「脚注」に示された立法担当者の矜持〜平成24年改正著作権法コンメンタールより

先の著作権法改正に対応した「著作権法コンメンタール」の別冊が出た、と聞いて以降、買うか買うまいか、長らく迷っていた。

普通、この手の本はそんなに面白い読み物、というわけでもないから、会社で一冊買っておいて、必要な時に引けば足る、という感覚で、あえて自分の財布を傷めて・・・という気にはなかなかならない。

ということで、この本も店頭で手に取ってみて、と思っていたのだが、あまり市中には出回っていなかったようで、実物を見たのは、連休の前半に入ってから。

だが、これを手に取って、「はしがき」を読んだ瞬間に購入を即決した。
だって、

思い返せば今回の改正は本当に苦難の連続であった。筆者らは、喜怒哀楽の全てを共にした正に戦友である。そんな戦友であり、親友である(そして時に悪友でもある)筆者らがこうして本書を刊行できたことは、何やら友情の証が形になったような思いがして、心から嬉しく思っている。各パートの末尾には一応担当執筆者名が記してあるが、これはファーストドラフトの担当者を示すものに過ぎず、基本的に全ての文章は双方が入念にクロスチェックをしており、その意味で本書は共同著作物に他ならない。」(巻頭4頁、強調筆者、以下同じ。)

とまで書かれてしまったら、これは買わんわけにはいかないだろう(笑)。

そして、実際に読んでみたら、中に書かれている解説は、立法担当者の解説としては異例、とも思えるくらい踏み込んだところまでコメントされている、期待以上のものであった。

以下、興味深い解説の数々を簡単にご紹介しておくことにしたい*1

著作権法コンメンタール別冊―平成24年改正解説

著作権法コンメンタール別冊―平成24年改正解説

権利制限規定について

昨年末の時点で、議論の状況を簡単に説明しようと思ったら、エントリーが脚注も含めてかなりのボリュームになってしまった*2・・・ということからも分かるように、改正法成立後も、様々な解釈が飛び交っていて、実際の運用がどうなるのか、というのも未だに良く分からないところがあるのが、権利制限規定に関する一連の改正である。

本書においても、ここが一つのキモになる、ということは、著者の方々もよくよくご承知のようで、冒頭の「平成24年改正法のアウトライン」という項の中で、文化審議会著作権分科会での議論を「調査研究会」時代から丁寧に追って解説しているのだが(4頁以下)、興味深いコメントは、この場面からもう登場している。

例えば、「A〜C類型が本改正の出発点である」という本文の記述に付された「脚注10」を見てみよう。

「本改正につき『フェアユースではない』と評する声を多く聞くが、仮にここでいう『フェアユース』が正に米国著作権法107条の『フェアユース』やそれに類するものをいうのであるとすれば、報告書の段階でフェアユースではないのであり、最終的な条文がフェアユースでないこともまた当然である。その意味においては、『こんなものはフェアユースでも何でもなくて』(L&T座談会2頁(岩倉発言))という感想は正しい。なお、L&T座談会8頁(中山発言)は、『この現在のフェアユースと称する4つの条文』などとするが、少なくとも文化庁が4つの条文について『フェアユース』と称した事実はない」(7頁)

改正法成立後に出された様々な法律雑誌の論稿等を丹念に分析し、それに対する立法担当者としての「評価」を加えているところが、本書の最も読み応えのあるところで、特に「脚注」にそういった興味深いエッセンスが凝縮されている、というのが本書の特徴なのだが、上のくだりなどは、まさにその象徴ともいえる記述だと言えるだろう。

「L&T57号の座談会」の“過激さ”については、自分も過去のエントリー(前掲注2))の中で言及したところだが、このコンメンタールは、その更に上を行くような過激さで、相手が著名弁護士だろうが、学会の第一人者だろうが、「筋が通らない理屈は批判する」というスタンスを貫いており、そこに、立法担当者としての矜持が感じられるところである*3

また、第2章の「改正法の逐条解説」では、第30条の2(付随対象著作物の利用)以下、それぞれの権利制限規定について、外国法との比較も交えながら、詳細な解説が付されているのだが、ここで注目されるのは、「柔軟な解釈」を志向する共著者のスタンスである。

例えば、昨年末の時点で、永山・前著作権課長の解説(コピライト掲載)と、前田哲男弁護士の見解(ジュリスト掲載)の違いが浮き彫りになっていた「著作物を創作するに当たって」要件については、

