これぞ格好の研修素材〜“フリー素材”の怖さ

著作権に関する社内研修等で、必ずと言ってよいほど例に出てくるのが、

「ネット上からの写真素材の収集」

である。

「『フリー』と書いてあっても、そんなの信用できないから、会社の業務で使うのはNG」。
「個人で使うのは勝手だけど、『注意書き』をよく確認して“ひっそりと”使ってくださいね・・・」みたいな話をした(された)経験のある方は多いのではないだろうか。

・・・で、「違法なのは分かりましたけど、それで問題になることって、本当にあるんですか?」みたいな、空気を読まない質問(笑)が出て、対応に困った経験のある方も、もしかしたら、いらっしゃるかもしれない。

だが、そんなところに、実に分かりやすい裁判例が世に出された。
知財担当者にとっては“朗報”ともいえるこの判決を、以下では簡単に紹介しておくことにしたい。

東京地判平成24年12月21日(H23(ワ)第32584号)*1

原告:A、ハワイアン・アート・ネットワーク有限責任会社(以下「原告会社」)
被告:PことB

原告Aは、ハワイ州に在住する職業写真家(アメリカ国民)、原告会社は写真のライセンス事業を手掛けるハワイ州法人。
これに対し、被告はPの名称で旅行業を営んでおり、「旅の料理人」と題するブログを運営している者である。

原告側は、原告Aが著作権を有し、原告会社が独占的利用許諾権を有している写真(本件写真(1)、(2))を、被告が自らの運営するブログに無許諾で掲載し、著作権(複製権、公衆送信権)を侵害している、として、不法行為に基づく損害賠償計75万円弱(原告Aに対し、30万1731円、原告会社に対し44万6332円)+遅延損害金の支払いを求めており、代理人に、著作権の分野で名高い山本隆司弁護士以下、インフォテック法律事務所の4名の弁護士のお名前が並んでいることからも分かるように“本気度”は高い。

これに対し、被告は訴訟代理人なしの本人訴訟・・・。

となれば、始まる前から大方決着は見えているようなものだが、裁判所はそれでも丁寧に結論を導いている。

まず、本判決は、原告らが米国国民、米国法人であり、著作物自体が米国で発行されたものであることに由来する渉外関係の処理についての、以下のような判示から始まる。

「本件では,本件写真の著作物性,著作者及び著作権者について争いがあるが,文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」という。)5条(2)によれば,著作物の保護の範囲は,専ら,保護が要求される同盟国の法令の定めるところによるから,我が国における著作権の帰属や有無等については,我が国の著作権法を準拠法として判断すべきである。我が国とアメリカ合衆国は,ベルヌ条約の同盟国であるところ,本件写真は,アメリカ合衆国において最初に発行されたものと認められ(前提事実(2)),後記2のとおり,その著作物性と同国の国民である原告Aが著作者であることが認められるから,同国を本国とし,同国の法令の定めるところにより保護されるとともに(ベルヌ条約2条(1),3条(1),5条(3)(4)),我が国においても著作権法による保護を受ける著作権法6条3号,ベルヌ条約5条(1))。」
「(2) また,本件では,原告Aは,原告会社に対し,本件独占的利用許諾権を付与した(前提事実(3))のであるから,このような利用許諾契約の成立及び効力については,当事者が契約当時に選択した地の法を準拠法とし(法の適用に関する通則法7条),他方,選択がないときは,契約当時において契約に最も密接な関係がある地の法が準拠法である(法の適用に関する通則法8条1項)。そして,本件独占的利用許諾権の付与が譲渡と同じ法的性質であると解したとしても,譲渡の原因関係である債権行為については同様に解するのが相当である。そこで検討するに,本件独占的利用許諾権の付与は,原告Aがハワイ州公証人の面前において自ら署名した宣誓供述書をもって行ったものであり(前提事実(3)),その相手方である原告会社が同州に所在する会社であることも併せると,アメリカ合衆国ないしハワイ州の法を選択したものと解するのが相当である。そして,アメリカ合衆国著作権法101条は,「『著作権の移転』とは,著作権または著作権に含まれるいずれかの排他的権利の譲渡,モゲージ設定,独占的使用許諾その他の移転,譲与または担保契約をいい,その効力が時間的または地域的に制限されるか否かを問わないが,非独占的使用許諾は含まない。」と規定するから,本件独占的利用許諾権の付与は同条にいう「著作権の移転」に含まれる。また,同法204条(a)は,「著作権の移転は,法の作用によるものを除き,譲渡証書または移転の記録もしくは覚書が書面にて作成され,かつ,移転される権利の保有者またはその適法に授権された代理人が署名しなければ効力を有しない。」と規定するが,原告Aは,自ら署名した宣誓供述書をもって,本件独占的利用許諾権を付与したのであるから(前提事実(3)),本件独占的利用許諾権の付与は効力を有すると解される。加えて,原告Aは,本件独占的利用許諾権の付与以前に,原告会社との間で非独占的代理店契約を締結しており(前提事実(3)),前同様にアメリカ合衆国ないしハワイ州の法を選択したものと解されるが,これらの法に照らし,非独占的代理店契約の成立及び効力を否定する根拠は見当たらないから,本件独占的利用許諾権によって変更された非独占的利用許諾権以外の条項については,なお効力を有するものと解される。」
「(3) そして,著作権侵害を理由とする損害賠償請求の法律関係の性質は,不法行為であるから,その準拠法は法の適用に関する通則法17条によるべきであり,「加害行為の結果が発生した地」は,我が国における著作権侵害による損害が問題とされているのであるから,我が国と解するのが相当である。 そうすると,当該請求については,我が国の法律が準拠法である。」
(9〜11頁)

