ニッチな攻防の末の妥協?〜企業結合審査をめぐる公取委のセンス

地デジバブルが去り、メーカーともども、日々崖っぷちに近づいている感がある家電量販業界。

ヤマダ電機が、約半年前にベスト電器との「資本・業務提携」を発表した時も、当事者の大本営発表で描かれているような“前向きな提携”をイメージできた人は稀で、多くの人は、一種の“救済的吸収合併”、と受け止めたのではないかと思う。

そんな中、暫しの時を経て、公正取引委員会による企業結合審査の結果が公表された。

「家電量販最大手のヤマダ電機は10日、ベスト電器の買収を公正取引委員会が同日付で承認したと発表した。同一グループの店舗による市場支配を避けるため、2013年6月末までに8店を第三者に譲渡する契約を結ぶことが承認の条件。」(日本経済新聞2012年12月11日付け朝刊・第13面、強調筆者(以下同じ))

公取委が公表した12月10日付けのリリースは、↓のとおり。
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/12.december/12121002.pdf

平成23年7月に、企業結合審査に関する新しいルールが導入されて以降、新日鉄住友金属の例をはじめ、多くの企業結合事例が公取委によって審査され、公取委の「考え方」が示された事例も相当の数に上ってきているが、今回は「小売業」としては初の事例、ということもあり、公取委のリリースには、第三次産業ならではの、独特の視点も多く含まれている。

例えば、企業結合が影響を与えうる「一定の取引分野」の画定にあたり、「地理的範囲」が、

「一般に,家電量販店においては,店舗ごとに,特定の競合家電量販店の店舗を注視して,当該店舗で販売されている家電製品の販売価格を調査するなどした上で価格戦略が練られていることなどから,家電量販店間の競争は店舗ごとに行われているものと認められる。」
「各家電量販店は,消費者の買い回りの範囲等から個別店舗ごとの商圏を設定しているところ,当事会社はおおむね「店舗から半径10キロメートル」を商圏として設定しており,当事会社以外の家電量販店に対するヒアリングにおいても,店舗から半径10キロメートルを商圏とすることは標準的であるという見解が多くみられた。したがって,「店舗から半径10キロメートル」を地理的範囲として画定した。」(2-3頁)

と、店舗単位で設定されているあたりは、この種の業界にかかわったことのある者にとっては当たり前の話でも、公取委関係のこの種の事例としては、とても新鮮に映る*1

また、通常であれば、様々な統計資料を掘り返して認定することが多い「市場シェア」についても、本件では、

「家電量販店の各店舗の市場シェアを算出することは技術的に困難であるが、一般に、同一地域内における事業者数が多い地域ほど、競争が活発であると考えられる」(3頁)

という、「セーフハーバー基準」該当性を検討した痕跡すら見えない、一見アバウトに見えるような理屈で片づけられている。

「当事会社が競合している地域は253地域存在する」(3頁)

と認定しつつ、

「当事会社のほかに多数の競争事業者が存在する地域もあれば、当事会社以外に競争事業者が存在しない地域もある」

と、もやもやとした説明を続け、遂には、

ヤマダ電機ベスト電器以外の店舗を注視している地域は212地域、ベスト電器を注視している地域は41地域存在する」

と、当事会社の“主観”まで持ち出している*2、というあたりに、製造業の業界とは異なる難しさが滲み出ているように思えてならない。

最後に辿り着いた「問題解消措置」

さて、公取委は、上記の点に加え、「参入圧力」、「競争圧力」、「当事会社グループの経営状況」といった要素を加味した上で、以下のような独禁法上の評価を下した。

「当事会社が競合している地域は253地域存在するが,各地域における競争状況を詳細に検討すると,ベスト電器の経営不振により同社の事業能力が限定的であることもあり,多くの地域において,当事会社間における競争と比較して同等又はより激しい競争が,当事会社と別の競争事業者との間で展開されている実態にあると認められる。具体的には,ヤマダ電機にとって注視する対象の店舗がベスト電器以外であり,実際にも,店舗の立地状況や規模等に照らして当該店舗からの競争圧力が強いと認められる地域や,ヤマダ電機ベスト電器の店舗を注視しているものの,同一の地理的範囲内又は地理的隣接市場内に,店舗の立地状況や規模等に照らして当事会社の店舗と遜色ない競争力を有する競争事業者(件数はあまり多くはないものの,地域によっては,家電量販店のみならず,ディスカウントストア等も含まれる。)の店舗の存在が認められる地域が,合計243地域存在する。同地域では,本件株式取得後に競争力を有する競争事業者の店舗との間で引き続き活発な競争が展開されることが想定されるとともに,地域によっては具体的な参入計画が存在し顕在的な参入圧力が認められること及び通販事業者からの一定程度の競争圧力が認められることを併せて考えれば,本件株式取得により,当事会社の単独行動又は競争事業者との協調的行動によって競争が実質的に制限されることとはならないと考えられる。」(6頁)

