名誉を取るか、特許を取るか?

昨日の夜から今日にかけて、どのメディアも、山中伸弥・京都大教授のノーベル生理学・医学賞受賞のニュースで持ちきりだった。

ここ数年、様々な分野で“停滞”&“凋落”がささやかれるこの国にとっては、「iPS細胞」の発見で世界に名を轟かせ、あっという間に研究者として最高の名誉を手にした“スター”の存在は非常に大きいし、パフォーマンス的“仕分け”の犠牲になりかねない状況にあった多くの研究者の方々にとっても、今回の受賞は一筋の光になったのではないかと思う。

で、そんな中、「日経ビジネスオンライン」上で、興味深い山中教授のインタビュー記事が掲載されている*1

「科学者が憧れの職業でなければいけない」、「科学者の社会的地位を高めるために情報発信が必要」といったメッセージから、第一線で活躍されている研究者としての熱い思いが伝わってくるのだが、そこまでなら、他のところでもよく言われている話。

面白いのはその先だ。

「企業の研究所では、論文を発表する前に知財を押さえます。私たちも「iPS細胞(人工多能性幹細胞)」を発見した時は、論文を書きたくありませんでした。論文を書いたら、すぐさまライバルの研究者たちが、こぞって追いかけてくるのが分かっていたからです。」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20121008/237791/?P=2

その先に続く「大学に知財の専門家が必要」というメッセージと合わせて、このくだりからは、基礎研究分野の研究者の方にしては珍しいほどに、山中教授が特許をベースにした研究の実用化への強い意識を持っておられることが伝わってくる。

おそらくは、それだけ、iPS細胞に関する研究の実用化をめぐって激しい競争が繰り広げられている、ということの裏返しなのだろう。

現実には、引き合いに出されている「企業の研究所」ですら、特許の出願申請書類の作成に力を注ぐより、いち早く論文を出し、学会で発表する方が大事、というマインドの社員は結構多い。

一刻も早く自分たちが成し遂げたことを公にしたい研究・開発部門の担当者と、それに輪をかけるように、“貴重な前向きニュース”として成果をさっさとプレスリリースしたい経営幹部との一致した思惑の前に、苦労しながら特許制度のイロハを説明したことがある知財担当者は、決して少なくないはずだ*2。もちろん、自分もそう。

それゆえ、成果を少しでも早く世に出して評価を受けたい、という思いは、研究に携わる人々にとってのある種の本能なのだろう、と自分は思っていたのだが*3、最先端の分野で世界と競争している方の発想、というのは違うのだなぁ・・・と感心させられた。


ちなみに、山中教授は、

「国などの研究費で日々暮らしている以上、論文で成果を示していかなければ、予算が減らされてしまう。」

という厳しい環境下で、やむなく論文を発表した、と語っておられる。

だが、他の国の研究機関も、同じ成果を目指して競い合っていた中で、「じっくりと特許を固めて、実用化に向けた盤石な体制を・・・」という方針で進めていたら、もしかしたら、世界に先駆けて、世紀の発見を世に示す、ということができたのかどうか?

どんなに基盤特許で囲い込む準備を進めていたとしても、コアな部分で出願前に他の研究者に成果を発表されてしまったらそれまでだし、仮に出願は先んじることができたとしても、論文発表で後れをとってしまったら、今回の受賞で名を残すことはできなかったかもしれない。

徹底して実利を得ようと思えば、名誉を失うおそれがある。その逆もまたしかり。
こればっかりは、グレースピリオドに関するルールを少々いじったところで、どうにかなるものではない。

上記の記事は、今からさかのぼること1年前に行われたインタビューの内容を紹介するものだけに、こうしてノーベル賞を受賞された今、山中教授が、この問題についてどのようなコメントをされるのか、聞いてみたい気もするところである。

*1:http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20121008/237791/?rt=nocnt

*2:「特許は一日にして出せず」ということすら、経験したことがない人にはわからない。

*3:もちろん、成果が出なければ予算が削られ、目の前にある仕事を失う、というのは、企業でも同じことだから、それを避けるための“打算”も働いているのかもしれない。

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