「このように『著作物を創作するに当たって』という要件を付したのは、著作権侵害行為に付随する写り込みを排除する趣旨であって上記固定カメラによる撮影のような場合を積極的に権利制限の対象から除外する趣旨ではない。したがって、当該要件を満たさないからといって、直ちに著作権侵害であると評価されるべきではなく、具体的な事案に置いては柔軟な解釈運用により妥当な解決を図ることが望まれる」(100頁)

という解説が付されているし*4、「分離することが困難である」という要件についても、

私見であるが、本要件は過度に厳格に解するのではなく、『社会通念上、分離することまで求められない』といった程度に柔軟に解釈することにより妥当な結論を導くべきではないかと思われる。」(100頁・脚注14)

と「私見」ながら、柔軟な解釈を志向する姿勢が如実に示されている。

この傾向は、第30条の3、第30条の4、第47条の9、といった、今回創設された権利制限規定の解説すべてに共通するものであり、内閣法制局での審査等、紆余曲折はあったものの、審議会報告書の趣旨を最大限尊重して今回の規定を設けたのだ、という立法担当者のメッセージが色濃く反映されているように感じたのは、筆者だけではあるまい*5

違法ダウンロード刑事罰化について

書きぶり、という点では、権利制限規定に関するそれよりも一層興味深いことになっているのが、違法ダウンロード刑事罰化に関する第119条の解説である。

そもそも、この部分の法改正の多くは、閣法の議員修正によってなされたものであり、本書の共著者であるお二方は、立法化そのもののプロセスには直接関与していない。

それゆえ、

「敢えて重ねてこうした要件を付す必要があったのか疑問もある」(177頁)

といった、第三者的視点からの指摘も出てくるし、想定される事例に対して「・・・という帰結になるように思われる」、「・・・までも処罰の対象とすることは、本改正はそもそも予定していなかったのではなかろうか」といった、立法担当者の書いたコンメンタールではなかなか見られない記述もある。

一方で、国会の審議の過程では十分に詰められなかった、様々な音楽・映像コンテンツの「有償著作物」該当性や、「提供され、又は提示されているもの」という要件の解釈等については、具体的事例等も挙げながらかなり詳細な検討が加えられており*6、「逐条解説」として極めて有益な記載となっているのも事実である。

そして、この章での解説に共通しているのは、(権利制限規定に解説とは真逆の)「立法提案者が真に取り締まろうとしたものだけを規制する」という観点からの「抑制的な解釈」の精神である。

例えば、L&Tの座談会等でも議論になっていた「動画投稿サイトの動画を視聴する際に作成されたキャッシュを、その後キャッシュフォルダから取り出して、独立して視聴等する行為」については、「本項により罰則の対象となるものではないと考えられる」という見解を示したうえで、

「本項はそもそも、あるコンテンツが有償で正規に入手できるにもかかわらず、敢えて違法にアップロードされているものをダウンロードして入手する行為を罰則に値すると評価し、これを罰則の対象とすることを趣旨とするものであって、動画投稿サイトの(ママ)視聴したに過ぎない者を取り締まることを意図したものではないはずであり、上記趣旨に則った抑制的な解釈が強く望まれる」(192頁)

と述べ、さらに返す刀で、L&T座談会での発言等も念頭に置いてか、

本来罰則化に強く反対している(た)立場の者が、執拗に消極的な見解(すなわち、罰則の適用対象を拡大しようとする方向での解釈を示す見解)を述べていることには強い違和感を覚える。立法経緯や国会における議論等に照らせば、本項が動画投稿サイトを視聴したに過ぎない者を罰則の対象とすることを意図したものでないことは明らかである。したがって、こうした者を罰則の対象とするような解釈は、本来の改正の趣旨に照らしておよそ適当ではないのであって、本来の趣旨に則った抑制的な解釈をすべき旨をむしろ主張すべきだし、そうした声を上げるべきではなかろうか。おそらくは改正自体の非難、あるいは条文の不備(不出来)の指摘を意図としてのことだと思われるが、『なんでもかんでも処罰の対象となる』的な消極的な見解を主張することが捜査機関に対する抑制、警告に繋がるとは筆者らは到底思えないのである」(193頁、脚注51)

