「パテントボックス」税制は有効に機能するのか?

例年、この時期になると浮上するのが、次年度の税制改正に向けた要望の動き。
そして、今年も経団連が2013年度税制改正に関する提言を発表した。

経団連は5日、2013年度税制改正に関する提言を発表した。特許の使用料など知的財産から生じる所得への課税を軽くする『パテントボックス』制度の新設を要求。研究開発や新たなノウハウを生み出す企業を優遇し、生産拠点の海外流出を抑えるよう求めた。」(日本経済新聞2012年10月6日付朝刊・第5面)

パッと見た瞬間、真新しさを感じて気になったところだったのだが、この記事だけ読んでも、イマイチ内容が良く分からないところがあるので、経団連のペーパー(http://www.keidanren.or.jp/policy/2012/069_honbun.pdf)にもあたってみた。

パテントボックス・イノベーションボックスの創設
「現行のわが国の研究開発促進税制は研究開発段階の投資活動に着目した制度設計となっているが、研究開発が成功を収めた後の段階において、その成果物である知的財産権等の無形資産を国内に保有し、商業化するインセンティブは乏しい。一方で、欧州諸国においては近年、知的財産権に起因する所得(ロイヤリティ、知的財産権の譲渡益、知的財産権を利用して製造した商品の販売益で一定のもの)について低税率または所得控除を適用する、いわゆるパテント・ボックス、あるいはその概念を知的財産権以外にも拡大したイノベーション・ボックスを相次いで導入している。英国も来年度から適用の予定である。こうした中で、わが国が現状を放置するならば、かねてからの6重苦もあいまって、日本企業の研究開発拠点、あるいは企業の超過収益力の源泉である無形資産が当該制度の導入国に移転しかねない。従って、わが国においては、既存の研究開発促進税制の拡充・恒久化を行うこともさることながら、わが国の研究開発拠点としての立地競争力を維持・強化するためにも、欧州諸国ですでに導入されている当該制度の創設を急ぐべきである。」(「平成25年度税制改正に関する提言」7ページ、強調筆者)

これを見ると、「既に欧州で導入されている制度が日本に導入されない」ということに対する経団連の危機感は強く感じられる。
だが、制度の内容(特に「知的財産権に起因する所得」の範囲等)は相変わらず良く分からない。

記載されている若干の解説や、ネット上の関連情報*1を参照する限り、主に対象となるのは「特許権のライセンス収入」ということなのだろうが、一部の業界を除けば、特許権のライセンスそれ自体から目に見える「収入」を上げている会社というのは、決して多くない*2。また、「知的財産権を利用して製造した商品の販売益」という要件も、これを広く解釈すると、メーカーなどは“ほとんど全ての利益がこれにあたる”ということになってしまうから、事実上機能させにくい。

イノベーションボックス(パテントボックス)税制」について紹介している経産省の資料*3の中でも、「知財ごとの収益算定に係る実務コストが高い」と指摘されているように、現実に日本の緻密な税制体系の中に盛り込んでいくのは、かなり難しい制度だなぁ・・&仮に盛り込めたとしても、限定的な範囲で効果を発揮するに過ぎないだろう、というのが、自分の率直な印象である。

経団連の懸念にしても、企業グループ内の節税策の一環として、「特許保有会社を海外に設立し、日本の親会社にライセンスする」といった流れになる、という程度の話であれば、「無形資産の移転」などという話をそんなに気にする必要もないだろうと思う*4

ということで、今の時点では、実現可能性と効果の両面で、話題性の高さほどの影響をもたらすことはないように思われる「パテント・ボックス」税制。

むしろ、自分としては、経団連が毎年のように訴えてきている「印紙税の廃止」の方を、さっさと実現してくれないものか・・・*5と思うところである。

*1:英国の税制改正に関する簡単な資料として、http://www.pwc.com/jp/ja/taxnews-international-uk/assets/patent-box-2012.pdfなど。

*2:電機業界などは、ほとんどがクロスライセンスだから、単純なお金の出入りから「収入」を抽出するのが相当困難な作業になる、ということは、職務発明訴訟の審理で既に実証されている(苦笑)。

*3:http://www.meti.go.jp/committee/summary/0001620/036_05_00.pdf。スライド11頁参照。

*4:そもそも、特許権自体がそれぞれの国で独立して成立する権利であり、その一方で、現状、欧州各国で導入されているパテントボックス税制が対象としているのは、欧州域内で登録されている特許権等だけのようだから、日本の特許は引き続き移転することなく、日本企業が保有し続ける、というのが素直な流れであるように思われる。

*5:言わずもがな、「印紙税」は、実際の税額以上に、事務作業の余分なコストを増大させる、という点で極めて有害(苦笑)な税である。

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