「即席麺」特許は柳の下のドジョウになるか?

今年、知財業界で大きな話題となったのが「切り餅」メーカー同士の特許をめぐるバトルだったが*1、年の瀬も迫りつつあるこの時期になって、また一つ、食品業界で特許バトルが勃発した。

日清食品ホールディングスは3日、即席麺の特許を侵害したとして、サンヨー食品(東京・港)と製造関連会社の太平食品工業(前橋市)を大阪地裁に提訴したと発表した。」(日本経済新聞2012年12月4日付け朝刊・第42面)

日清HDのホームページに行くと、プレスリリースが掲載されているのだが*2、そこには、

特許権(特許第 4381470 号)の侵害行為の差止と 2 億 6,652 万円の損害賠償を請求しています。」

と、請求の根拠となっている特許の特許番号と請求内容が明記された上に、「対象商品」として、サンヨー食品の「サッポロ一番」シリーズの商品名までもが11個も並べられている。

一歩間違えば、サンヨー側に風評被害をもたらしかねないようなリリースのようにも思えるが、それをHPに堂々と掲げているあたりに、日清食品側の相当な自信を見てとることができるだろう。

いかに「サッポロ一番」が強いブランドだとはいっても、即席麺市場全体で見れば、日清食品の方が、存在感は圧倒的に上であるだけに*3、訴訟を通じて“大手の貫録”を示そうという思惑もあるのかもしれない。

だが、今回の紛争のキモとなる「特許」そのものの内容を見ると、少し印象は変わってくる。

日清食品HD特許の微妙過ぎるクレーム

IPDLで検索をかけると、特許第4381470号(「束になった即席麺用生麺」)をすぐに見つけることができるのだが、その特許請求の範囲を見ると、

【請求項1】
複数の麺線が重なり合って略扁平な束になった即席麺用生麺であって、
前記生麺は、麺生地から切り出され、コンベア上で、当該コンベアの搬送方向に向けて配列されて製造されるものであり、
前記生麺を構成する各麺線は、前記コンベア上で屈曲しつつ繰り返し輪を描き、
前記輪は、前記コンベアの搬送方向と逆方向に順次ずれながら配置され、
前記各麺線の描く軌道は、隣り合う麺線の描く軌道と同調せず、
前記各麺線は、前記各麺線中の輪の位置が隣り合う麺線の輪の位置とずれた状態で、相互に交差して重なり合っており、
その重なり合った状態のまま蒸煮され、延伸され、切断され、乾燥される、湯戻し時に麺線が略直線状となることを特徴とする、前記束になった即席麺用生麺
(斜体部は補正がなされた部分)

と、相当な補正が加えられた痕跡が見て取れる上に、

前記生麺は、麺生地から切り出され、コンベア上で、当該コンベアの搬送方向に向けて配列されて製造されるものであり、前記生麺を構成する各麺線は、前記コンベア上で屈曲しつつ繰り返し輪を描き、前記輪は、前記コンベアの搬送方向と逆方向に順次ずれながら配置され、前記各麺線の描く軌道は、隣り合う麺線の描く軌道と同調せず、前記各麺線は、前記各麺線中の輪の位置が隣り合う麺線の輪の位置とずれた状態で、相互に交差して重なり合っており、その重なり合った状態のまま蒸煮され、延伸され、切断され、乾燥されると、湯戻し時に麺線が略直線状となることを特徴とする

という製造方法なのか何なのかさえ良く分からないような記載になっていて、これに続く詳細な説明の記述ともうまくマッチしていないから、特許をよく知っている人であれば、「むむむ・・・?」となるような代物である。

あまりに不思議だったので、この特許の公開公報(特開2010-187621号)を見てみたら、なるほど、というべきか、案の定、というべきか、出願公開時までは、

【請求項1】
複数の麺線が積層した略扁平な即席麺用生麺の束であって、
隣り合う麺線が非並行状態で、略螺旋状となるように屈曲しつつ所定方向に向かって積層されており、
その積層状態のまま蒸煮され、延伸され、切断され、乾燥されることにより、湯戻し時に麺線が略直線状となることを特徴とする即席麺用生麺の束。
【請求項2】
一対の切刃ロール間を通過させることによって麺生地を複数の麺線へと形成し、該麺線をカスリによって切刃ロールから剥ぎ取り、各麺線を隣り合う麺線とは非並行状態で略螺旋状となるように屈曲させながらコンベア上に積層し、扁平な麺線の束として配列させる配列工程と、
前記配列工程後の麺線の状態を保持したまま、麺線を蒸煮する蒸煮工程と、
前記蒸煮工程後の麺線を一定方向に伸ばす延伸工程と、
前記延伸工程後の麺線の一定量を切断する切断工程と、
前記切断工程後の麺線を乾燥する乾燥工程と、
を有することを特徴とする即席麺の製造方法。
【請求項3】
前記乾燥工程が麺線を油で揚げるフライ工程である請求項2に記載の即席麺の製造方法。

