的外れな議論の末に見えた現実〜みずほ銀行特別調査委員会報告書より(前半)

「反社会的勢力との取引」という極めて不名誉、かつ、インパクトの大きい見出しで大々的に取り上げられたこともあり、金融庁の業務改善命令が出されて以降、しばらくは世の中を騒がせていた「みずほ銀行提携ローン問題」*1

ここぞとばかりに、あちこちに訳知り顔でコメントする有識者が登場し、何かあると蒸し返される「三行統合の不協和音」ネタがまたまた出てきたり、さらに遡ってバブルの後始末をしていた頃の総会屋事件の話まで登場したり、と、外野ばかりが盛り上がっていた感もあった。

確かに、都条例施行前後から、バカバカしくなるくらい過敏に“暴排対応”を迫られてきた多くの会社の担当者にとっては、「2年以上も抜本的な対応を行っていなかった」と聞くと、「え、なんで?」というのが率直な感想だと思うし、「トップに報告していたのかどうか」という、行政処分の原因ともなった点に関して*2、説明がガラッと変わってしまうなど、みずほ銀行側の一連の対応に首を傾げたくなるところがあったのも事実で、それゆえ、叩かれるのも分からんではない、という話ではあったのだが、現実に生じていたと思われる内容*3と、世の中で議論されている内容との乖離が日ごとに大きくなっていくのを見聞きするにつけ、イラッとする思いに駆られたのも事実*4

そんな中、平成25年10月28日付けで、中込秀樹弁護士を委員長とする「提携ローン業務適正化に関する特別調査委員会」*5によって取りまとめられた「調査報告書」*6が世に出された。

そして、実務サイドの人間としては、これを読んで初めて腑に落ちたことも多々ある。

以下では、この調査報告書から意義深い部分を適宜引用しつつ、「なぜ2年以上にわたって抜本的な対策が取られなかったのか?」、そして、「この話がなぜ、ここまで大ごとになってしまったのか」という点について、考えてみることにしたい。

みずほグループにおける反社会的勢力管理態勢と「提携ローン」の特殊性

今回公表された「調査報告書」には、これまでのみずほグループの反社管理態勢がどうなっていたのか、というところを、丁寧に記しているのだが、これがなかなかすごい。

みずほグループにおいては、「みずほフィナンシャルグループとの取引にふさわしくない先を排除し、不良債権やトラブル発生を未然に防ぐ」ことを目的として、いわゆる「反社会的勢力」の概念よりも相当広範な概念である「不芳属性先」と分類する情報群の枠組みを設定し、これに属する情報の収集を行っている。この「不芳属性先」という概念は、下記のとおり、暴力団員、総会屋などの「反社会的勢力」に加え、金融犯罪(主に詐欺)などを含む概念である。不芳属性先情報については、みずほ FG のコンプライアンス統括部信用情報管理チームにおいて、公知情報(新聞・雑誌等)、「情報連絡制度」の手続に基づく行内情報の収集等の方法により、一元的にこれを収集、管理し、長期間にわたって膨大な量の不芳属性先情報のデータベース(以下「本データベース」という。)を構築してきている。 そして、本データベースにおいては、下記ウにおいて述べる事後チェック(定例スクリーニング)によって、みずほ銀行と取引のある特定の顧客が、みずほFG における「反社会的勢力」の定義に該当する者(以下「反社会的勢力定義先」という。)であると認定された場合には、当該顧客は、「反社認定先」として分別管理される。このように、本データベース上は、「不芳属性先」という概念を基礎として登録が行われ、更に、そのうち、「反社認定先」については、別途区分して登録がなされている」(17〜18頁)

