「特許異議」制度、復活の時。

ちょっと前から、この流れがほぼ確定的なものになる、と予想されていたとはいえ、新聞の一面に掲載されると、いよいよだなぁ・・・という気分になる。

特許庁は、成立した特許に対して類似技術をもつ同業他社が異議を申し立てやすくする新制度をつくる。書面での手続きだけで審理し、異議が認められれば、すでに成立した特許を無効にできる。来年の通常国会にこの規定を盛り込んだ特許法改正案を提出、2015年の導入を目指す」(日本経済新聞2013年8月10日付け朝刊・第1面)

かつては特許付与前の制度として、平成6年改正後は特許付与後の制度として設けられていた「異議申立制度」が廃止されたのは、平成15年改正のこと。

当時は、まさに“知財立国”を看板に掲げた様々な制度見直しが行われていて、「とかく複雑で、時間がかかり面倒な特許制度を何とかしよう」という空気が、世の中に充満していた時期である。そして、「審判における迅速な審理」、「紛争の一回的解決」、「審判官による信頼性の高い判断」といった要請を充足するために、

「異議申立制度と無効審判制度を新たな無効審判制度として統合・一本化する改正」

がなされた、というのが当時の改正であった。

あれから10年。

自分が知財の業界に足を踏み入れたのは、実はこの改正法が施行された直後くらいの時期だから、実のところ、特許異議と無効審判が併存していた時期、というのを自分は知らない(苦笑)*1
さらに言えば、自分がメインでやっていた時は、何のきっかけもなく他人の特許を積極的に潰しに行った、というような経験はほとんどなくて*2、むしろ、何とかギリギリで権利確保した自社の虎の子の特許をめがけて無効審判請求される、というケースの方が遥かに多かった。
なので、審理はなるべく長引いてくれた方が好都合なことは多いし、書面のやり取りだけではどうも分が悪そう、という時は、何が何でも「口頭審理」を、とお願いして、審判官の面前で奇跡の逆転に期待する・・・というパターンもあったり*3、と、「異議申立」がないことでむしろ助かっていた面もある*4

そして、そんな背景事情を差し引いても、昨年来の「復活」に向けた動きには、どうしてもピンと来ないところが多かった。

今年の2月にまとめられた「産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会」の報告書(http://www.meti.go.jp/press/2012/02/20130228003/20130228003.html)を見ても、「問題の所在」として、様々な理由が挙げられており、一見すると「付与後異議」を復活させることが必然であるかのような纏められ方になっているものの、よく読むと、本当にこんなのが立法事実になるのか?と突っ込みたくなるようなものも多い。

例えば、「無効審判の利用が最近減少傾向にあり、かつての異議申立制度廃止前の件数を吸収しきれていない」という事実をとらえて、

「瑕疵ある特許権が、現行制度下では、見直しの機会なくそのまま存在し続けている可能性がある」(5頁)

とし、

「グローバルな事業展開のために多額の投資を行った後に、その基礎となった特許権に瑕疵のあったことが判明した場合、致命的な損害を受ける場合もある」(7頁)
特許権者にとっても、将来、特許が無効にされるリスクを知らずに、事業活動を継続することになり、社会全体の利益の観点から見た場合には、望ましい傾向とは言えない」(10頁)

といった「問題」を指摘するくだりがあるのだが、多くの会社は、事業を行う“結果”として特許を取得するに過ぎず、特許を“元手”に事業を行うわけではない*5

仮に特許の瑕疵が事後的に判明して、特許が無効となってしまえば、その分野に関しては独占的利益を享受しづらくなるのは確かだが、それによってビジネスモデルが大きく狂うことはそうそうあるものではない、と自分は思っている。

また、

「無効化資料を入手しても具体的なアクションを起こすことなく、将来の係争時に備えて自社内に抱え込む行動が増えている」(10頁)

という指摘もあるが、特許などというものは、単に登録されて権利証を受け取っただけでは何の価値もなく、具体的な権利行使の場面で初めて意味を持つ代物なのだから、むやみに無効審判を起こして泥沼に嵌るより、相手が権利行使を仕掛けてくるタイミングを待って、“カウンターパンチ”として無効審判請求をする方が効率的かつ効果的、と考えるのは、むしろ自然な発想だろう。

10年前に比べれば、審査体制は大幅に強化されているはずだし、情報提供制度を含めた審査の基礎資料の収集能力も格段に上がっているはずなのに、今さら、

「(異議申立制度の結果の)フィードバックにより審査の質が向上するといった機会が失われてしまった」(10頁)

というのもどうなのか・・・と思う。

報告書の中では、「法的安定性の観点からの懸念を指摘する意見」に対し、

「しかしながら、この10年間の特許制度を取り巻く環境の急激な変化、特に、我が国における審査の劇的な早期化により、今まさに我が国発の特許権に基づく海外での権利取得・活用の積極的展開が可能となる段階に来ていることを考えれば、その阻害要因を取り除くための制度改正については、柔軟性を持って果断に取り組むべきと考えられる」(12頁)

という極めて振りかぶった回答が示されているが、所管官庁が必死になってこの施策を推し進めようとする姿を見れば見るほど、書かれていないところに真の目的があるのでは…?と勘繰りたくなる思いも出てきてしまうのである*6


ちなみに、審議会報告書の方向性どおりに特許法改正が進められるとしたら、何人も申立て可能な手続きになる上に*7、ややこしい手続きへの関与が強制されず、取消訴訟の当事者となることもない、ということで、申立ての件数自体は、相当増えることが予想される。

要するに、注目度の高い特許については、実質的に二度、三度審査する機会が生じる、ということになるわけだが、それによってもたらされるメリット(瑕疵ある特許が減る)と、審査側、出願人側双方にもたらされる“コスト増”というデメリットのいずれが優先されるべきなのか?

「復活」を目前に控える今、こんなことを言っても今さら感ありありなのだけれど、「復活後」であっても、その辺りのことは継続的にレビューされるべきではないか、と思うところである*8

*1:したがって、特許異議申立は簡便で良い制度だったのに…という昔話をされても、今一つピンと来ない。

*2:正確に言うと、侵害紛争を仕掛けられて初めて無効審判を検討し、審判請求を行う、というパターンしか経験したことはない。

*3:特許法上は口頭審理を行うのが原則、とされていたとはいえ、新・無効審判がスタートした当時は、書面だけでカタを付けようとする審判体も多かったから、口頭審理までたどり着くのにかなり苦労した記憶がある。

*4:その特許を維持することにどれだけの意味があったのか、と問われれば、まぁあんまり・・・という感じではあるのだが、第三者に異議を出されて潰される、というのは、気持ちの良いことではないだけに、大局観を度外視しても必死で防戦したくなる、というのが人間の性というものである。

*5:ライセンスビジネスを収益源としている会社であれば別だが。

*6:検討された案として10頁に挙げられている6案も、付与後異議復活案以外は、正直、実現性が乏しいと思われるものばかりで、この結論ありきの議論だったようにも思われるだけに、なおさらだ。

*7:その一方で、無効審判については請求適格が「利害関係人」に限定される方向で巻き戻される可能性が高い。

*8:筆者自身は、「特許」(に限らず知的財産権全般)に高いコストをかけなければいけない社会、というのは、決して理想的な社会ではない、と思っている。“特許で飯を食う人々”が10年前とは比較にならないくらい増えてしまった今となっては、空しく響く戯言なのかもしれないけれど。

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