「検定」はトラブルの元?〜「数検」商標をめぐる争いの果てに。

「○○検定」と聞くと、中高生の頃に、何かと言えば受けろ受けろ、と勧められて閉口した、という方も多いと思うのだが、それでも、語学検定のようなポピュラーのものから、純粋な趣味に近いものまで、何となく手軽に受けて取れる“資格”として、日本人の検定志向はいまだに強いようである。

そんな中、「実用数学技能検定」という教育の世界では比較的ポピュラー(?)な検定の商標をめぐる紛争の結末が、知財判例として最高裁HPにアップされた。

知財業界で「検定」といえば、著作権だの商標だので泥まみれになっている「漢検」という先達が有名なのだが*1、それに続く・・・というべき「数検」商標をめぐる争い。

商標法4条1項7号(公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標)該当性をめぐる裁判所の考え方をうかがい知る、という点でも意義のあるこの判決を、簡単に紹介しておくことにしたい。

知財高判平成25年2月6日(H24(行ケ)第10273号)*2

原告:X(被告の元理事長)
被告:財団法人日本数学検定協会

本件は、「数検/数学検定」という登録商標(第4995445号、指定役務は第41類「数学に関する資格認定試験の実施、算数・数学検定に関する電子書籍の提供)の無効審決取消訴訟であるが、本件訴訟に至るまでの経緯としては、

平成16年1月16日  登録出願
平成18年10月13日 設定登録
平成23年10月11日 被告による無効審判請求(無効2011-890088号事件)
平成24年6月21日  無効審決

といったところ。

背景事情はかなり複雑なのだが、端的にまとめると、

(1)原告が被告の理事長だった時代に、なぜか原告名義で商標を出願。
(2)被告は、なぜか原告個人との間で商標使用許諾契約を締結し、平成11年から平成22年分まで、「パテント料」として2億5553万3000円を支払う。
(3)原告は平成22年1月21日、被告の理事を退任。
(4)その後、原告・被告間で商標の譲渡等を図って交渉を行ったが折り合わず。被告の調停申し立ても不調。
(5)原告が平成23年7月頃、被告の数学検定事業を妨害するような「お知らせ」を配布し、混乱を招く。
(6)平成23年10月、原告の「日本数学検定協会」なる表示の使用禁止を求めて被告が仮処分申し立て、続いて原告が商標の使用禁止を求める訴訟提起、被告が「パテント料」の不当利得返還等を求める反訴を提起・・・。

といったところで完全な泥仕合の様相であることがわかる。

そもそも、何で商標を「理事長」であった原告の個人名義で出願したのか、とか、その後なぜ高額の商標使用料を被告が原告に払い続けたのか、とか、判決文を一読しただけでは良く分からないし、「高額な商標使用料に問題あり」として主管官庁の指導で退任した*3はずの原告に、なぜ退任後もここまで被告が振り回され続けているのか、など、ため息をつきたくなるところも多いのだが、こういう事情を背景として、

「本件商標は,平成23年9月27日には,商標法4条1項7号に該当するものとなった。」

とし、登録後の後発的事由により登録を無効としたのが、特許庁の審決であった。

4条1項7号といえば、グダグダな筋悪事案で、“最後の切り札”として用いられることが多い無効事由であり、特にここ数年、歴史上の人名やら何やらで、特許庁で使われる機会も増加している事由だっただけに、“これにて落着”という展開のようにも思えたのだが・・・。


裁判所は、以下のような理由で、本件商標の4条1項7号該当性を否定し特許庁の審決を取り消している。

「本件商標は,当初,原告によって使用されており,被告の設立後,被告によって使用されるようになったが,被告は,上記誓約書を作成した平成23年4月ころまでは原告が本件商標権を有することを前提としており,その後,被告が本件商標権を取得したとか,被告に対し本件商標に関する専用使用権が設定されたとの事実は認められない。上記の事情からすると,被告の設立後,本件商標の周知著名性が高まった事実があるとしても,本件商標が被告によって使用されるべき性格の商標になったということはできない。」(18頁)

「上記のような当事者間の民事上の紛争や受検生等の混乱は,もっぱら当事者間の反目や当事者による本件商標の使用態様その他の行動に起因して発生したものというべきであり,本件商標登録によって生じたとは認められない。そうすると,仮に,被告の実用数学技能検定事業が何らかの公的性格を有するとしても,民事上の紛争等が発生していることを根拠として,本件商標が被告によって使用されるべき性格の商標になったとか,社会通念に照らして著しく妥当性を欠き,公益を害するようになったということはできない。加えて,本件商標の構成自体も社会的妥当性を欠くとはいえない。したがって,本件商標登録が,公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあると認めることはできない。」(19頁)

被告自身が原告による本件商標の出願登録とその使用を容認してきたことや、商標そのものに起因して紛争が生じているのではなく、当事者間の根深い対立に基づく行動に起因して生じているといえること、を根拠とした判断のようなのであるが・・・。


思い返せば、知財高裁が4条1項7号の安易な適用に消極的なのは今に始まったことではなく、当ブログの5年近く前のエントリーにも、当時の「飯村コート」(第3部)が4条1項7号の適用を否定した事例を掲載しており*4、裁判所が『公序良俗違反』規定の濫用を快く思っていないのは間違いないと思われる。

本件のような事例で、4条1項7号該当性を認めて登録を無効にすることができない、となると、素朴な正義感に反して、被告による商標権侵害の訴えが認容される結果になることも懸念されるが、そこは使用場面等に着目した別の理屈で切れる、という考えも裁判所にはあるのかもしれない。

「検定」といえば自ずから、“公的なお墨付き”がある、と誤信する人も多いと思える中で、「本件商標そのものの公益性」をあまり高く評価せず、あくまで私人間の争いの範疇の問題に過ぎない、とした今回の判決に対しては、多少引っかかるところもあるのだが、あちこちの「検定」でトラブルが生じる最大の原因が、「公」的な衣をまとって多くの受検者を集めながらも、運営の内実は、小規模な民間団体が担当者で切り盛りしながらやっている、という、いびつな構図にあることに鑑みれば、裁判所の判断も、結論としては、“的を射た”もの、といえるのかもしれないなぁ・・・と思った次第。

いずれにせよ、一時は30万人を超える受検者を集めたマンモス検定試験の一大事、だけに、今は、不毛なトラブルが早急に収拾されることを願うばかりである。

*1:明らかに筋の悪い紛争が続いているので、最近は関連する事件の判決を見かけても、読む気にすらなれないのだが・・・。

*2:第3部・芝田俊文裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130208110626.pdf。なお、同日付で同じ当事者間で争われたH24(行ケ)第10274号の判決も出されている(商標は「日本数学検定協会」。判決内容はほぼ同じである)。

*3:http://www.47news.jp/CN/200910/CN2009102701000722.htmlの記事参照。

*4:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080715/1216263584