みずほ銀行においては、与信取引8、与信取引以外の資金提供取引、当座預金・貸金庫取引、普通預金取引などを新規に取扱う場合には、対象先について「信用情報照会」手続等により本データベースの情報とも照合して幅広く不芳属性先に該当するか否かのチェック(以下「不芳属性チェック」という。)及び反社会的勢力に該当するか否かのチェック(以下「反社チェック」といい、不芳属性チェックと総称して「属性チェック」と総称する。)を行うものとされている(このようなみずほ銀行による取引の実行前に行われる属性チェックを、以下「入口チェック」という。)。営業部店において、「信用情報照会」により属性チェックを行うと、営業部店には、「不芳属性先」への該当性のみ通知される。みずほ銀行においては「不芳属性先」との取引は原則として禁止されているため、当該通知内容をもって原則として取引が謝絶されることになる。例外的に、「不芳属性先」との間で取引をするか否か検討する場合には、まず「反社会的勢力定義先」に該当するか否かを判断するために、部店長におい
て、コンプライアンス統括部渉外室に対して電話で確認する。その結果、相手方が「反社会的勢力定義先」に該当する場合には取引は例外なく禁止され、これに該当しない不芳属性先であった場合には、特殊取引管理票を起票し、通常よりも慎重な決裁手続を経て承認された場合に限り、例外的に取引の実行が認められる。かかる「反社会的勢力定義先」該当性の判断は、コンプライアンス統括部渉外室において、該当者について集積された相当量の情報を精査し、数時間かけて手作業で確認し、判定するものであって、慎重かつ精緻な手続を、時間をかけて経由していく作業である。」(20〜21頁)

さすがは監督当局の厳しい規制の下で生き残ってきたメガバンク、そして何より信用第一の業界だけあって、取引先に対してかけているフィルターは、一般の企業が取り組んでいるよりも遥かに厳格である*7

そして、上記のような「入口チェック」に加えて、コンプライアンス統括部に設けられた「渉外室」なる組織が、「定例スクリーニング」と呼ばれる事後チェックを行い、さらに不芳属性先情報が入手されるたびに「都度反社判定」まで行ってデータベースを更新していく*8、という体制の充実ぶりは、少人数のスタッフ(しかも他業務と兼務)の中で、なくなく暴排条例対応を強いられている多くの会社にとっては、羨ましいくらい限りである*9

・・・であれば、なぜ、ここまでの態勢をとっていながら、“不祥事”となってしまったのか、というのが、ここまで読んだ者にとっては最大の関心事となろう。

これに応えるか如く、調査報告書が示しているのは、「提携ローン」として報じられた「オリコを保証会社とする販売提携ローン」(報告書の中では「キャプティブローン」という表現が使われている)の以下のような特徴である。

本キャプティブローンは、
(i) 取引の無作為性
個々の債務者(顧客)は、契約の相手方となる金融機関を選択できず(オリコにおいて選択し、後日通知される。)、金融機関側も個々の債務者を選択できない点、
(ii) 直接接触の不存在
オリコ(及びその加盟店)が、顧客に対する与信判断から回収までの全ての顧客窓口業務を執り行い、みずほ BK は、取引の一連の流れの中で、一度も顧客との間で直接接点を持つことがない点、
(iii) バルク性
みずほ BK においては、簡易な顧客情報に基づき、数千という大量の顧客との取引をまとめて融資実行する点、
(iv) 自行債権性
そうであるにもかかわらず、法形式上は、みずほ BK(債権者)と個々の顧客(債務者)との間で、金銭消費貸借契約が成立する点、
(v) 購買連動性
資金使途が具体的な商品の購入代金やサービスの代金への充当に限定される点
において、際立った特徴を有する(28頁)。

このまとめに先立って、「手続きの流れ」も解説されているのだが、それによると、顧客は加盟店(自動車ディーラーや家電量販店等)の店頭で、オリコのローン契約書に所要事項を記入し、商品代金に関する融資の申し込み受け付けを行ってから顧客に資金が交付されるまでの間に行われる審査は、オリコの審査のみ、しかも、オリコからみずほ銀行に対して行われる融資実行依頼は、毎月6回、一括して行われるのみで、しかもその際にオリコからみずほに交付される「融資実行依頼書」には、みずほグループのデータベースを用いて、反社会的勢力であるか否かの確認作業を行うに際して必要な情報の全てが記載されているわけではない、ということである。