ここまでなら、めでたしめでたし、ということで、終わったはず。
だが、公取委は、そんなに優しくはなかった。

「他方,残りの10地域(注)(以下「10地域」という。)については,ヤマダ電機ベスト電器の店舗を注視しており,同一の地理的範囲内又は地理的隣接市場内に店舗の立地状況や規模等に照らして当事会社の店舗と比較して遜色ない競争力を有する競争事業者の店舗の存在は認められず,顕在的な参入圧力も存在しないことから,通販事業者からの一定程度の競争圧力が認められるものの,本件株式取得により当該地理的範囲における競争が実質的に制限されることとなると認められる。」(6頁)

ここで挙げられた「10地域」とは、

(1)甘木地域(福岡県),(2)唐津地域(佐賀県),(3)島原地域(長崎県)、(4)諫早地域(長崎県),(5)大村地域(長崎県),(6)人吉地域(熊本県),(7)種子島地域(鹿児島県),(8)宿毛地域(高知県),(9)四万十地域(高知県),(10)秩父地域(埼玉県)

という、いかにも「競争」という単語が、あまり似合いそうもない土地ばかり(失礼・・・)なのだが、“競争こそ正義”とばかりに、いつもながらに「当事会社の申出に応じた」という形をとり、公取委は、以下のような「問題解消措置」を条件に「排除措置命令を行わない旨の通知」を行うことになった。

ヤマダ電機は,10地域それぞれについて,当該地域に所在する当事会社の店舗のうち1店舗(ヤマダ電機の店舗かベスト電器の店舗かを問わない。)を第三者(当事会社の企業結合集団に属する者又は当該店舗において家電小売業を営む意思を有さない者を除く。)に譲渡することとし,平成25年6月30日までに譲渡の契約を締結する(当該地域に所在する当事会社のFC店舗が第三者のFC店舗となることを選択した場合には,譲渡があったものとみなす。)。ただし,(4)諫早地域と(5)大村地域は互いに隣接していることから,両地域に所在する当事会社の店舗のうち1店舗を譲渡する。同様に,(8)宿毛地域と(9)四万十地域についても,両地域に所在する当事会社の店舗のうち1店舗を譲渡する(合計8店舗の譲渡)。平成25年6月30日までに譲渡の契約が締結されなかった地域又は同日までに譲渡の契約が締結されたがその後譲渡が実行されなかった地域においては,適切かつ合理的な方法及び条件で,当該地域に所在する当事会社の店舗(FC店舗を除く。)について速やかに入札手続を行う。
ヤマダ電機は,店舗の譲渡が完了するまでの間,対象店舗の事業価値を毀損しないようにするとともに,各対象店舗において消費者に不当に不利な価格設定を行わないものとする。
ヤマダ電機は,店舗の譲渡が完了するまでの間,定期的に,各対象店舗等の家電製品の販売価格について当委員会に報告するとともに,店舗の譲渡の実施状況等について,その内容を当委員会に速やかに報告する。(7頁)

事前報道では「10数か所」と報じられていた譲渡店舗数が、より小さい数字で収まったのは、上記のとおり一部の隣接する2区域で1店舗、というやわらかい条件で収められた等の事情があったから、ということなのだろうが、それでも、血で血を洗う家電量販業界において、8店舗を「競合事業者に譲渡させる」というこの「問題解消措置」には、つくづく驚嘆せざるを得ない(苦笑)。

上記措置を選択した公取委のセンスや如何?