という、物に係る請求項(1つ)と製造方法に係る請求項(2つ)に分かれていたことが分かった。

これが、いかなる過程を辿って今のクレームに補正されていったのか、ということまでは、さすがに包袋でも取り寄せない限りは分からないのだが、見た目は明らかに「物の特許」のクレームに過ぎないにもかかわらず、日清食品側が、プレスリリースの中で、

「本件特許にかかる「ストレート麺製法」は、湯戻し時に麺同士がきれいにほぐれ、喫食時に真っすぐになる即席麺の大量生産を可能とし、滑らかな麺の「のどごし感」を味わえる革新的な製造技術です。」

と、あたかも製法に関する特許のように説明している理由も、これで分かったような気がする。

・・・で、問題は、現在の「特許請求の範囲」の記載を基に、サンヨー食品の「即席麺」を差し止められるかどうか、なのであるが・・・。


サンヨー食品も、「ストレート麺」と言われる麺を、自社製品に採用していることは、どうも確からしい。

だが、その一方で、関連する東洋経済の記事*4によると、サンヨー食品も自らの製法に関する特許を取得していることから(特許第4860773号)、おそらく製法そのものが日清食品のそれと完全一致する、というわけではないのだろう。

そして、「物の発明であるにもかかわらず、発明の構成要件として製造方法的な記載がされている」特許のクレーム(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)の権利範囲の解釈については、今年1月に出されたテバ対協和発酵キリンの大合議判決(知財高判平成24年1月27日)*5において、これらのクレームを「真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」*6と「不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」*7に分けた上で、

「真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいては,当該発明の技術的範囲は,「特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,同方法により製造される物と同一の物」と解釈されるのに対し,不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいては,当該発明の技術的範囲は,「特許請求の範囲に記載された製造方法により製造される物」に限定されると解釈されることになる。

とする判断が示されているところ、今回問題とされている「ストレート麺」について、その特定を構造又は特性により行うことが不可能又は困難、とまでは言えないように思われる。

だとすれば、本件特許のクレームも、「不真正プロダクト・バイ・クレーム」として、特許請求の範囲に記載された製法に限定した形で、権利範囲の解釈がなされるべきではないか、ということになろう。

上記東洋経済の記事の中には、「サンヨーの特許公報に公開されている麺線(麺の一本一本の状態)を見ると、(日清の)ストレート麺の“形状特許”に酷似している」という日清食品側の発言が掲載されており、、あたかも一昔前の「物同一説」を引っ張り出すような主張をしていることもうかがえるのであるが、単なる「物」同士の比較だけで、本件で勝利を収めることは事実上不可能だろうと、自分は思う。

また、現在の日清特許のクレームに記載されている「製法」が、専ら「コンベア上の配列」や「作業工程」等のみに焦点を当てたものであり、厳密な意味で「製造方法」を特定したものではないことから、より広く権利範囲が認められるのではないか、という考え方もあるかもしれないが、逆に言えば、そんなありふれた部分だけの特許が、本当に侵害訴訟における激しい攻防に耐えられるのか・・・と問われれば疑問も残る。

いったん拳を振り上げてしまった形の日清食品HDが、落としどころを探れるか?、というのが今後注目されるところではあるが、いくら原告の側だと言っても、訴訟が長引けば長引くほど失われるものも多くなるわけで、そのあたりを見据えた日清の「選択」がいかなるものなのか、という点も含めて、見守っていきたいところである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120921/1348988874のエントリーとそのリンク先を参照。

*2:http://www.nissinfoods-holdings.co.jp/img/show_pdf.php?type=news&image=2871_u_pdf_1.pdf&pdf=1

*3:たまたま見つけた即席麺市場を分析する論稿として、http://www.jaas.jpn.org/doc/pdf/journal/21_2/21_2_14.pdfをご紹介しておく。

*4:http://toyokeizai.net/articles/-/11989

*5:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120203132559.pdf

*6:大合議判決では、「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため、製造方法によりこれを行っているとき」がこれにあたる、とされている。

*7:大合議判決では、「「物の製造方法が付加して記載されている場合において,当該発明の対象となる物を,その構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとはいえないとき」とされている。

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