そうなると、この提携ローンに関して言えば、みずほグループの側でいかに充実した反社チェック体制を敷いていたとしても、“宝の持ち腐れ”ということになってしまうわけで、多くの見識ある専門家が指摘しているように、このようなキャプティブローンの商品特性が、今回の“不幸”を招く最大の原因となってしまったことは明らかであるように思う*10

目指した理想に立ちはだかった壁(その1)〜ビジネスの論理と「会社」の論理

さて、いかに商品特性上、反社チェックを十分に行うことが難しい、といっても、「法形式上はみずほ銀行と個々の顧客の間で金銭消費貸借契約が成立する」という現実がある以上、放置することは許されない、というのが、世知辛い世の中の掟である。

調査報告書には、平成15年当時、みずほFGのコンプライアンス統括部が、「オリコ側が独自の保証審査を実施することを前提として、みずほグループとしての属性チェックは不要である」と整理しつつも、その後、みずほグループとオリコの包括業務提携、さらに関連会社化、という流れを踏まえ、平成21年3月に「みずほグループとしての属性チェックを実施する必要性がある」という判断に至るまでの過程が記載されているのだが、いずれのステップにおいても弁護士への相談が行われ、その過程を担当者がメモとして残した上で、判断を行っている*11

しかも、方針を転換するに至った平成21年3月の弁護士相談では、

・[注:オリコが]完全子会社化された場合には、「反社排除の結果の一致」(自己査定の整合性確保等)が求められるものの、(持分法適用会社等)それ以前のグループ化の過程において、オリコ独自の反社排除を許容することに違和感はない
反社排除は、法令等によりそのレベル感が示されている訳ではないので、業界慣行(同業他社動向)や業界としての自主規制ルール、関係法律等を管理すべき親会社が判断していくほかない。
・ ただ、社会通念上求められる反社排除の水準や、レピュテーションは、経年変化していくので、(親会社は)経営管理をする上で、反社排除のレベル感を(グループ同一まで)高めていく努力を行う必要はあるだろう
・ 犯罪収益移転防止法により割賦販売等における本人確認が免除されていることは、(現時点では)資金使途不明の資金が顧客に渡ることはないという法律上の整理だが、法律施行規則レベルなので今後変わる可能性はあり得る。
オリコ自身がどのレベルで反社チェックするべきかについても、BK サイドでのチェック同様、業態としての独自の判断がある
(42頁)

と、現状のままでもよい、とも受け止められるような見解が出ているにもかかわらず、コンプライアンス統括部独自の判断により、上記のような判断に至っている。

そして、コンプライアンス統括部は、上記弁護士意見や社内の整理を踏まえた上で、当時の西堀代表取締役頭取に報告し、頭取の指示により、「その時点でのオリコにおける反社排除の状況を把握するため、サンプルテストを行う」に至ったのであり、ここまでの流れだけを見れば、まさに“理想的”な形で、自主的な反社対応の取り組みが進んでいた、といえるだろう。

だが、ここから、みずほ銀行は大きな壁にぶち当たることになる。

まず、「みずほBKと信販会社であるオリコとでは、反社会的勢力の排除に係る体制整備の状況に大きな隔たりがあった」こと(45頁)。

同じ「金融」業界に属する機関でも、銀行と信販会社とでは、顧客の質も違うし、取引の質(与信のレベル)も異なるわけで、蟻が通る隙間もないくらい網羅的なみずほ側の「不芳属性先情報」をオリコに使わせて「入口チェック」を行う、となれば、大量の顧客クレームが生じることは必至の状況だったし、多くの顧客を失うことは免れない状況だったと言えるだろう。

