明かされた手の内?

昨年の政権交代以降、どちらかと言えば前のめり気味に、TPP交渉に向けた動きが加速している。

現在暗礁に乗り上げてしまっているように見えるWTOと同様、多国間で経済連携の枠組みを作る、というのは極めて難しい作業だけに、「成長戦略」等々のお題目に振り回されるのではなく、そもそも協定が結ばれるのか、あるいは、締結されるとして、日本が目指していたものがどこまで原型を留めた形で残るのか・・・といったことを、常に意識して議論する必要があるだろう、と思う。

で、そんな中、ぎょっ、とするような記事が日経紙の一面に掲載された。

「環太平洋経済連携協定(TPP)交渉を前に、日本が著作権の保護期間を権利者の死後50年から70年に延長する方針を決めたことが明らかになった。4月に開いた日米事前協議で、日本が米国に歩み寄り、著作権を含む知的財産分野の交渉方針を米国と統合する案を示した。知財分野は新興国と先進国の利害が一致せず、交渉が遅れている。日本は米国と連携を強化し、7月23日から参加する交渉の主導権を握る狙いだ。」(日本経済新聞2013年7月9日付け朝刊・第1面、強調筆者)

正直言えば、ここで書かれている内容が事実だとしても、あまり違和感はない。

米国の知財要求項目として巷で囁かれている「非親告罪化」とか「法定損害賠償」といった他の項目を、本当に国内で実現しようとすれば、ことは著作権制度の枠内にとどまらない。いくら条約が優越する、といっても、司法制度そのものに影響を与える制度改正を行うには物凄い労力がかかるし、あちこちから批判の火の手が湧きあがるのは目に見えている。

これに対し、「保護期間の延長」であれば、純粋に著作権法の改正だけで事足りる話だ。

また、つい数か月前に、日経紙がこの問題を取り上げた際にもコメントしたとおり(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20130513/1368981322)、保護期間の延長は、つい数年前にも業界を二分するような議論が行われたばかりで、その際にも、コンテンツホルダーや一部のクリエイターを中心に一定の支持を集めていた話である。

もちろん、パブリック・ドメインが縮小することによる弊害を指摘する声は依然として根強いし、保護期間延長の恩恵を受けた海外の強いコンテンツに我が国のコンテンツ市場が侵食される、という事態も、依然として想定しなければならないことに変わりはない。

ただ、日経紙の記事で指摘されているように、「TPPの交渉参加11カ国のうち保護期間を死後50年にしているのはベトナム、マレーシアなど5か国」に過ぎないし、「世界では死後70年が主流」というのは言い過ぎだとしても、米州以外にEUやロシアなど、多くの有力な国が既に「70年」という保護期間を採用しているのは紛れもない事実。

そう考えると、日本政府がTPP交渉を行う上での“譲りしろ”として保護期間の延長を持ち出すのは、至極当然な流れだと言えるだろう。

当然のことながら、甘利経産相をはじめとする政府筋は、公式には、即座にこの記事に書かれているような「方針」を否定したようだが、単なる“はったりの飛ばし記事”にしては、「政府の内部資料」を情報源として挙げるなど、何となく生々しいのが、今回の日経の“スクープ”の特徴なわけで、少なくとも政府側のスタッフのなかに、上記の「方針」をもって交渉を進めようとしている人がいる、ということは、容易に推認できるところ。

そして、掲載された媒体の性格を考えると、今まさに進められている国内有力団体のTPP交渉に対する意見集約での反応を見るために、政府筋が意図的にアドバルーンを上げさせた、という見方さえできるところである。

情報を小出しにすることによって、支持する動きを誘発させ、反対派からのハレーションをも、コントロールできる範囲に置く・・・。
そんな手法は、立法過程においてはしばしば行われていることだし、今回の話がその延長線上にあったとしても、そんなに不思議なことではないと思う。


その一方で、本格的な交渉に入る前のこの段階で、「保護期間の延長が方針として固まった」かのような記事が出てしまう、ということ、言い換えれば、それなりに実務に与える影響は大きい「保護期間の延長」というタマを、序盤から早々と出さなければいけない、ということには、TPP交渉に臨む政府関係筋の“追い込まれ感”が如実に表れているような気がして、何だかなぁ・・・という思いが残るのも確か。

もちろん、国益を大きく左右する他の関税・非関税障壁の問題に比べれば、知財制度に関する問題など、ましてや保護期間を50年にするか、70年にするか、といった問題など、交渉当事者にしてみれば、相対的には“ささいな”問題に過ぎないのかもしれないけれど、元々、「何が何でもTPP」的な動きに懐疑的な者の一人としては、「譲りしろは最後に見せるものだろう」と、嫌味の一つでも言いたくなるところである。


ま、日本は「交渉に参加」することに意義があるのであって、最後はTPPの枠組みごとコケるんじゃないか・・・という見方もあるだけに、しばらくは冷静に見守ることにしたいと思っているのであるが。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html