“アンカツ”が作った時代。

毎年、この時期になると、調教師試験に合格して転身する人をはじめ、騎手からの「引退」の報を聞くことが多い(特に2月最終週は毎期、「卒業」週間と位置付けられる)のだが、ちょっと早いタイミングで、大ベテラン・安藤勝己騎手の引退のニュースが流れた。

古くは笠松を本拠地に、地方競馬界で五指に入る名手として名を轟かせ、目の肥えたファンに、

「カラスが鳴かない日はあっても、アンカツが勝たない日はない」

とまで言わしめた東海地区のエース。

中央デビュー前のオグリキャップオグリローマン兄妹の手綱を取ったのもアンカツなら、後に「交流元年」と言われた1995年のクラシックにライデンリーダーで乗り込んで、ステップレースの4牝特でぶっちぎりの圧勝を飾らせたのもアンカツ*1

癖のある“濃い”ベテラン騎手たちが次々とターフを去り、武豊騎手に代表される上品な騎乗が主流になりつつあった当時の中央競馬界のレースを見慣れた我々にしてみれば、ゴール前で少々荒っぽいようにも見える追い方で、狭いところを突いて伸びてくる安藤勝己騎手の騎乗のインパクトは結構なものだった*2

個人的には、安藤勝己騎手が一番“らしかった”のは、「中央」と「地方」が究極的には決して交わることがなかった「90年代」ではなかったか、と思っている。

今と違って、それぞれの地区の競馬だけでも自己完結できた幸せな時代。
でも、それは「腕では中央の連中に負けない」という思いを密かに胸に抱く野心的なジョッキー達にとっては、窮屈な時代でもあったはず。

そして、そんな鬱屈した思いを、数少ない地方馬の出走機会にぶつけ、時には大きな舞台で空回りして辛酸を舐める・・・そんな経験を繰り返していたのが当時の“アンカツ”だったような気がする。

ライデンリーダーの悲劇」以降、中央競馬しか見ないファンの中でも、彼の注目度は高まり、やがて中央・地方双方の事情で“市場開放”が進むと、彼の姿を中央のターフで見る機会も増えていった(当然ながら勝ち星もそれに伴って増え、並のジョッキーよりは遥かに良い勝利数を残すような状況でもあった)。

だが、21世紀に入った時点で既に40歳を超え、地方競馬界での名声も確固たるものになっていた安藤勝己騎手に、“さらにその先の人生”があると思っていたファンが、当時どれだけいただろうか・・・?

「中央移籍」プランが公になった2002年前後の時期に、「これはすごい」と思いつつ、「なぜ今?」という意外感を抱いたのは、自分だけではなかったはずだ。


その後の“アンカツ”の中央での活躍ぶりについては、メディアで報じられているとおり。

乗りたいレースに、乗りたい馬で出られる立場になった稀代の名騎手にとって、「中央の壁」なんてものは微塵もなかったはずだし、彼自身、移籍後の僅かな時間で、一部から出ていた懐疑的な声をかき消すような目覚ましい実績を残した。

安藤勝己騎手の移籍に関しては「ルールを変えた」*3という点が強調されることが多いが、それ以上に大きかったのは、“大方の関係者の予想以上の活躍を見せた”ことだと自分は思っている。

彼が付けた火は、斜陽に向かいつつあった地方で燻りかけていた“適齢期”の名手たちのハートにも燃え広がり、小牧太騎手、岩田康誠騎手、柴山雄一騎手、内田博幸騎手・・・といった地方競馬の名手達の“移籍ラッシュ”を招くことになった。その意味で、彼がJRAに移籍した2003年から今日までの10年間は、まさに「アンカツが作った時代」と言っても決して過言ではないだろう。

そして、岩田騎手や内田騎手が移籍後、常にリーディング上位に食い込んでいることからも分かるように、“競馬学校の序列”を中心に緩やかに回っていた中央競馬界の騎手間の力学も、これで大きく変わってしまったのは間違いない。

年齢的なこともあり、もしかしたら、アンカツ自身の騎手としての才能は、JRAに移籍した時点ですでにピークアウトしていたのかもしれないけれど*4、その代わりに、ピークの全盛に差し掛かる後輩の地方騎手のために道を作った・・・そう考えると、残した勝ち星や重賞実績以上に、中央競馬の世界に彼は大きな足跡を残した、といえるわけで。

既に引退が決まった今となっては、記録もさることながら、安藤勝己騎手の移籍前後の「記憶」も、ファンとしてはきちんと語り継いでいかないといけないなぁ・・・としみじみ思っているところである。

*1:個人的には、レジェンドハンターの1999年デイリー杯3歳Sもかなり強烈だったのだけど、忘れられているようで寂しい・・・。

*2:地方競馬の騎手特有の騎乗スタイルと、彼の騎乗馬に対する情報不足ゆえ、巧い/下手の議論から好き/嫌いの議論まで、ファンの意見が大きく分かれていた騎手だったようにも思う。

*3:一定の要件を満たせば騎手試験の1次試験を免除する、というルール改定が行われた。

*4:今になって思えば、移籍後の彼の騎乗ぶりに巧さや円熟した老獪さを感じることはあっても、ライデンリーダーレジェンドハンターに騎乗していた時に感じたような“強さ”を感じる機会は少なかったような気がする。元々そういうのが持ち味だった、と言われてしまえばそれまでだし、騎乗機会が減ったここ数年のビッグレースの中でも「おっ」と唸らせるような巧妙なレースぶりは十分すぎるほど披露してくれていたのだけれど。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html