さて、この「問題解消措置」をどう評価するか、というのはなかなか難しいところがある。

「253地域」(or 両社がライバル関係にあるところだけでも41地域)も企業結合当事者が競合している地域があるにもかかわらず、一見して業績に与える影響が少なそうな上記「10地域/8店舗」に絞り込んだ「問題解消措置」を取るだけで株式取得が承認されることになったのは、「参入圧力」や「競争圧力」を強調し、影響を最小限にとどめようとしたヤマダ電機側の“粘り”ゆえだということは容易に想像が付くところで、“妥協の産物”として穏当なところに収まった、という評価もあり得るとは思う。

また、「種子島地区」のように、ヤマダ電機系のテックランド*3と、ベスト電器のお店*4が道路を挟んで向かい側、というエリアもあるから、公取委としては、何もなしに企業結合を認めるわけにはいかなかった、という事情も、一応は理解できなくもない。

だが、今回の“事実上の吸収合併”が見据えているのが、非効率店舗の廃止による経営効率化にあることに鑑みるならば、上記の地域では、遅かれ早かれ、店舗集約が図られたはず。

そして、ヤマダ電機側が主張し、公取委も大筋で認めた、

「家電量販店の出店に関して制度面又は実態面の参入障壁は存在しない」(3頁)
「地方の需要者は買物の際に自家用車を利用することが多く,こうした需要者の購買行動を踏まえて家電量販店側も主要道路沿いに出店することが多いため,需要者の買い回れる範囲が都市部より広くなることから,地理的に隣接する市場(以下「地理的隣接市場」という。)からの競争圧力が働いている」(4頁)

といった事情や、今の市場環境を考慮すればそれなりの説得性はある、

(1)インターネット環境の充実やそれに伴う消費者の購買行動の変化により,インターネット販売を中心とした家電製品の通信販売の販売金額が飛躍的に増加していること
(2)通信販売は店舗運営コストを要しないため新規参入が容易であり,店舗を営む事業者に比べ商品の販売価格を抑制することが相対的に容易であること
(3)消費者はインターネットを利用すれば,実際に店舗へ行かずとも,価格比較サイト等を通じて,最も価格の安い通販事業者を検索し,インターネットで家電製品を購入することが可能なこと等から,通販事業者からの強い競争圧力が働いている。

といったヤマダ電機側の主張を考慮すれば*5、商圏内に店舗が1つしか残されないことになったとしても、それで独占的な利益を貪ることなど、ほぼ不可能だといえるだろう。

だとすれば、たかが「8店舗」ながら、「競合事業者への店舗譲渡」という極めてセンシティブな措置を命じた公取委のセンスには、首を傾げざるを得ないところはある。

そして、公取委が当事会社に付した条件のうち、

「対象店舗の事業価値を毀損しないようにする」

といった条件などは、今の市場環境を考えれば、どんなに誠実に店舗経営を行っても無理・・・のように思えてならない。

はたして、上記10地域のヤマダ・ベスト連合の店舗を譲り受ける事業者が現れるのか、そして、それによって、商圏内の競争と平和は保たれるのか、今の時点では予測するすべもないが、来年の春くらいには、「やっぱりこの措置には無理がありました」ということで、何らかの修正が図られる可能性もあるのではないかなぁ・・・と、密かな期待をしているところである*6

*1:そもそも、現在の企業結合に関する届出のフォーマット上、「店舗単位」で記載できる項目なんてあったかなぁ・・・という素朴な疑問もある。

*2:審査結果の中では「自社店舗の近隣に複数の競合家電量販店の店舗がある場合でも、特に注視の対象となっている店舗との間で活発に競争を行っていると考えられる」という説明が付されており、実務的には理解できるところではあるのだけど、こと「審査」という場面で、“注視”しているかどうかの認定をどうやって行ったのか、というところは、ちょっと気になるところである。

*3:地図はhttp://www.yamada-denki.jp/store/contents/shop_1132.html

*4:http://map.yahoo.co.jp/maps?lat=30.720237112206&lon=130.99928207071

*5:この点に関し、公取委は、「インターネット販売を中心とした通販事業者は,家電量販店に対し,ある程度の競争圧力となっている点は否定できないが,強い競争圧力になっているとまではいえないものと認められる」(5頁)と判断しているが、キンドルも上陸した昨今の状況等に鑑みると、疑問は残る判断だといえる。

*6:上記8店舗に関しては、ヤマダ電機の方で、既に地場のホームセンター等にあたりを付けている可能性もあるが、どこも懐が苦しいのは同じだけに・・・。

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