特段争点にはなっていないように思われるにもかかわらず、「本件著作物への侵害行為に対する法的判断を、我が国の著作権法に基づいて行うことができる」ということについて、条約や通則法を条文を丁寧に引用して理屈を付けて説明している、という点で、かつての裁判例を見慣れている身としては、物珍しさすら感じる(笑)判示であるが、内容的には妥当だと思う*2

そして、前提がクリアになったところで、

本件写真は,いずれも,夕暮れ時の太陽光によって照らし出される海岸の光景を,構図,カメラのアングル,シャッタースピード等を工夫して撮影したものと認められ,撮影者の個性が現れており,撮影者の思想又は感情を創作的に表現したものであると認められるから,著作物であるというべきである。」(12頁)

と著作物性をあっさり肯定し*3、「原告Aが本件写真の著作権者である」ということを明確にした。

そうなると、次は、2つ目の争点である「被告の過失の有無」の判断へと移る。

ここは、被告としてもこだわりがあったのだろう。本人尋問において、以下のように供述し、「被告に過失はない」旨を主張していた。

まず,インターネットの検索サイトであるYahoo!から「ハワイ」を入力して画像を検索し,その検索結果(乙25)から本件写真を選択した。本件写真(1)を選択すると,新しい画面(乙28)が表示されたので,その画面下部に記載された壁紙LinkのURLをクリックした。そうすると,壁紙Linkのサイトの画面(乙29)が表示され,その下部のURLをクリックすると,別の画面(乙30)が表示された。そして,その画面に表示された本件写真(1)をクリックすると,更に別の画面(乙31)が表示され,そこには「デザイナーズ壁紙は海外のショップでフリーの素材として販売していたものを収集したもの,及び,海外のネット上で流通しているものを収集したものです。無料ダウンロードした写真壁紙は個人のデスクトップピクチャーとしてお楽しみください。また,掲載の作品をホームページ素材として,お使いいただく場合にはリンクをお願い致します。」と記載されていたので,フリー素材,無料であると誤信した。(12頁)

ちなみに、「壁紙Link」のサイトは、http://www.wallpaperlink.com/ にあり、そこから「利用規約」を見ることができるのだが(http://k-kabegami.com/kiyaku.html)、それを読むと、あたかも“リンクさえ張ってくれればOK”と読めるような説明が付されていることがわかる。

著作権」の怖さをつくづく思い知らされている実務家の目で見れば、こんな表示を信じて軽率に自分のサイトで写真を使う、というのは、ちょっと考えられないことではあるのだが、本件被告のような“一般人”の“誤信”に対して裁判所がどのような判断を示すのか、というのは、ひとつの注目ポイントであった。

