これぞ最高のエール〜NBL992号・北島敬之氏のメッセージより。

既に、様々なところで紹介されていて、少々機を逸した感もあるのだが、NBL992号(2013年1月1日号)に掲載されている北島敬之氏(ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社代表取締役ジェネラルカウンセル)の「“企業法務を考える”」という論稿*1について、自分も非常に感銘を受けたので、ここで簡単に心覚えとして、書き残しておくことにしたい。

「法務マンとしてのキャリア」から「企業法務組織のあり方論」まで。

企業法務の第一線で豊富な経験を積まれた方が、「企業法務とは何か」について語る、という企画は、他でもよく見られるところだし、北島氏ご自身も、そういうアプローチの記事や座談会等でのコメントを、これまでにもいくつか残されているのではないかと思う。

だが、この企画の凄いところは、入社直後から、転職を経て現在のポジションに至るまでの、北島氏の「キャリア」を実に6ページもの紙幅を割いて、じっくりと紹介しているところだろう。

民商法に関する知識、というより、そもそも「うちの会社に『法務部』なんてあるの?」という状態で、入社早々「法務」部門に放り込まれ、右往左往しながら、自分なりのやり方で知識を身に付けていく・・・という経験は、自分と同世代くらいまでの法務担当者なら誰しも(笑)味わったことがあるはず。

一般事業会社に比べれば遥かに体制の充実した商社で、キャリアをスタートされているだけあって、新入社員の頃の上司の鍛え方も、氏ご自身が取り組まれたことのレベルも、自分のそれとは比較にならないくらい高いものなのだが*2、それでも、どうやって知識を自分のものにしていくか、事業部門とのやり取りの中でどうやって自分の能力を発揮していくか、といったところは、わが身を振り返りながら、そうそう、と思うくだりは多かった*3

転職活動をされていた時の経験も含めて、この辺の記載の充実ぶりは、今まさに、氏の後を追いかけるように法務業界の第一線に立っている、あるいは、まさに今足を踏み入れ始めた方々にとって、大いに参考になるところではないかと思う。

また、「企業法務の機能」について論じておられるくだりについても、ありきたりな「一般論」に終始することなく、北島氏ご自身の“迷い”を率直に記されている、という点において、非常に共感させられた。

以下のくだりなどはまさにそう*4

「法務だけが、数字や成長(growth)に目を向けず、「それは営業の問題だから」と突き放したようなような見方をしてよいのだろうか、という疑問が私のなかにあります。具体的に、では何をどうすればよいのか、簡潔明瞭に言えないところが悔しいのですが、そうしたことを時々自問自答しています。まだ、これはという答は見つかっていません。」(35頁)

そして、

「常に忘れてはならないのが、ビジネスの要請に対する法の要請、社会の要請、そして高い水準の倫理観、常識観を正しく理解しようとする姿勢です。その姿勢はビジネスの現場の人たちからみると、煩わしいことに思われるかもしれません。「なぜ、そこまで法務が入ってくるのか?」、「契約書を作成、検討するために、なぜそこまで話さないといけないのか?」云々、面倒な存在と疎まれることも少なくありません。」
「そもそも、営業部の法務部門に対する信頼は低い、というギャップをまず感じるべきなのでしょう。(中略)そのギャップは、お互いに緊張関係を持って仕事をしていく上では、決してマイナスではありません。しかし、「信頼されていないこと」が、必要な情報が入ってこないことにつながるとしたら、それは会社にとっては、動脈硬化心不全を起こすようなリスクを内在していることになります。」(35頁)

・・・という、決してきれいごとだけでは語れない現実を端的、かつ直截的に述べられているくだりは、この論稿の一番のハイライトだと自分は思っている*5

この後に続く、「その気にさせる法務」にするためのアプローチに関して、

「企業法務として達成したことの明確化、または「見える化(visualization)」を行うこと」(35頁)

が挙げられていたり、

「トレーニングや情報発信は、社内のリーガル・マインドを醸成することにはなかなかつながりません。」(36頁)

というこれまた率直な思いが述べられているところも、心に響く。

そこから先は、自分の場合、「どうプレゼンするか?」というアプローチではなく、「それ以外の方法でどうやって食い込んでいくか?」というアプローチの方に流れていくので、問題意識は少し違ってしまっているのだが、それでも、この一連の北島氏の問題意識が、法務にかかわるすべての者に共有されるものであることに疑いはない。

