「新しい商標」導入前夜に思うこと。

これまで継続してフォローしてきた「新しい商標」が、とうとう本格的に導入される兆しになってきた*1

機を見るに敏な日経新聞でも、早速2日連続の特集コラム(「広がる商標」)を組んで、この問題を取り上げている。

その中では、まず前半*2で、

日産自動車の電気自動車(EV)「リーフ」」(起動のスイッチを入れる際に流れる独特のメロディー)
「米宝飾大手ティファニー」(ティファニーブルーの水色)
「米物流大手UPS」(コーポレートカラーのチョコレートブラウン)
「米アップル」(「マック」の起動音)
ソニーニコン久光製薬

といった、海外で「新しい商標」を登録している事例を取り上げ、

「顧客をひき付ける力は文字や記号より強い」

といった青木博通弁理士のコメントや、

「商標は更新すれば半永久的に権利を継続できる。一度取得すれば強い独占排他権を持てるため、ブランド戦略の大きな武器となる。」

といったフレーズで、「新しい商標」の効用を持ち上げた上で、後半*3で、

「(音や色などの)新商標が導入されると当社の包装は使えなくなるのか」
「何が登録されるのか分からず心配だ」

「広告は短期間で作ることが多く、他社の登録商標に抵触していないかを調査し、様々な色や効果音などを使ってよいかどうか判断する余裕はない」(遠藤明・花王ブランド法務部長)

と懸念する企業の声を紹介し、

「新商標は自社が獲得したら非常に強い権利。だが、他社に取られれば企業活動が著しく制限される可能性もある、もろ刃の剣だ。」

と締めくくる・・・という半ば“マッチポンプ”的な(笑)(そして、良くありがちな)展開になっているのだが、実務サイドの方々であれば、どちらかといえば、前半よりも後半の記事の方に共感した方も多かったことだろう。

自分は、昨年、商標制度小委員会の報告書(案)がオープンになった段階で、「新しい商標」の登録が認められるためのハードルはかなり高そうだなぁ・・・と思って、当ブログでも呟いたところだし*4、今回の日経のコラムの中でも、

「既存の商標の場合、登録承認される率は7割。新商標はこれよりもかなり低くなりそうだ。」(特許庁・青木博文商標制度企画室長)

という当局関係者のコメントが載っていたりするから、現実的なリスクは、一般的に想定されるよりは低くなるだろう、と思う*5

だが、一部の商標担当者を除いては世の中でさほど注目されることなく進行し、いつの間にかパブコメまで終わっている*6、というのが、この制度改革案の実態だけに、いざ法案が可決され、実施されるとなった時に、会社の中の多くの人々(特に日頃は知財管理とは無関係の仕事をしている人々)が、どういうリアクションをするかを想像すると、正直胃が痛くなる・・・*7


以前にも指摘したように、この改正を推進しようとした特許庁は、「国際的なハーモナイゼーション」を強く意識していたようであるし、パブコメにかけられた小委員会の報告書(案)の中でも、そのことが浮き彫りになっている(3-4頁)。

欧米はもちろんのこと、韓国や台湾、さらには中国までもが・・・ということになって、焦る当局の気持ちは理解できなくもない。

だが、現在の商標制度の根底に流れている法文化の違いを捨象してまで、強引に進めるべき話だったのか、という、これまた以前指摘した疑問が、未だに自分の中では解消されていないのも事実。

商標の定義一つとっても、「識別性があるかどうか」という包括的な表現で規定している諸外国*8と比べると、極めてrigidな定義規定で構成され、使用態様に至るまでカチッとした条文で定義しないと済まない*9・・・というのが、我が国の国民性に由来する文化だとするならば、今後「新しい商標」を導入したとしても、その位置づけをめぐって、不可解な立法がなされる可能性は強いし、形だけ制度は出来上がっても、欧米のそれとは似て非なる、良く分からない制度になってしまう可能性は強い、といえるだろう。

この点につき、前記小委員会の報告書には、

「当小委員会における議論では、以下のような理由から、「商標」の定義は、具体的に例示を挙げた上で包括規定とすることが適当であり、また、自他商品役務の識別性を「商標」の定義に追加すべきであるという意見が多数を占めた。」

という状況だったにもかかわらず、

「「商標」の本質的な定義を変更することは、商標法の体系に大きな影響を与えるのでないかという意見」

が出され、結局、

「新商標について早急に適切な保護を図るという観点から、今般改正を予定している「商標」の定義には、現に具体的な保護の実需があるものであり、かつ、現段階で適切な制度運用が可能な標章を個別に規定することが適当である。」

という結論に落ち着いた経緯が記されている*10

当然今回の新商標導入に対応してなされるべきだった改正が、「従来的な感覚」に阻まれて直近ではなしえなかった、という“感覚のブレ”はちょっと気になるところなわけで*11、さらに言えば、この部分の“アンチ・ハーモナイゼーション”の帰結ゆえに、世の中の「新しい商標」に対するイメージと、実務レベルで示される登録要否・登録可否の判断基準がずれることも懸念されるところ。

なんだかんだ言って、最終的には、商標法の規定も、運用の実際も、妥当なところに落ち着くのではないか、とは思っているのだが、それまでの間に生じるかもしれない“混乱”をどう収めるか・・・ 自分には妙案が見当たらないのが何とも残念である。

*1:過去のエントリーは、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20121126/1354466589及びそのリンクを参照のこと。

*2:日本経済新聞2013年2月8日付け朝刊・第13面。

*3:日本経済新聞2013年2月9日付け朝刊・第13面。

*4:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20121126/1354466589参照。

*5:なお、今回の記事では、色などの商標登録が認められた場合、「立証のハードルは、不正競争防止法に比べると低くなりそうだ」と書かれているが、現実には、これまで不競法で敗れてきたレベルの識別標識について商標登録が認められる可能性は低いし、仮に認められたとしても、従来「商品等表示」に該当するか否か、として争われてきた争点が、商標法3条1項各号、2項該当性という文脈で争われるようになるだけであって、(立証責任の転換、というテクニカルな話はあるにしても)「権利を主張する側にとってハードルが下がる」とまでは言えないように思う。

*6:http://www.jpo.go.jp/iken/shouhyou_arikata.htm参照。年末年始のあわただしい時期にかぶっていた、とはいえ、自分も完全に見落としていた・・・。

*7:一応、今は直接自分が担当していない領域とはいえ、いつ自分のところにお鉢が回ってこないとも限らないし・・・。

*8:「新しい商標」への保護範囲の拡大が容易に行われたのも、元々様々な商標を許容しうる定義になっていた、という点が大きいのではないかと思われる(もちろん、「新しい商標」保護のために定義規定を変えた国・地域もあるだろうが)。

*9:それゆえ、小売商標導入時も、現3条2項のような不思議な規定が盛り込まれることになってしまった。

*10:昨年11月時点で公表された報告書には上記のくだりは明確に書かれていなかったが、公表されている議事要旨によると、「議論の経緯を残すべし」という意見が委員から出たようであり、それにより上記のような記載に落ち着いたものと思われる。

*11:それでも、「商標的使用」概念の明文化がなされることで、少しは良い方に変わってくるのかもしれないが・・・。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html