夏休みに読むといいかもしれない本(その1)

7月も終わりに近づき、これから夏休みに突入、という方も多いのではないかと思うので、自分が最近読んだ本の中から、不定期に何冊か挙げていくことにしたい。

自分の時間にどんな本を読もうが俺の勝手だ、という方も多いだろうし、筆者自身が人から勧められると、あえてそれを回避するタイプの人間だったりもするので、あくまで、“お勧め”ではなく、“読んだらいいかも”的なトーンに留めておこうとは思っているが・・・。

労働法を考える上での新しいタイプの入門書。

法と経済で読みとく雇用の世界 -- 働くことの不安と楽しみ

法と経済で読みとく雇用の世界 -- 働くことの不安と楽しみ

某書店では、法律書の棚ではなく、ビジネス実用書の棚に置かれていたのがこの一冊。

神戸大学大内伸哉教授、といえば、分かりやすい(だが労働法のエッセンスをしっかり押さえた)解説書を書かれることで有名な労働法の先生であり、既に多くの著書や雑誌連載等も書かれている方だけに、当然の如く、“読みやすさ”については期待していたし、読み始めてすぐに、その期待は裏切られていないということは分かったのだが、期待以上だったのは、本書の以下のようなコンセプトが見事に体現されていた、ということ。

「労働の分野における法学と経済学の対話という試みは、すでに『雇用社会の法と経済』(有斐閣、2008年)で行われている。本書は、そこからさらに一歩進んで、単なる対話(ディアローグ)ではなく、限りなく単著に近いような共同作品を目指した。」(はしがき)

良くあるような、章ごとに執筆者が分かれている(そして執筆のトーンも微妙に異なる)本とは異なり、本書では、労働経済学者としての立場から書かれているであろう川口大司・一橋大准教授(労働経済学)と、大内教授の執筆箇所が完全に融合した形で全ての章が構成されている*1

そして、

「法学と経済学は、互いの分野で用いられるタームこそ異なっていても、双方の重視する理念を、たとえ部分的とはいえ取り入れている可能性があることを示唆している。重要なことは、法学と経済学がきちんとコミュニケーションをすることである。そうすることによって、互いに共有する価値を確認することができ、望ましい法規範の定立に向けた、法学と経済学の協働のための基盤が築かれていくことになろう」(5頁)

という両著者の思いが、内定取り消しから非正規社員、採用、労働条件不利益変更、男女格差、そして組合問題にまで、随所に反映されているように思われる。

元々、大内先生の発想自体が、労働法学者の中では相対的に柔軟で、近時の経済学的な労働分野へのアプローチとも融合しやすいのかもしれない。

例えば、本書では、初っ端の「採用内定取消と解雇規制」の章から、

「解雇規制が、正社員という一部の労働者グループにのみ利益を与え、その利益が既得権化する一方で、既得権を享受できない若者たちが損害を被るということであり、これは公平性を欠くことになろう」(31頁)

という記述が出てくるし、その後の「採用」を巡る問題を論じる際などにも、

「解雇規制の緩和には、労働市場に沈殿してしまっているこうした就職弱者に雇用機会を付与するという効果が期待できるわけである」(117頁)

と、解雇規制に対して懐疑的な視線が容赦なく投げかけられているのだが、この辺は大内先生の従来からの議論とも共通点が多いところだといえる。

また、解雇規制以外にも、「労働者性」を巡る問題について、

「使用従属性という基準で、法律による規制の要否を決めようとする発想がいつまでも妥当するとは思えない。」(73頁)

という記述が盛り込まれる等、「規制のコスト」を意識しながら、従来の“鉄板”的な労働法解釈を考え直す契機を与えよう、というスタンスの記述が随所にちりばめられており*2 、古典的な法解釈に馴染んだ実務家であればあるほど、刺激を受けるところが多い内容というべきかもしれない。

労使いずれの立場にある者かを問わず、本書で述べられる従来の解釈論に否定的なスタンスの議論に対しては、様々な評価がありうることだろう。

自分などは、教条主義的な“労働者保護”的発想よりも、大内先生のような柔軟な考え方で臨んだ方が、かえって本当の意味での現状の問題解決につながるのではないか、と思っているので、あまり違和感はないのだが、そうではない方もそれなりにいらっしゃるのかもしれない。

ただ、本書の多くの部分では、用語の解説に始まり、従来の議論における法学、経済学双方の主張に至るまで、一般人向けの入門書らしく、なるべく中立的に俯瞰しようという試みもなされており、一方的な見解の押し付けにはなっていないので、いかなる立場の方であっても、本書が思考と議論のベースに用いるに十分な構成となっていることは保証できるところである。

さらっと読み進めることができる分かりやすさの一方で、思慮深い方ほど、本書から得られる多数の示唆により、いろいろと考え過ぎて頭が休まらない事態に陥ってしまうかもしれないが(笑)、せっかくの休みなのだから、そういう思考に頭を使うのも悪くない。

ゆえに、自分としてはお勧めしたい一冊である。
特に、日頃、本を読む暇さえなく追われまくっているビジネスマンの方々にはなおさら・・・。

*1:あえて言えば、各章の冒頭に登場するトピックと絡めた小話(小説風味)のところだけは、大内先生のテイストがかなり色濃く出ているような気がするが(笑)。

*2:逆に、男女格差や障害者雇用のように、一定の政策的介入が必要と判断されるところについては、むしろ積極的に“介入”の意義を経済的アプローチからも見出そう、というスタンスの記述も見られる。

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