新日鉄は国際裁判管轄の壁を超えられるか?

春先からメディアを賑わせている、「新日鉄ポスコ」の営業秘密侵害訴訟*1

提訴が報じられてから約半年、訴えた側の企業再編やら何やらを経て、ようやく、第1回の口頭弁論が開始されたようである。

新日本製鉄(現新日鉄住金)が韓国鉄鋼大手ポスコを相手取り、高級鋼板の製造技術を不正に取得したとして、約1000億円の賠償などを求めた訴訟の第1回口頭弁論が25日、東京地裁で開かれた。」(日本経済新聞2012年10月26日付朝刊・第9面)

新日鉄住金にとっては、まさに“社運を賭けた”戦いになるのは間違いないところで、記事の中でも「情報の流出源とされる元社員宅で証拠書類を差し押さえるなど入念な準備を進めてきた」*2とされている。

元々、本件は、ポスコ→中国・宝山鋼鉄への技術流出に関する訴訟記録上、「新日鉄から技術を(不正に)入手した」という証言が出てきたことが発覚の経緯だと言われていて、そういった比較的“固い”証拠がある中で、さらに関係者の供述を固めて、技術流出ルート等のしっかりとした立証ができれば、実体面での争いに関しては、かなり勝利に近付けることだろう*3

だが、上記記事の中では、口頭弁論での被告・ポスコ側の反論の中に、新日鉄にとって一つの「壁」になりそうな抗弁が出てきていることも報じられている。

それは、

「日本の裁判所は管轄外。製造拠点などがある韓国での審理が妥当」

というくだり。
要は、国際裁判管轄が日本の裁判所に認められるかどうか、という争点だ。

民事訴訟法に、第3条の2以下、国際裁判管轄に関する規定を一節丸ごと追加する改正がなされたのは昨年のこと。そして、改正法が今年の4月に施行されて間もないタイミングで、「営業秘密侵害に基づく訴訟」という、一番ややこしい部類の訴訟類型をめぐって、日韓の鉄鋼トップメーカー同士の対決がなされることになろうとは、立法に関わった先生方も予測できなかったのではなかろうか・・・。

自分は、国際私法の領域にそんなに通じているわけではないので、多少誤解しているところもあるかもしれないが、一般的な知識を借りて雑駁に言えば、営業秘密侵害に係る損害賠償請求訴訟は、「不法行為に関する訴え」(民訴法3条3項8号)に該当し、

不法行為があった地が日本国内にあるとき(外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったときを除く。)。」

に、日本国内での裁判管轄が認められる、そして、不正競争防止法2条1項7号から9号までの行為類型*4においては、「行為」そのものが行われた地が日本国内にある、とは言い難い場合が多いが、少なくとも「日本国内で発生した侵害行為の結果」に係る部分の訴えは、上記規定により裁判管轄が認められるはず・・・と考えている*5

そして、損害賠償請求よりももっと難しい「差止請求」についても、損害賠償請求と併合して提訴している以上、裁判管轄は一応認められるのではないか、というのがひとつの結論である*6

とはいえ、現実には、ポスコの資産も製造拠点も、その多くが韓国国内にある以上、日本で得た勝訴判決の承認執行までにらんでことを進めないといけないところで*7

「韓国鉄鋼最大手のポスコは25日、新日本製鉄(現新日鉄住金)が求めた損害賠償に関連して、韓国中部の大邱地方裁判所で同社を相手取り、債務の不存在を確認するための訴訟を7月に起こしていたと明らかにした。」(日本経済新聞2012年10月26日付朝刊・第9面、強調筆者)

という状況では、仮に日本で勝訴判決が出たとしても、それを現地で執行してもらうのはなかなか難しいのではないか、という予感もするところ*8

結局、韓国での訴訟にまで付き合わされた挙句*9、日本の裁判所では相被告に対する請求はすべて認められたものの、現実に執行できたのは、ポスコジャパンと元社員*10に対してだけだった、という事態も想定しなければならないのかもしれない。

最終的に判決が確定するまでに、どれだけの歳月を要するのかは分からないけれど、今回の“日韓頂上対決”が「知的財産権と国際裁判管轄」というホット・トピックに一石を投じることは間違いないように思われる*11

*1:これまでのエントリーについては、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120522/1338139931参照。

*2:おそらく証拠保全の手続きでも使ったのだろう。

*3:もちろん、ポスコ側でも当然独自開発の抗弁は立ててくるだろうし、流出した技術の内容と、実際に使われていた技術の内容に大きな“距離”があることを立証されてしまうと、少なくとも請求額が大幅に減額される可能性は出てくることになるが。

*4:いわゆる従業者が使用者から示された営業秘密を不正に開示し、それを領得した第三者が使用する行為類型。

*5:新日鉄住金が求めている約1000億円の損害賠償が、どの市場における損害を対象としているのかは不明だが、日本からの鋼材輸出に係る逸失利益相当額については、認められる余地があるのではなかろうか。

*6:なお、これとは別に、相手が「日本において取引を継続してする外国会社」であれば、国際裁判管轄が認められる旨の規定もあるが(民訴法3条3項5号)、この場合、「その者の日本における業務に関するもの」であることが条件となっており、第8号を適用する場合と比べて、より、責任追及できる行為の範囲が狭まるのでは?という疑念もわくところである。

*7:もちろん、裁判で勝訴判決が出ることによって「韓国のメーカーが日本の技術を不正使用した」ということが公にされれば、それはそれで、ひとつの政治的な意味があるのは確かだが。

*8:もちろん、日韓で矛盾しない判決が出れば、それはそれで、(日本メーカーに贔屓目な日本人としては)素晴らしいことだと思うのだが、昨今の国際情勢にかんがみると、そうすんなりいくとは考えにくい。

*9:ここで、新日鉄がどういう対応をするか、というのも興味深いところで、日本での訴訟に悪影響を与えないために、本案前の主張を徹底的にするだけして、本案に関しては答弁しない、という戦略もあるのかなぁ・・・と思ったりもするのだが、まぁそこはお楽しみ。いずれにしても、新日鉄ほどの規模の会社だからこそ、この辺にまで付き合うかどうかの戦略が立てられるわけで、零細金型メーカーなどが国境をまたいだ営業秘密不正使用等の被害にあってしまったら、かなり厳しい状況になってしまうだろうと思う。

*10:ポスコに対する約1000億円の請求のうち、800億円を連帯して支払うよう求めている、とのこと。

*11:今、世界市場で張り合っているこの2社が、裁判が終わって学者の議論も尽きたころに、世界市場で現在のポジションを保っていられるかどうか、は保証の限りではないし、それゆえ、裁判の途中で、両社間での何らかの妥協が成立する可能性もないとはいえないのだが・・・。後は、神のみぞ知る。

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