これに対し、裁判所は以下のような判断を示している。

「上記(1)の「海外のショップでフリーの素材として販売していたもの」あるいは「海外のネット上で流通しているもの」との記載は,一定程度の注意をもって読めば,壁紙Linkが本件写真の利用許諾を受けていないことについて理解ができるものである。」
「そうすると,被告は,本件写真の利用について,その利用権原の有無についての確認を怠ったものであって,本件写真をダウンロードして複製したこと及びアップロードしてブログに掲載し公衆送信したこと(複製権及び公衆送信権の侵害)について,過失があると認められる。 」(13頁)

実は裁判所は、この前段で、本件訴訟提起前の原告代理人と被告とのやり取り書面の内容(「本件写真が壁紙Linkの記載からフリー素材であると誤信した」旨の記載がない)等から、上記のような被告本人供述の信用性自体を疑っており、「Yahoo!の画像検索結果から本件写真をダウンロードした可能性が高い」*4と述べているから、元々被告は不利な状況にあったといえるのだが、「仮に被告が言うとおりの手順でダウンロードしたとしても」上記のような結論になる、というのであるから、実に厳しい。

確かに「無償で販売する」ということと、「無償で利用を許諾する」ということは、理屈の上では全く別の概念なのだが(前者においては、購入後に利用することまで“無償”とすることが約束されているわけではない)、その概念の違いが果たしてどこまで一般の人に理解できるだろうか・・・と考えると、被告がちょっと気の毒にもなる。

ただ、「今後、同種事例を身近なところで引き起こさない」という観点からすれば、このような裁判所の厳格さはむしろ好都合(苦笑)とも言えるわけで、かつての「社保庁LAN事件」に続く“美味しい研修用裁判例”として、本件は今後、活用されていくことになるのでは?、と思うところである。

蛇足〜認容された賠償額について

さて、結果的に、本判決では、原告が設定しているライセンス料(2年間を基本とする)を、被告が無断使用していた期間(写真1について約5か月、写真2について約9か月)で按分して、原告Aについて使用料相当損害額8万8704円(1万円については既に弁済済みとして、そこから控除)、原告会社について手数料相当損害額2万2176円(+弁護士費用5万円)という損害額をはじき出し、被告に対して支払いを命じた。

だが、この金額を冷静に見ると、原告らの当初の請求額に遠く及ばないばかりか、原告代理人が被告との任意交渉時に提示していた賠償額(写真1枚当たり10万円×2=20万円)にも及ばない。

「10万円を支払う経営体力が不足している」として「1万円」だけ支払って裁判まで起こさせ、本人訴訟で乗り切った被告にとっては、いわば“戦略勝ち”。
逆に、原告側にとってみれば、全く割に合わない訴訟だった、と言わざるを得ないだろう*5

日本の裁判所の損害額に関する慎重な考え方が、自分は決して嫌いではないし、“元が取れない”という理由だけで闇雲に相場を引き上げるような愚は犯すべきではないと思っているが、こと本件に関して言えば、「使用月数按分」ではなく、「基本使用期間(2年)」ベースで損害額をはじくくらいの配慮があっても良かったのではないかな、と思うところである。

“研修効果”という観点からも・・・*6

*1:第29部・大須賀滋裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130110151100.pdf

*2:なお、原告会社の「独占的利用許諾権」に係るくだりは少々分かりにくいのだが、契約の効力に係る準拠法所定の要件を満たしている、という前提を明らかにすることで、本件訴訟の請求主体としての適格がある、という前提を明確にしておきたかったものと思われる(もし、被告側に代理人が付いていれば、ここは争いどころになったかもしれないが、本件では事実上“不戦勝”となった)。

*3:この点についても、被告の主張は単純否認で、事実上の“不戦勝”。もっとも、原告が職業写真家であることを考えると、仮に争っても著作物性が肯定された可能性は高かっただろう。

*4:Yahoo!の画像検索で出てくる写真が、「著作権フリー」のものばかりではない(むしろ第三者が権利を持っている写真の方が多い)、ということは、一般人でも当然知っているべきことだから、この場合は「誤信した」という被告の抗弁が認められる余地は皆無だと言えるだろう。

*5:訴訟代理人に支払う費用等も考えると、相当な持ち出しになっていると思われる。

*6:もちろん、賠償額の多寡にかかわらず、予期しない法的トラブルに巻き込まれることそれ自体が、会社、個人を問わず“ダメージ”になるから、事例として用いる際には、その辺を強調していくことになるのだろうが。

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