夏休みに読むといいかもしれない本(その3)

以前、川井信之弁護士のブログ*1で、紹介されたのを拝見して以来、気になっていた一冊を読んでみた。

オリンパスの闇と闘い続けて

オリンパスの闇と闘い続けて

確かに、企業内の内部通報制度の在り方、通報者の扱いの問題、といった各論的な問題に始まり、企業の人間にとっては、組織としてのイレギュラー事象への対応の仕方*2、ひいては仕事の進め方に至るまで、法曹関係者にとっては、川井弁護士も指摘されている弁護士倫理の問題や、裁判所の訴訟指揮のあり方の問題に至るまで、労働組合の関係者にとっても、どこに自分たちの存在意義があるのか*3等々に至るまで、と、本書をきっかけに考えさせられることは、いろいろと多いはずだ。

もちろん、この本が、「紛争の一方当事者の認識に基づいて書かれているもの」である、という事実は、常に念頭に置かなければならない。

例えば、裁判の争点にもなっている、公益通報に至るまでの浜田氏と取引先(本書では「星野特殊製鋼」とされている)との間でのやり取りや、内部通報後の浜田氏に対する会社の“仕打ち”などは、本書に書かれていることだけが全てだと考えてしまうのは早計だろうし*4、B弁護士、C弁護士の辞任に至るまでの経緯についても、慎重に“行間”を読む必要があるだろう。

和解案をめぐる依頼者と代理人のやり取り、というのは、依頼者が大企業で、相場観がある程度分かる法務担当者が付いている場合でも、相当慎重に、密接にコミュニケーションをとってやらないと、いざ和解、というタイミングになった時に、トラブルになることが多い話なのであり、ましてや、本件の浜田氏のように、依頼者が個人、かつ正義感の塊のような人であった時には、一通り説明はしたつもりでも、肝心の依頼者にその真意が伝わっていなかった、ということは、あっても不思議ではない。

ゆえに、本書の記載だけで、一審弁護団の活動のあり方に批判を加えるのは、やや早計ではないかと思うところである*5

ただ、以前のエントリー*6でも言及した、地裁判決の判断に対する違和感の背景にあるものは、本書の、

「浜田さん!和解しましょうっ!」

で始まり、

「どうなっても知りませんからねっ」

で終わる、和解協議期日での裁判官のエキセントリックな発言(本書186-189頁)のくだりを見て、何となく分かったような気がした。

多少の誇張は入っているだろうし、ここまで極端な場面には自分も遭遇したことはないのだが、長く裁判実務にかかわっていれば、これに近い話はそれなりの数は経験しているし、アテの外れた裁判官が、冷淡、かつ解釈をきちんと詰めたとは思えない強引な判決を書く、というケースもないとは言えないわけで、“さもありなん”と思わせてくれるものが、ここにはある。

また、他にも、裁判中の会社側の無理やりな主張*7が、いかに問題を泥沼化させるか、といったことや、判決後の会社の“定型的な”対応が、いかに滑稽なものに見えてしまうか、といったことなど、本書にちりばめられた断片的だが裏付けのある事実から、実務家として思いを馳せねばならないことも多い、といえるだろう。


・・・ということで、経験を積めば積むほど、“ムラの論理”に安易に妥協してしまいがちな、全ての法曹関係者、法務関係者にとって、一種の教訓となるこの本。

ボリューム的にも、そんなに負担にならずに読めるものだと思うだけに、夏休みに読む一冊として、ここでお勧めしておきたい。

*1:http://blog.livedoor.jp/kawailawjapan/archives/5638084.html

*2:浜田氏の本でも描かれているように、本件がここまで深刻で、誰も報われない展開になってしまったのは、オリンパスという会社において、氏の問題提起を特定の部署内(浜田氏が所属するIMS事業部や人事部等)の問題に押し込めて処理しようとする意識が強すぎ、客観的に状況を判断すべき第三者的部署の関与が弱過ぎたゆえではないか、と自分は思っている。

*3:本書に出てくる組合役員の“手のひら返し”には、「多数派の利益代表」に過ぎない、という日本の労働組合の致命的欠陥が如実に顕れていると、個人的には思っている。

*4:ただし、後者については、高裁判決でも、「第1配転命令は,被控訴人Y2において,Cから転職者の受入れができなかったことにつき控訴人の言動がその一因となっているものと考え,被控訴人会社の信用の失墜を防ぐためにした控訴人の本件内部通報等の行為に反感を抱いて,本来の業務上の必要性とは無関係にしたものであって,その動機において不当なもので,内部通報による不利益取扱を禁止した運用規定にも反するものであり」、「第1ないし第3配転命令によって配置された職務の担当者として控訴人を選択したことには疑問がある」、「第1ないし第3配転命令は控訴人に相当な経済的・精神的不利益を与えるものである」といった事情をすべて認めて人事権の濫用を肯定しているし、本書の記述も極めて生々しく、迫真性のあるものになっているのは事実である。

*5:浜田氏が「怒りを覚えた」という和解案の内容(本書183−185頁)にしても、裁判所が「退職前提の和解」というプレッシャーをかけてきている状況(本件に限らず、東京地裁の労働部には最近この傾向が強い)では、現状維持(第1項)かつ今後不利益待遇を行わないことの約束(第2項)を盛り込んでいる、という点で、一概に依頼者に不利なものとは言えないように思う(依頼者本人が在席しないところで、裁判官からもっと強烈な心証開示がなされていた可能性もある)。もちろん、人一倍原職復帰への思いが強い依頼者に対しても、そういった“労働事件における労使+裁判所の相場観”で矛を収めようとした、という一審弁護団の方針自体に、自分は違和感を抱いているし、依頼者が望むのであれば、和解のテーブルを蹴飛ばしてでも判決をもらう(そして控訴審に賭ける)のが、あるべき姿だと自分は思っているのだけれど。

*6:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110901/1315070039

*7:例えば、「通報内容の開示を通報者が承諾していた」といった、常識では考えにくいような反論等。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html