職務発明に関する規定を見直す前に考えるべきこと。

半信半疑で眺めている間に、特許法35条改正が徐々に現実味を帯びつつあるこの時期に、日経新聞が法務面で「発明と対価」というコラムを2週連続で掲載している。

5月20日付け朝刊(第17面)に掲載された「上」は、ホンダやセイコーエプソン、といった各企業で行われている発明対価支払のための“工夫”を取り上げ、それぞれの会社で法の趣旨を踏まえた社内ルールをどのように構築しているか、ということの紹介が中心になっているのだが、その一方で、

「企業は法律の趣旨に従い、ライセンス料の反映など煩雑な事務処理を通じて社員に対価を払っているのが現状だ。ただ、不満を持った社員が訴えるリスクはゼロにはならず、経済界は以前から発明の帰属を最初から法人側にすることでリスクを減らしてほしいと要望している。今年に入り、政府も本格的に対策を検討し始めた。」(2013年5月20日付け朝刊・第17面)

という動きを紹介したり、「金銭以外のインセンティブ向上策」を取り入れている企業や「発明者に対してのみ対価を支払うことへの不平等感」を指摘し、

「研究者のアイデアを上手に引き出すだけでなく、発明者とそれ以外の社員の不平等感をどのように解消していくかは企業共通の課題といえる。制度改正は突発的な訴訟リスクを減らす視点だけが注目されがちだが、こうした幅広い視野での議論が必要になりそうだ。」(同上)

といった問題提起を行うなど、法改正の動きも意識した構成に。

さらに、「下」では、ソニーを相手に発明対価請求を行った元研究者(久米英広氏)のコメントなども交えながら、

職務発明の対価をめぐる訴訟の背景を探ると、原告は処遇などに何らかのわだかまりを持って会社を辞めた後、訴える例が多い。現行制度は職務発明の対価が不十分な場合は裁判で争う余地がある。社内研究者が会社に物を言うよりどころとなっており、企業側は不満のはけ口に使われているとみている。」(2013年5月27日付け朝刊・第15面)

という発明対価訴訟への企業側の見方を紹介した上で、

「訴訟リスクを減らしたい経済界は、発明を最初から「法人帰属」にするだけでなく、法人帰属を採用している英国や中国よりも踏み込んで「対価請求権」をなくすことを主張している。英国や中国では、対価請求権があるために訴訟はゼロにはなっていないからだ。」
特許庁は現時点では「法改正ありきとは考えていない」(企画調査課)という。企業関係者などから現行制度の問題点を挙げてもらい、専門家が解決手法を示す枠組みを作る。ガイドラインを今年度末までにまとめたうえで、法改正の必要性を見極めるとしている。」(同上)

と、法改正の動きについてさらに踏み込んで紹介している。

日頃は産業界寄りの報道になりやすい日経紙だが、このテーマに関しては、本特集「上」の執筆者に名を連ねた渋谷高弘編集委員が、かつて青色LED訴訟の代理人だった升永英俊弁護士にかなり密着した記事(単行本化もされている)を書かれていたこともあり、比較的フラットに扱おうとしている印象も受ける。

自分は、この件に関しては、平成16年改正後の「新・特許法35条」の運用状況を十分に検証してから考えるべき、という立場だし*1、それがなされていない段階で法改正を声高に主張するのは、明らかに“産業界のエゴ”に他ならない、と(産業界に身を置く立場ながら)考えているのだが、本特集でも、「上」で、改正特許法35条に対応した企業の取組み(報奨制度を選択制にするケース等)が紹介されているし、「下」でも、

「04年の特許法改正では、企業と社員が協議して対価支払いの社内規定を設けるよう促した。それ以降の発明で対価が争われた判決はまだ1件しかない。報奨金の支払い時期を工夫するなど研究者の意欲を高める効果的な取り組み事例を普及させれば、訴訟リスクが減り、法改正の必要性は薄れる可能性はある。」(同上)

と、至極ごもっともなコメントが付されていて、この辺の冷静さは記事として評価できるところではないかと思う。

そして、ひとえに「産業界」といっても、実務担当者が皆、同じように法改正を是としているわけではないし、特に法務系のバックグラウンドがある実務担当者は、上記と同じような感覚を持っている人の方が多いのではないだろうか。

平成16年改正後の特許法35条4項、5項のコンボは、規程に基づいて真面目に発明補償金の支払いを行っている使用者側にとっては、かなり強力な武器になるものだから、平成16年改正法施行後の発明について、対価請求訴訟で会社がむざむざと負けるケースというのはちょっと考えにくいし*2、それ以前の発明については、これから法改正をしたところでどうなるものでもない(笑)。

それが分かっていれば、長年定着してきた法原則の筋を曲げてまで、「法人帰属」だとか「対価請求権廃止」だとかいう主張に走る必要は、本来ないはずなのだけど・・・


この問題に関しては、かつてこのテーマを本格的に調べたことがある者から見ると、「外国の法制度」の紹介の仕方がおかしいのでは?と思われるところがかなり見受けられるし、特許法35条に関して我が国に積み重ねられてきた様々な正当化根拠や解釈に関する理論がどこまで議論の前提として共有されているのか、疑わしいところも多々あるように思われるだけに、引き続き重大な関心をもって(笑)、見守っていくことにしたい。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20130304/1362506506参照。

*2:「訴訟を起こされること」それ自体をリスクと考える発想に立てば、また違う考え方も出てくるのかもしれないが、それを言ったら、どんな法制度にしたところで、社員発明者との「訴訟」そのものがなくなる、ということはありえないだろうと自分は思っている。

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