解消された“悪い後味”

表紙の装いも新たに、一足早く2013年モードに入ったBusiness Law Journal。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2013年 01月号 [雑誌]

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2013年 01月号 [雑誌]

巻頭のオピニオン欄には、田村善之教授が登場し、短い論稿ながら、ここ数年、ますます磨きがかかってきた「行為規制法」という切り口からの「知財法体系」構築ロジックの一端を披露されている*1

また、特集である「クロスボーダー契約のリスク」は、普通の企画なら、さらっと薄く解説されて終わってしまいそうなテーマを、トピックごとに掘り下げて専門家に解説させ*2、さらに、第一線で活躍中の企業実務者が、全体を俯瞰したコメントでまとめる、という、かなりクオリティの高い仕上がり。

竹井大輔氏が書かれた「検討・確認プロセス」は、いざ、という場面で頭の整理をする時に活用できそうだし、ラストの「メーカー法務担当者」の方の、本音ベース(?)の「契約」に対する見方、考え方は、自分のそれにかなり近くて、

「『契約』イコール『ビジネス』そのもの」

とか、

「一方的に不利な条件を吞まされるのであれば、むしろ詳細な『契約締結』はないほうがよい」

といった鉄則は、クロスボーダー取引でも同じだよね・・・ってことで、読んでいて非常に心強かった。

・・・で、既にご紹介した記事だけでも十分買う価値のある中身だと思うのだが、やはり今号の最大の見どころは、何と言っても「Focus」として取り上げられた「データ活用問題とプライバシー問題」に関する数々の記事。

特に、“あの”高木浩光氏が、BLJ2012年10月号に掲載された“ミログ擁護”的な論稿に触発されて、鈴木正朝教授と共同で論稿を書かれた*3、というのは、巷の週刊誌もびっくりするくらいのセンセーショナルな話題で、これを読みたくて今号を手に取った読者の方も多かったのではないだろうか。

自分としては、先の10月号の「プライバシー情報」特集には、少し後味の悪い思いもしていただけに*4、ますます後味の悪いことになるのではないか、と、おっかなびっくりでこの論稿を拝見したのだが・・・


共著ゆえ、いい意味で中和された、ということもあったのかもしれないが、全体的に落ち着いた筆致で、ミログ側の見解を一つひとつ理詰めで潰していくプロセスには、(落ち着いているがゆえにかえって)迫力があるし、内容にもかなりの説得力があった。

他の方も指摘されているように、検討の中心が、「不正指令電磁的記録に関する罪」の構成要件該当性に専ら集中してしまっている感があり*5、それゆえ、若干“尻切れ”的な印象が残るのは残念なところだが*6

スマートフォンのアプリ全体に対する社会の信頼性が問われているのであり、・・・こうした社会の信頼性の低下を放置することは、利用者の保護はもとより個別事業者および業界全体の発展にとっても不幸なことではないか」(34頁)
「利用者にとって欺瞞的な偽装アプリは、到底社会的に許容し得るものではない」(37頁)
「利用者の錯誤を避けるには、本来意図する機能や狙いと外形上の主機能が一致するサービスとして設計するのが理想的である」(37頁)

といった力のこもったフレーズから、執筆者の思いは十二分に伝わってくるし、事業者側の視点で読んでも、「まぁ、そうだよね」と納得できる仕上がりの論稿になっているのではないかと思うところである。

また、この記事の前に掲載されている森亮二弁護士の論稿*7の中にも、興味深いくだりは多い。

個人的には、「個人識別性がなくてもプライバシー侵害が生じ得ることを前提とした事例」として、情報公開法に関する事例を挙げているのは、ちょっとどうかなぁ・・・と思うところもあるし*8、一部のエッジの効いた判決を除き、「漠然とした不安」に対して我が国の裁判所が厳しいスタンスを取り続けている、ということへの言及も足りないような気がするのだが、

「日本ではいったんルールが宣言されれば、主要なプレーヤーはそれを守ろうとするし、守ることが期待される。違反があった場合には、「ルール違反者」というスティグマの下に徹底した批判にさらされる。ルール違反の可能性をもたらす「グレー」の領域は中間的な領域ではなく、そこを通行しようとすることはルールを軽視するものとしてルール違反者と同様の批判にさらされるのである。」(27頁)

といったくだりなどを拝見すると、執筆者もいろいろご苦労されたのかなぁ・・・等々、いろいろと考えさせられるところは多かった。

なお、10月号に関するエントリー*9で、「後味が悪い」といったのが通じたのか、今月号では、「事業者の悩みとリスク判断」というタイトルの元、匿名の企業の法務担当者、事業担当者が、非常にバランスの良いコメントを寄せられていて、実務的にも参考になったし、何よりも、その前からの原稿と合わせて読んだ時の「読後感」が非常に良かったように思う。

たった3ヶ月の間に、ここまでテーマとしての完成度を高めてきた編集部のご尽力には、つくづく頭が下がる。

今回のテーマをめぐる問題は、この先もしばらくの間は、拡大することはあってもはすたれることないように思うだけに、折を見て特集を組んだうえで、より“現場”の実態を掘り下げてみていくような企画も含めてやっていただければなぁ、と思うところである。

*1:田村善之「特許権はいかなる意味で『権利』か?−プロセスの通過点としての『権利』」BLJ2013年1月号9頁。

*2:個人的には、若干“玉石”感があるが、そこはこの手の企画の性質上、やむを得ないところだろう。

*3:高木浩光=鈴木正朝「利用者の誤認を誘発する利用者情報送信アプリの法的リスク」BLJ2013年1月号28頁。

*4:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120901/1347092971

*5:実務的に言えば、「刑法犯が成立するかどうか」は、単純に構成要件に該当するかどうか、ということだけで結論が出る話ではないし、刑事罰アプリ開発者(当然ながら不正な意図を持たない開発者も含まれる)に与えるインパクト(=萎縮効果)を鑑みれば、安易にここで「違法」という結論を出してしまう、というのはどうなのかなぁ、という思いも残る。

*6:少なくともミログ社が利用者の「同意」を事実上“詐取”していたことは、本稿の中で説得的に論証できているのだから、個人情報保護法上、あるいは不法行為法上の違法性にフォーカスして議論を展開すれば、より奥の深い論稿になったように思えてならない。

*7:森亮二「ライフログ活用サービスにおけるプライバシー侵害リスクをどう検討すべきか」BLJ2013年1月号20頁。

*8:なぜなら、情報公開法をめぐる判決等で登場する理屈は、「なるべく情報を公開したくない」自治体側の事情と、事件の“筋”を重視する裁判所の思惑の一致により生み出される場合が多く、こういう場面における「プライバシー侵害」の判断を、一般的な基準とするには躊躇せざるを得ないからである。一般論としては、本来「情報は広く公開されるべきもの」なのであり、森弁護士が一定の「評価」を与えている裁判例の流れが定着してしまうことになると、結局は国民の側のダメージが大きくなることにもなりかねない。

*9:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120901/1347092971

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