出版者隣接権へのカウンターパンチ?〜経団連の「電子出版権」創設提案

当ブログで、何度かにわたって取り上げてきた「出版者の権利」問題*1

これまでの動きとしては、出版社サイドが「出版物等原版作成者」を主体とする「著作隣接権」を付与すべし、という提案を前面に打ち出し(通称“中川勉強会”のペーパー参照、http://www.mojikatsuji.or.jp/benkyoukai121108.pdf)、その要否をめぐって議論が展開される、という流れできていたのだが、ここに来て、一般社団法人日本経済団体連合会経団連)が、あっと驚くようなカウンターパンチを繰り出してきた。

電子書籍の流通と利用の促進に資する『電子出版権』の新設を求める」(2013年2月19日)
http://www.keidanren.or.jp/policy/2013/016.html

確かに、「著作隣接権を付与する」というこれまでの出版社側の提案に対しては、「現行の出版権の拡大でも立法目的が達成されるのでは?」という疑問が常に提起されてきていたし、現行法下の出版権の対象媒体拡大や、複製権だけでなく公衆送信権をもカバーする「(新)出版権」の創設、といった提案も出てきていたと思うが、それはあくまでアイデアベースの話。

だが、立法の世界では相当の権威がある団体が、ある程度まとまった形での提案をしてきたことで、議論が一気に新しいステージに移る可能性すら生まれる状況になった、といえるのではなかろうか。

「電子出版権」提言の概要

経団連は、議論の出発点として、「(外国と比べて)わが国の電子書籍ビジネスは本格的な飛躍の段階にない」ということを指摘し、その背景事情として、

「わが国の著作権法上の権利関係並びにビジネス慣行に根差した問題(著作権者と出版者の間に契約を取り交わす習慣が十分に確立されていないこと)」
「インターネット上で流通する違法な電子書籍の問題」

の2点を挙げているのだが、おそらく、ここまでは、出版社側が「著作隣接権」ベースの提案に際して示している“背景事情”と、あまり差はない。

また、

インターネット上で流通する違法電子書籍の問題については、著作権者である作家個々人で対処することは事実上不可能。
  ↓
出版者がインターネット上の違法流通を排除する権限は、現行著作権法上に存在しない。
  ↓
本来であれば、著作権法を改正し、独占的ライセンシー一般に差止請求権を付与することが望ましい。
  ↓
しかし、短期的に実現することは難しい・・・
なので、先ずは電子書籍を発行する者に、違法電子書籍に対抗できる権利を与えることが効果的である。

と続く、「権利創設」という結論に至るまでのプロセスも、既存の出版社側の提案のそれ、と、そんなに大きな違いがあるとは思えない*2

だが、経団連は、ここから一転して、「著作隣接権を創設する」という提案に対して、

電子書籍ビジネス発展との相関性が希薄(権利関係の複雑化や権利処理の煩雑化につながることから流通阻害効果が予想され、電子書籍ビジネスの発展にとって負の要因となりうる)
・出版物に係る権利侵害対策としての実効性に疑問(自動的に権利を得る一方で有効に権利行使しない者が大量発生する/権利の転々流通の危惧も高い/同一の原版を用いない海賊版には有効に機能しないので実効性が低い)
・書面による契約を促進すべき(自動的に付与される著作隣接権では、著作権者と出版社間の書面による契約の促進に寄与しないどころか逆方向の効果がある)
著作権者や関係産業界からの統一した賛同の声がない
・複写利用行為等、幅広い業界に負の影響が発生する可能性がある
著作権者と何ら契約なく著作権者の意思に反した権利行使が可能となる
・権利発生要件の定義が曖昧である場合、誰が著作隣接権者か不明確となる
・インターネットのホームページや単なる印刷物にまで権利が及ぶ可能性がある
・出版社が許諾しない限り、著作権者は自らの著作物を原版の形では利用できないことになる

といった理由を挙げて、徹底的にdisることになる(笑)。

そして、その対案として、

(1)電子書籍を発行する者に対して付与される
(2)著作権者との「電子出版権設定契約」の締結により発生する
(3)著作物をデジタル的に複製して自動公衆送信する権利を専有させ、その効果として差止請求権を有することを可能とする
(4)他人への再利用許諾(サブライセンス)を可能とする

という4つの要件をメインに構成する「電子出版権」を提案するとともに、

「こうした提案(注:著作隣接権の創設)を一部関係者によって拙速に進めることは、経団連として賛成しかねる」
「これらの提案や、他にこれまで検討されてきた案も含め、幅広いステークホルダーを集めた検討を、結論を得る時期を明確化した上で、速やかに開始、推進されたい。」

と、出版社側の議員立法の動きを強くけん制した上で、文化審議会著作権分科会(法制問題小委員会)への“大政奉還”を求めたのである。

前日の日経紙への“リーク”といい*3、この日の整った提言の発表といい、周到な用意を伺わせるこの展開を前に、これまで押せ押せで議員攻勢をかけていた(と言われている)隣接権創設推進派が“真っ青”になっている状況も、十分想像できるところである。

これは穏当な対案なのか、それとも・・・

さて、これまで出版社サイドの先走った動きを快く思っていなかった向きの方々にとっては、今回の経団連の“カウンターパンチ”にやれやれ・・・と胸をなでおろした方もいらっしゃるかもしれない。

