“就職活動さらに繰り下げ”論の愚かさ。

毎年、この時期になると、“就職活動”の是非をめぐる議論が湧き立つものだが、そんな中、日経紙に驚くべき記事が載っていた。

「政府は企業による大学生の採用活動の解禁時期を遅らせ、大学4年生の4月にするよう経済界に検討を促す方針を固めた。現在の大学3年生の12月解禁から4か月後ろ倒しを要請する。学生が学業に専念する期間が延びるほか、海外で学ぶ留学生の就職活動の幅が広がる。2015年春卒業予定の学生の就職活動からの適用を目指す。」(日本経済新聞2013年3月15日付け朝刊・第1面)

こういった動きが出てくる背景に何があるのか、自分には知る余地もない。

もしかしたら、教室に少しでも学生をつなぎとめたい大学関係者の入れ知恵があったのかもしれないし、「採用活動の長期化」を密かに負担に思っている企業側からこっそり働きかけている可能性も否定はできない*1

だが、この点については、過去のエントリーにも書いたとおり*2、「就職活動時期を一律に繰り下げることを企業に(半ば)強制する」ことには、百害あって一利なし、だと自分は思っている。

これまでの記事との重複を避けるために、(競馬ファンにとってだけw)分かりやすい喩えで表すならば、「学生を学業に専念させるために就職活動の時期を繰り下げる」というのは、

「若駒にじっくりと育成調教する暇を与えるために、新馬戦の開始時期を3歳3月まで繰り下げる」

ようなもの*3

そうでなくても、G1級のレース出走をにらんだ、スタンダードな条件の新馬戦には出走希望馬が殺到し、抽選除外で思うように出走すら叶わない状況がある中で、“解禁”時期を一斉に後ろ倒しにしたら、限られた出走可能頭数の枠に大量の若駒たちが殺到し、満足にレースに出ることすらできないまま消えていく馬を大量に出すだけ・・・ということになってしまうのは、火を見るより明らかだ。

いくら一生懸命調教を積んだところで、それをレースで生かすことができなければ、無駄な筋肉を付けるだけ。

学生の採用選考についても、これとまったく同じことが言えるわけで、大学生がまだ“少数エリート”の地位を辛うじて保っていた20年前ならともかく*4、同世代の就職希望者のほとんどが“大卒採用枠”の中で競い合う今、就職活動期間を短縮したら、「説明会」から「グループ面接」、「1対1面接」、「役員面接」といったプロセスを平日も休日も、朝も昼も夜もないスケジュールで一気にこなす羽目に陥ることになり、それこそ大学4年の夏学期などは、学校に足を運ぶどころではなくなってしまうだろう。

しかも、そんな過密なスケジュールの中では、肝心の企業サイドの人間の話を聞き、じっくりと“この会社・業界は自分に合っているのだろうか”といったことを検討するような暇もほとんど得られそうにない。

その代わりに「学業に専念できる」から、学生にとってはいいことなのだ、という御仁も中にはいらっしゃるのかもしれないが、学問だけで身を立てられるごく僅かの人々を除けば、「いかに学業を極めたところで、それを通じて身に付けたものを世の中で生かす機会がなければ意味がない」わけで、多くの学生にとって世の中に出るためのもっとも重要なステップとなる就職活動を犠牲にしてまで学業を優先させなければならない、というのは、それこそ本末転倒の議論だと思う。


かつて、就職活動の期間が短かった頃、(OBコネクションを使った一部の社員以外は)大きな情報の非対称性を抱えたまま、内定式を迎えざるを得ない、という状況があった。
それが入社後、学生にとっても会社にとっても、極めて好ましからざる事態を招くことも多かった・・・という反省が、今の(旧世代の人間から見れば)極めて懇切丁寧な“採用活動”につながっている、というのが自分の率直な実感なわけで*5、それが学生にとっての「負担」と受け止められている、というのは、何とも不可解なことに映る*6

もちろん、採用選考を杓子定規なパターンにはめ込もうとする保守的な企業人事サイドの発想*7や、シーズンが近づくと学生の危機感をひたすら煽る“就活をマネタイズする人々”の存在が、就職を目指す学生の自由度を奪い、本来、前向きな活動であるはずの“就活”を“苦行”に貶めているのも事実だろうが、政府がやろうとしていることは、そんな状況にさらに拍車をかけることに他ならない。

自分は、「限られた期間の中で、書類や面接だけで採否を決する」という今の採用のやり方では、どんなに精緻にやろうとしても限界はあると思っているし、いずれ来る、求人の口に比して学生の人数が著しく減少するような時代になれば、「会社が有力大学にスカウト網を張り巡らせて、大学入学時から徹底的にフォローする」ようになることだって、あり得るんじゃないかと思っている(というか、人材を大切な財産と考えるのであれば、それくらいのことはすべきだろう)。

そして、今、そこまでするのは無理だとしても、せめて、マッチングの検討に必要な期間だけは、ちゃんと学生の側に確保してあげるのが企業の責任だし、それを妨げるような施策を政府が主導することは断じて許されない・・・と、思うのである。

 

*1:記事にもある通り、経済界は表向きは“反発”するだろうが(そもそも政府が口を出すのがおかしな話なので・・・)、会社にとっても、長期間“採用に向けたアンテナを立て続ける”負担は大きいのは事実で、黙ってても入社志望者が集まるような(そしてOBを通じたルートで優秀な志望者を押さえられるような)ネームバリューのある大企業の中には、かつてのような“短期集中”型の採用活動にしてくれた方がむしろありがたい、という感覚も根強いのではないかと思う。

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110113/1295165433http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20101119/1291566071など。

*3:補足すると、現在、新馬戦の開始時期は2歳の6月くらいからで、そこから3歳の春くらいまで、それぞれの馬の育成過程に応じて、ある程度の幅を持ってデビュー戦の時期を選べるようになっている。ただし、クラシックレースに出ようと思ったらそれなりのステップを踏む必要があるし、3歳の秋までに未勝利戦を勝ちあがらないと、その後の出走機会がほとんどなくなってしまうので、そこから逆算してレース選択をする必要はあるが。

*4:あの頃は、水面下で大企業の採用選考が行われ、解禁日に一斉内定、というのが、当たり前の慣行だった。

*5:その“懇切丁寧さ”ゆえに、平日・休日問わず貴重な時間を学生のために割かなければならない若手・中堅社員たちが皆悲鳴を上げているわけだが・・・。

*6:どうせ、今でも採用に直結する「面接」等が行われるのは4月に入ってからなのだから、早くから明確な志望、目標を持ち、大学でもやるべきことをやってきている、という自信のある者は、社台系の良血馬よろしく、じっくりとタイミングを待って動き始めればよい。逆にその自信がなければ、早くから動き出して、会社側の人間とコミュニケーションをとる経験を積むのも自由。デビュー前の評価は低くても、レース経験を積んで強くなる馬がいるのと同じで、説明会回りをしているうちに、社会人として認められるにふさわしい立ち振る舞いを身に付ける学生だっているだろう。そして、それも、大学で学ぶのと同じくらい(というか、それ以上に)大事な「勉強」だと、自分は思う。

*7:例えば、大学の最終学年が近づかないと採用選考の対象にしない、とか、他社と横並びの「エントリーシート」をとりあえず最初に書かせる、とか・・・。

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