と激しい批判を浴びせているくだりなどは、「議員修正により改正がなされた」という事実を所与の前提として受け止めつつ、それが著作権法の規律に弊害をもたらさないように、できる限り妥当な解釈を試みるべき、という共著者の強い信念が表れているもの、といえるのではなかろうか。

「最悪の場合を想定するのが、法律家の仕事だ」という信念を持ってコメントを出されている方からすれば、上記のようなスタンス(特に脚注51のような見解)に対しては、さらに物申したい、という感情も湧いて出てくるところはあるのかもしれないが、立法プロセスそのものへの評価をなすことが事実上許されない*7共著者の立場を慮るならば、“立法論ではなく解釈論で勝負したい”という思いが伝わってくる上記の一連のコメントに、自分は感じ入るものがあった。

おわりに

以上、ご紹介してきたように、本書は改正法のコンメンタールとしては極めて異色の、“議論のタネ”としても有力な一冊だといえるだろう*8

これまで本書の共著者の方々がNBLや特許ニュース等で書かれていた解説も、自分は拝見しているのだが、その中ではここまで鋭く書かれたコメントは見受けられなかったように思うだけに*9、意外感を持って眺めているところでもある。

ただ、長きにわたる議論と、立法過程での紆余曲折を経て(途中、震災の影響等で法案提出のタイミングが延びる、というアクシデントもあったようだし・・・)、平成24年改正が成し遂げられた、というプロセスを考えると、「はしがき」に垣間見える“情熱”を、解説の中でも発揮したい(?)と思った共著者の心情も、(自分も同世代だけに)よくよく理解できるところではあるわけで、ともすれば最近は「できた瞬間に忘れられる」傾向すらある改正法の理念が、風化することのないよう、本書を出発点として、更なる議論が積み重ねられることを、自分は願ってやまない。

*1:本書では、平成24年改正の対象となった全ての条文を対象に解説が付されているので、「技術的保護手段の見直し」や、「公文書管理法絡みの改正」、「図書館関係の改正」等の記述もかなり充実しているのだが、本エントリーでは、スペースの都合上、権利制限規定に係る部分と、違法ダウンロード刑事罰化に関する部分を中心にご紹介することにしたい。

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20121229/1356951730参照。

*3:なお、続く8頁の「脚注12」では、条文の不明確さや立法態度を批判する中山信弘教授のL&T座談会での発言等に対し、「今回の改正法のうち、特に30条の3や30条の4、47条の9といった規定は、平成21年改正法と比して大幅にスリム化されており、かかる評価は疑問である」と切り返し、さらに「アメリカ型のフェアユース規定は、実際の適用の場面においては、何ら判例上の積み上げがない日本では、条文をいくら読み込んでも何がセーフで何がアウトか分からないのであって、そのような意味においては『何をいっているのか分からない条文』ではないだろうか」としたうえで、「問題の本質は、複雑な規定を置くかどうかではなく、フェアユース規定のような、包括的で『考慮要素』しか書いていない規定を、日本において置くことができるのかどうか、ということであろう」と締めくくっている。最後の点については、自分も強く同意する。

*4:もっとも、ここでの永山・前田論争は、30条の2をそのまま使うか、それとも30条の2の射程外として一般法理で妥当な解決を導くか、という違いだけで、永山氏の側でも、「反対解釈で違法とすべき」ということまで言っているわけではないから、本書の見解が全く真新しいもの、というわけではない。

*5:第30条の2第1項ただし書きの解説のように、永山前著作権課長の講演録で示された解釈すら、「私見」で否定しているくだりもあり(105頁、脚注28)、大変興味深い。

*6:文化庁のHP等にもQ&Aが掲載されているが、ここでの解説は、量・質ともに、そこに掲載された内容をはるかに凌駕するものであり、この分野の問題に関心を持つ方であれば、「必読」というべきレベルの記述になっているといえるだろう。

*7:この点、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20130123/1359218926のエントリーでご紹介した研究者や在野の実務家の方々のような議論ができない難しさが、本書にはあったように思う。

*8:念のため付言すると、このことは本書の「逐条解説」としてのクオリティの高さに疑義を差し挟むものではない。これまでの経緯等も踏まえながら、細かい改正部分にまで、行き届いた解説がなされている本書は、純粋な「コンメンタール」としても水準以上の価値を有しているものだと、自分は思う。

*9:もっとも池村弁護士のジュリストの対談の中でのコメントには、今回の諸々の記述につながるような思想が垣間見えるが・・・。