これぞ企業法務の真のバイブル。

ゴールデンウィークも間もなく終わり、ということで、自分にカツを入れるべく、数か月前に手元に入手したものの、長らく目を通せていなかった『企業法務のセオリー』をに目を通してみた。

スキルアップのための 企業法務のセオリー (ビジネスセオリー 1)

スキルアップのための 企業法務のセオリー (ビジネスセオリー 1)

長年の当ブログの読者の方であれば良くご存じのとおり、ここで読んだ本の感想を書くときに、手放しで高評価を付けることはめったにないのだけど、この本に関しては、

「素晴らしい」

の一言に尽きてしまうかもしれない。

特に、第2部「企業法務遂行スキル」の中で描かれた、いわゆる“総論”部分に関しては、「法務」という仕事をする上で必要なエッセンスが、ほぼ漏れなく、無駄なく、しかも分かりやすく書かれている、という点で、類書の追随を許さない完成度になっている、といえるだろう。

例えば、「法務業務の一般的な流れ」一つとっても、単に「クライアントの相談を受けて、調べて、アウトプットを出す」という点にとどまらず、その過程における「自問自答」の重要性、特に、「クライアント本人の目標と、会社の目標が必ずしも一致しないとき」などに、「法務担当者がビジネス感覚(損得勘定)を発揮し、的確なアウトプットにつなげる」ことや、「自分の仕事を客観視する視点」が大事だ、ということを、分かりやすく説いているし(43〜44頁)、「契約書に関する相談への対応」の解説の冒頭で、

「法務担当者になって間もない人ほど、『とりあえず契約書の文章を読もう』と、契約書に対して前のめりになりがちである。しかし、何よりも先に『秘密保持契約はそもそも何を目的として締結するのか』という意識を持たなければ、『契約書を読む視点』は生まれない」(45頁)

といった、初心者にとっては至言ともいえるコメントが付されていたりもする。

また、契約書のレビュー作業について、

「パソコン上で修正案を作り、完成したのが夜遅い時間であったときなどは、ひとまずプリントアウトしておき、翌朝、疲れのとれたフレッシュな頭でそれを読み直す、というような工夫をしてみるのも意外と効率的だ」(63頁)

といった、ちょっとした息抜き的なコメント*1があったり、「ミーティング・マネジメント」として、会議設定の詳細なロジ等の“総務入門”ともいうべき解説(99頁以降)が書かれているかと思えば、力関係が不利な場面での契約対応として、

「契約書を締結せずに取引する」という選択肢をオプションとして持っておく」(167頁)

といった、ある種の“裏ワザ”もきちんとフォローが及んでいる。

そして、何よりも自分が有益だと思ったのが、「法務部で作成する機会が多いビジネス文書」について、「法務回答文書」、「議事録」、「法的主張文書」といったような類型分けを行って、いかなる場面で、いかなる表現が有効なのか*2といった点を、痒いところに手が届くような解説で、分かりやすく説明しているくだりである(72頁以下)*3


これまでにも、「企業法務」という標題を付けて読者にアピールしている本は、過去にもそれなりに世に出されていたと思うのだが、書き手の視点が「企業の中のそれ」とは異なっていたり、内容が一般的なビジネス書の記述をかき集めてきたようなものだったり、と、読んで満足できるもの、あるいは部下、後輩に勧められるもの、というのは、決して多くはなかった。

だが、長年、企業の中の法務担当者として実務に携わり、法務業界で長く受け継がれてきたエッセンスを引き継いで、人を育ててきたのであろう著者の方が、そのエッセンスを惜しみなく開陳している本書であれば、文句なしに勧められる。


ちなみに、本書の中で、著者が伝えようとしているエッセンスの多くは、自分自身日頃から意識している内容と重なるし、この仕事をある程度長くやってきた方々であれば、大方、同じような感想を抱かれることだろう。

その意味で、実質的な「真新しさ」が、本書の中に潜んでいる、というわけではないが、そういった普遍的なエッセンスを体系的に章立て、項目立てをして整理し、時にビジュアル化しながら、「セオリー」として一冊の本にまとめたところに、本書の秀逸さと、著者の卓越したセンスを自分は感じている。

一読者として、本書に接した自分がしなければならないことは、本書に凝縮された「総論」部分のエッセンスを、より分かりやすく伝えられるように、自分の中で消化し再構築しながら、オリジナリティのある「各論部分」*4について、自分なりにまとめてみることではないのかな、と思っているところである(今の会社、今のポジションにいる間に、それがかなうのかどうかは分からないけれど・・・)。

なお、最後になるが、「はじめに」の項に書かれている以下のくだりは、(少々世代は後になるが)「コンプライアンス」という言葉が世で流行りだす前に「法務」という職域に身を投じ、“部門の危機”“キャリアの危機”に何度も身を晒しつつ生き延びてきた、同じ実務家として、非常に共感し、心打たれるものがあったので、長文とはなるが引用して紹介しておくことにしたい。

筆者がまだ駆け出しの法務担当者であった20数年前は、会社の重要な法務案件については、事業部門が直接弁護士に依頼してしまうため、我々に声がかかることがありませんでした。そのような状況に、多くの法務担当者は歯ぎしりするような思いを抱いていたものです。
当時、筆者が上司に言われ、今も心に残っている言葉があります。
「法務担当者は芸者だ」
芸者はよい芸を見せなければ、次にお座敷に呼ばれることはない。法務担当者もよい仕事をとるためには、どんなに小さな案件であっても全力で仕上げなければならない−このような心意気を持つ上司や先輩から、当時の若い法務担当者は、徒弟制度的なOJTの中で法務のイロハを学んでいったのです。
(4頁、強調筆者)

著者ご自身も認めておられるように、今、多くの会社では、上記とは異なる状況が生じており、仕事を増やすよりもむしろ“減らす”ことを意識しなければいけないような状況にすらなりつつある。

だが、どんなに日々が忙しいとしても、屈辱を出発点とする、こうした“サムライ的職人スピリッツ”は、心のどこかに持っているべきではないのかなぁ・・・と、暗黒の時代を経験した者としては思うのである。

以上、GW明けに、もうひと踏ん張りすることを誓いつつ・・・。

*1:ついでに、ここでは、宛先、ccのチェックや、バージョンの確認等についての注意、といった細かいところにまでアドバイスが及んでいる。

*2:例えば、セオリー通りに「結論から書く」という方法と、例外的に「根拠から書く」場合をどう使い分けるのか、等。

*3:要約して紹介するのももったいないくらいの内容なので、ここは是非、本書を実際に読んで、記述のさじ加減の妙を感じていただきたい。

*4:ここはどうしても著者の方が担当されてきた仕事の中身にも影響されているのか、本書の中での解説は、典型的な「売買」「開発委託」「システム開発」や「瑕疵紛争」といった事例にとどまっている。

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