子力損害賠償法の免責規定を適用しなかったため株価が下落し損害を受けたとして、東電株を保有する男性弁護士が国に約150万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は19日、「国の判断には相当の根拠がある」として原告側の請求を棄却した。」(日本経済新聞2012年7月20日付け朝刊・第38面)
今回の大震災が「異常に巨大な天災地変」に該当するかどうか、という既に概ね決着を見た論点*1が蒸し返されている、ということに加え、そもそも本来は「国が適用」する性質のものではない原賠法の特定の条文を根拠に、株価下落の責任を国に対して追及している*2、という点で、個人的には、二重に筋がよろしくない訴訟のように思えてならないのだが、記事だけ読むと、裁判所があたかも「今回の事故に関して、原賠法3条1項但書が適用されるか否か」についてまで実体判断を示しているかのようにも見えてしまうため、全文を読んでみたいなぁ・・・という思いが沸々と湧いてくる。
まぁ確かに、国が3条1項但書の不適用を前提に、東電が賠償主体となるスキームを早くから整える方針を固め、現にそれを実行したことが、東電の株価の現在に至るまでの低迷を招いているのは事実だとしても、東電の株価自体は、賠償義務云々以前に、「事故」そのものによって大きく下落している*3。
そして、勝俣前会長が退任間際のインタビュー等でも明かしていたように、現在の東電が主体となった賠償スキームは、
「被災者と裁判してみて、東京電力という会社がもつのかどうかという問題でしょう。もちろん社会的には大混乱が起きることになる。弁護士の意見などいろいろと伺って、そのうえで私が判断した。選択肢としてはいろいろあったが、16条(注:原賠法では、地震や津波が原因の場合、原発1カ所当たり1200億円までを国が補償できるとした)の適用をお願いする決断をしたときが、一つの分かれ目でしたね」
(産経ニュースの平成24年6月26日付け勝俣恒久会長インタビューより、
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120626/trd12062602070003-n2.htm)
と、東電自らが選択した結果でもあるのだ。
ゆえに、個人的には、本件のような訴訟については、原賠法の解釈にあえて踏み込むまでもなく、原告たる株主の国に対する請求自体の根拠がない、という判断を下す方がむしろ自然だと思うところ。
勝俣元会長が同じインタビューの中で述べられているように、
「ある意味で、原賠法がきちっとしていなかったということが、3条ただし書きを主張することに踏み切れなかった最大の理由」
であることは否めない*4から、場合によっては、立法不作為の訴訟でも起こした方が、まだ勝てる確率は高いのかもしれないけれど*5、自分にはとてもそんな裁判を起こす勇気はないので、是非ともどなたかに蛮勇をふるっていただくことを、期待するところである。
*1:当然ながら否定説の方が圧倒的に優位な状況にある。詳細については、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110414/1302933056、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110416/1303046161参照。
*2:この条文の適用の可否を最終的に判断するのは、補償を求めて提訴した被災者と東電との訴訟を審理する裁判所であり、仮に、裁判所で3条1項但書が適用されて東電が免責される、という判断が下されれば、国がいかなる解釈を取っていようが、東電は賠償義務を負わない、という帰結になる性質のものなのだから、国の何らかの作為・不作為に賠償責任を追及する、という発想自体が、自分には良く理解できない。
*3:賠償義務云々の話を差し引いても、原発が稼働できないことによるコスト+事故を起こした福島原発を安全に冷却し、廃炉に至るまで管理していくためのコストは免れ得ない以上、株価の急落は回避しようがなかっただろうとも思う。
*4:正確に言うと、原発事業者に対して責任を負わせるところまでの建付けはきちっとしているのだが、原発事業者がリスクを負いきれないような重大かつ大規模な偶発的事故が発生した時に、国がリスクを引き受けるかどうか、という点が極めて曖昧なままになっていた(どちらかといえば国も負わない、という解釈が導かれる条文になっていた)ことが、被災者を無責任に突き放すことが許されない立場にあった東電を躊躇させた最大の原因だった、ということになるのだろう。
*5:現に、原賠法施行後、深刻な事故につながりかねないような重大事故が国内外で起きていたことを考えると、一事業者では到底支え切れないような天災地変による重大損害について国が賠償責任を負うことによってフォローする、という法改正をしておくべきだった、という主張も考えられなくはない。現実にこれで立法不作為を認めさせるのは、かなりハードルが高い作業だとは思うけど・・・。