しかし、冷静に考えてみると、(当然のことながら)「出版権」というのは決して弱い権利ではない。

・・・というか、「出版権」が「著作権」そのものの一部、と理解されていることに鑑みると、「著作者の権利に影響を与えない」著作隣接権よりも、遥かに強い権利であるのは間違いないわけで、出版者にとってみれば、むしろ好都合、とみることすらできる。

もちろん、経団連が繰り返し指摘しているように、「著作隣接権」は一定の要件を満たせば「自動的に権利が付与される」タイプの権利だけに、「著作権者との契約」を要件とする「電子出版権」よりも容易に発生してしまうことにはなるのだが、「契約」だって、他の業界で使われているようなテクニックを持ち込めば*4、そんなに高いハードルとは言えない。

さらに言えば、今の「出版権」の建付け(登記・登録が権利発生要件とはなっていない)を前提にするならば、電子書籍の流通・販売者やエンドユーザーは、著作権者たる作家と出版社の間でどのような「契約」が交わされているかを知る余地はなく、「契約の内容をよく知らない作家サイドと電子書籍配信に向けた話を進めていたら、出版社から「電子出版権」で刺された・・・」なんて話が出て来る可能性も一概には否定できないのではないかと思う。

また、「原版」さえ変えてしまえば、紙媒体で出版している出版社とは別の事業者が電子書籍化して配信することも制限されていない「著作隣接権*5とは異なり、「電子出版権」がひとたび設定されてしまえば、それを設定した出版社が、「電子書籍」市場における出版のコントロール権も完全に握ることができるから、いわゆる“中抜き”モデルがそこに登場する余地はなくなる。

「既存の出版社がこれまで果たしてきた役割を尊重して、海外の電子書籍プラットフォーマーに安易に“中抜き”されないよう対抗策を考えるべき!」という発想に立つなら、上記のような提案に違和感はないだろうが、「そもそも既存の出版社にこれ以上の保護を与える必要はない」という発想で「著作隣接権創設」に反対していた人々にとってみれば、今回の経団連の提案の方が、むしろ“とんでもない”ものなのではなかろうか*6

仮に、「著作隣接権」と「電子出版権」のいずれかの案を・・・という選択を迫られるとしたら、出版社以外の当事者にとっては、極めて損得の判断が難しい、そんな気もするところである。

おわりに〜この先の議論に必要な視点

以上見てきたとおり、経団連から繰り出された「対案」が、かえってこの先の議論を複雑化させそうな状況になっているのは間違いない。

そして、一連の立法提案が、暗に「既存の出版社を中心とした出版ビジネスのモデル」を維持する、という目的を孕んでいるように見えてしまうことに対しても違和感を抱く人は多いのではないかと思われる*7

以前のエントリーでも少し触れたことがあるが、いっそのこと、正面から、「出版社の地位を保護・強化する必要があるかどうか」を議論して、そこをクリアにしてから進めた方が、権利を付与する方向に舵を切るとしても、すっきりした議論ができるのではないかなぁ・・・と思えてならない。

一連の議論を眺めながら、出発点も終着点も見えた状態で、テクニカルな「内容」の話だけをされてもねぇ・・・と思ってしまうのは、果たして自分だけなのだろうか。そんな疑問を抱きつつ、今後の行方を引き続きフォローしていくことにしたい。

*1:直近のエントリーはhttp://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20130204/1360378032

*2:「独占的ライセンシー一般に差止請求権を付与する」ことを理想形とする、というのは、特許法方面もにらんだ、いかにも産業界の団体らしい提案だという気はするが。

*3:月曜日の日経法務面には「電子出版権」提言を伝えるニュースが、経団連の正式リリースより一日早く掲載されていた。

*4:例えば、作家が無名の時代から包括的な電子出版権設定契約を締結して、その作家が執筆する作品を長期間囲い込んでしまう、とか、究極的には「約款」タイプの契約を用意して、最初の紙媒体での出版時にそれに合意しないと先に進めないやり方にしてしまうとか。もちろん、相手を「先生」と呼ぶ、業界の“空気”はそんなに簡単に切り替えられるものではないのかもしれないが、“出版不況”が続き、業界の寡占化が進んで、作家(著作権者)側の選択肢が限られてくるようなことになれば、状況が変わることも十分考えられるのではないかと思う。

*5:この点については、これまで著作隣接権付与を提案してきた出版社サイドも再三強調してきたところである。

*6:今考えれば、権利としては極めて薄いものだった「版面権」にすら強硬に反対した(と伝えられる)経団連が、ここまで“出版社寄り”の提案をしてきたことに、自分は正直、驚かされた。もしかしたら、もっと深い“読み”あってのことかもしれないけれど、それはここでは書かないでおく。

*7:筆者自身は、この国の出版文化の恩恵を受けてこれまで多くの書籍、雑誌を自分の財産にしてきた人間だけに、既存のビジネスモデルを一概に否定することに賛同しかねるところはあるのだが、「業界保護」を正面に出さずに、奥歯に物が挟まったような立法目的の講釈を聞かされ続けると、それはそれで嫌だなぁ・・・と思う。

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