最近は、初めから知識、スキルに自信を持って、法務部門に飛び込んでくる人材も決して少なくない時代ではあるのだが、「自分のテクニックを見せつける」ことよりも、「ビジネスジャッジに直結する“判断”をいかに腹を括ってやるか」ということの方が、実務では遥かに大事なわけで*6、北島氏が「企業法務に必要な人材とは?」の項で述べられている、

「取引先との交渉に臨む営業マンに対しては、『こう言いましょう。もし、相手が切り返してきたら、次はこうやりましょう』と具体的なアクションを提示することが期待されているのです。」(37頁)

といった数々のエッセンスと合わせて、これから法務業界に飛び込んでこられようとしている方には、少なくとも本稿の33〜38頁くらいまでは、必ず目を通していただくことをお勧めしたい*7

「企業法務の将来」に向けられたポジティブなエール

さて、北島氏の論稿は、「弁護士の育成について」、「企業法務の将来」と続いていく。

今、この業界にいる方であれば誰しもが関心を持っているトピックであり、論じられている内容も、この業界界隈で言われていることからそんなに大きく外れた内容ではない*8

なので、こっちの業界が長い自分から見たら、そんなに違和感なく読めるところなのだが、逆に、全く異なるマインドセットを持った、“法科大学院司法研修所純粋培養組”の方々からはたして共感を得られるだろうか?、というのが少々気がかりなところである*9

ただ、

「企業法務の将来は、弁護士にとっても、我々企業法務担当者にとっても、相変わらずエキサイティングでチャレンジングなものであると確信しています」(40頁)

というフレーズは、昔の自分なら迷わず飛びついただろうし、今でも心のどこかでそう思っている*10ことでもあるから、あえてこれを“締め”のフレーズとした北島氏のポジティブさと、この論稿に込められた数々のエールに背中を押されつつ、自分ももう少し前向きに考えてみようかな・・・と思うところ。


いずれにせよ、企業法務にかかわる者にとっては「必読」のこの論稿。
長年、法務部門で培われたご自身の経験と思考を余すところなく言語化した北島氏に最大限の敬意を払うべきはもちろんのことながら、法律雑誌としては異例な、13ページにわたる“一人語り”という取扱いであえて新年号で取り上げた編集部の叡智にも、今回は素直に敬意を表したい*11

*1:BLJ992号28頁(2013年)。

*2:というか、これからどうなるかはともかく、これまでを振り返って3頁分くらい書けるか?と言われたら絶対無理(笑)。一般化できない“武勇伝”を書いても恥を晒すだけだし・・・。

*3:特に「時間的な制約やプレッシャーが、理解を押し進めた」のくだりなど(31頁)。

*4:「それは法律論じゃない『人生相談』だよね・・・という相談を受けると、どうしても「それは営業で考えてよ」と言いたくなるのだけれど、それをぐっと抑えたところから、信頼関係の構築が始まる。

*5:事前に法務サイドで情報を入手できていなかった要因によってリーガルリスクが顕在化してしまった、という“担当者としては(責任も負わされない代わりに)悔しい”経験を何度も積み重ねることによって、会社内での危機予知能力も「早めに口出しする」能力も向上していくのである・・・。

*6:なぜなら、そうしない限り、本当の意味で、事業部門から信頼を得ることはできないから。

*7:ついでに言えば、上司には38頁の右段の真ん中より下半分くらいのところは読ませたい・・・(笑)。

*8:「企業内でのインターンシップ受け入れ」のくだりなどは、若干一歩踏み出した感はあるが、あくまで「ニーズがある」ということを前提として「ミスマッチ解消」の観点からの提案だから、従来言われていることの延長線上にあるもの、と言ってよいのではないかと思う。

*9:自分は、もうその辺は結構あきらめていて、長い年月をかけて染みついてしまっている「弁護士(司法試験合格者)かくあるべき」という固定観念を決定的に破壊しない限りは、永遠に“就職難”問題、“法曹不足”問題のいずれも解消しないだろう、と匙を投げたい気分なのだけれど。

*10:だからこそ、それをもっと具現化するために、次のタイミングでやることを今考えている・・・。

*11:毎年、NBLの1月1日号の企画のクオリティは非常に高く、それゆえに年末になると、迷いながらも最終的には苦しい懐から年間購読料を支払う、という決断をせざるを得ない。今号もそんなしがない読者の心理を見透かしたように、「座談会」の企画も含め、なかなか粒ぞろいの誌面になっている。

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