夏休みに読んでみた本(その1)〜労働契約法改正を語りつくすための一冊。

“夏休み”といっても、丸一日休めるようなのんびり感とは程遠い状況であるのだが、それでも、ちょっとは時間を作って、買い貯めていた本を読もう・・・ということで、今年もこのシリーズをやってみることにする。

改正労働契約法の詳解 Q&Aでみる有期労働契約の実務

改正労働契約法の詳解 Q&Aでみる有期労働契約の実務

最近、非正規雇用分野を中心に、法改正が相次いでいて、とみにホットな状況にある労働法分野。
出版業界でも、セミナー業界でも、去年から今年にかけてここぞとばかりにこの分野で攻勢をかけてきているから、「対応が必要なのはわかっているけど、どれを読んでも誰の話を聞いても、同じような話ばかりでもういい加減・・・」という方も、決して少なくないのではなかろうか。

だが、本書は、類書と比べてかなり異彩を放っており、読む者を飽きさせない。

労働者派遣法、高年齢者雇用安定法の改正と、労働契約法の改正をセットにして、“一冊で3度美味しい”感をアピールしている解説書が多い中で、「労働契約法改正」にピンポイントで焦点を当てている*1この本は、一見すると魅力不足のようにも映るのだが、そこは、第一東京弁護士会の労働法制委員会の「調査・研究成果」であることを巻頭でうたっているだけあって、情報の量も質も、類書を圧倒している。

特に、「第2編」(49頁以下)に掲載されている「Q&A」では、改正法の条文の基本的な解釈(当然ながら、省令等にもきちんと言及されている)から、従来の裁判例の分析*2、そして、それらを受けた「実務上どのように対応すべきか」というポイントまで、痒いところも含めて、より実践的な形で設問・解答が用意されており、このQ&A・84問をベースとして押さえておけば、応用問題まで含めて、かなり広範囲の実務的課題に対応することが可能、という充実ぶりである。

そして、本書の“異彩”ぶりを決定的なものにしているのが、「弁護士会」名義で執筆された書籍であるにもかかわらず、全体的に「雇う側」の論理に配慮した形で構成されている、ということである。

そもそも、オープニングの論稿の標題が、「日本型安定雇用を壊す雇用強制立法」*3となっている時点で穏やかではない(笑)。

今回の法改正に対する、

「わが国の安定した雇用体系を壊すことになるような問題と今後の訴訟リスクを増大させる危険をもったものと評価される」(13頁)

という指摘がどこまで的を射たものなのか、現時点での論評は差し控えるが、出だしからとにかくインパクトがあるし、これに続くQ&Aの回答や、第3編の「座談会」参加弁護士の発言のなかにも、立法(及びそれを受けた省令等)を批判する、という感覚が随所にちりばめられていることが一見して分かる。

「転換権を事前に放棄することは可能か」という問いに対しては、

「事前放棄は公序良俗に反するというのが厚生労働省の見解である」(72頁)

と含みを持たせた表現で答えているし*4、「改正労契法20条とパート労働法8条とでは文言が異なるが、適用範囲に違いがあるのか」という問いに対しては、

「改正労契法20条では、要件が厳格でなくなり、適用範囲が広がり、不合理と認められるのはいかなる場合かについて、企業側の予測可能性が低下することが懸念されている」(150頁)

と答える。

座談会になると、さすがに様々な立場の先生方が混じっているだけに、露骨な“企業びいき”的な発言は影を潜め、どちらかと言えば理論的、技巧的な観点からの議論が目立つのだが、木下潮音弁護士が、

「現実にこの法律がある中で実務を運用しようとすると、この法律は意外に使いにくいなという点を感じます」(196〜197頁)

と述べられていたり、倉重公太朗弁護士が「登録型派遣の性質が無期転換権の行使によって変ぜられてしまうのではないか」という点を危惧する発言をされているなど、言うべきことは言われている。

元々経営法曹系の先生方が存在感を発揮している一弁ゆえ・・・という面はあると思うが、理詰めの議論で行政サイドの思惑に物申す、という姿勢が貫かれている点で、本書が清々しく感じられるのは間違いないところ。

たった3つの条文、されどその影響は計り知れない、という状況の下で、企業の中の実務家がどう振る舞うべきなのか、語りつくすにはちょうど良い素材と思われるだけに、関心のある方には、是非お勧めしたい一冊である。

*1:終わりの方で、木下潮音弁護士が改正三法をセットに論じた解説を書かれているが、それが数少ない他の二法への言及で、それ以外のパートでは、ほぼ労働契約法改正(有期労働契約規制の話)に特化した解説書になっている。

*2:ちなみに裁判例については、100頁以上の紙幅を割いて(226頁〜337頁)、「雇止め」をキーワードとして抽出された161件の事案の概要と結論が要領よくまとめられており、本書の資料としての価値も極めて高い。

*3:安西愈・本書2頁以下。

*4:解説では、「転換権の事前放棄が労働者の真意に基づくものであれば必ずしも放棄の効力を否定する必要はなく、真意に基づかず、やむを得ず事前放棄に同意させたような場合につき、そのような同意を公序良俗に反し無効とすべきではないだろうか」(73頁)と厚労省通達に挑むかのようなコメントも掲載されている。

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