そして、それゆえに「入口チェック」については、実現困難という予測の下で、進めていかざるをえなくなってしまった*12

調査報告書には、その後(平成22年9月)行った最初の事後チェックで、反社認定先との取引に該当する、とされた件数が228件判明し、みずほ銀行側が、オリコに対して、顧客情報をいかにフィードバックするか、四苦八苦しながら交渉を進めている様子が記されているのだが(50〜51頁)、オリコが受け入れたのは、「反社認定先」情報のシステムへの登録のみ。

グループ会社化した、といっても、所詮は別会社であり、オリコ自身にもそれまでに積み重ねてきた歴史があるわけで、銀行から言われたからホイホイ、と応じるはずもないのは、理解できるところではあるが、2年以上かけて交渉を行っても、なかなか話が前に進んでいかない、そんなみずほの担当者の苛立ちが報告書には滲み出ている、といえるだろう。

そして、担当者が苦戦している中で訪れたのが、「平成23年3月の大規模システム障害」とそのどさくさに紛れた不正支払への対応、そして、その処理の過程で行われた「人事の抜本的刷新」である。

率先して対策を指示していた頭取は引責辞任、担当役員も事実上交代し、コンプライアンス統括部内においても、

「上記システム障害や特例支払問題の対応に追われる中、本キャプティブローンの属性チェックの領域の段階的拡大についての問題は、相対的にその優先順位が低下することとなった。このように、上記の各人事異動によって、オリコの関連会社化に伴う本キャプティブローンの反社チェック方法等の検討に関わっていた者の大半がコンプライアンス統括部を離れることとなった。」(59頁)

という状況で、初期段階から対応を行っていたC氏のみが、取り残されることになってしまった。

(当時)より大きな問題に対処するために優先順位を下げた事柄が、あとになって火を噴いてしまった、そして、当時の経緯を知るものが少ない中で、取り残されていた担当者が「何であの時やらなかったの?」と責められて割を食う、というのは、大きな会社ではよくある話・・・とはいえ、報告書47〜59頁あたりの経緯を読むと、自分はC氏に同情せざるを得ない。

そして、この後、さらに涙なくして読めない話が続くのであるが、だいぶ長くなったので、以下、別エントリー(後編)として上げることにしたい。

*1:ここに来て、メディアの関心が“表示偽装”の方に向かってしまったこともあり、かなり下火になった感はあるが。

*2:金融庁の平成25年9月27日付け業務改善命令の内容については、http://www.fsa.go.jp/news/25/ginkou/20130927-3.html参照。

*3:一連の報道の中には、問題となった提携ローンの仕組みを比較的丁寧に説明しているものもあったので、メディア関係者に限らず、問題状況そのものを把握することは、本件ではそんなに難しいことではなかったように思う。なのに・・・。

*4:単に大企業をバッシングして憂さを晴らしたいだけの人々にとっては、歓迎すべき流れだったのかもしれないが、他社事例を他山の石とすることが、半ば職務上の使命になってしまっている我々にとっては、これらの議論は何の意味もない代物だった。

*5:他の委員は、志田至朗弁護士、石綿学弁護士。

*6:要約版がhttp://www.mizuhobank.co.jp/release/2013/pdf/news131028_2.pdf、公表版がhttp://www.mizuhobank.co.jp/release/2013/pdf/news131028_3.pdf。両方読んでみたが、要約版だけだと、やはり一番知りたいところが飛ばされていて切なくなるので、個人的には公表版をご覧いただくことをお勧めする。

*7:上記のような広範なフィルターのかけ方をされてしまうと、何ら反社会的勢力とは縁がない健全な市民であっても、何かのはずみで名前が挙がった途端に、銀行を使った取引が一切できなくなってしまう・・・というリスクがあるのだが、その問題は今回はひとまず措いておく。

*8:調査報告書の中では言及されていないが、おそらく警察とのパイプを持つ警視庁のOB等も、相当の人数、社内で処遇しているのではないかと思われる。

*9:みずほにおいても、実態としては大差ないのかもしれないが、少なくともこの報告書の記述ぶりを見る限りはそう思う。

*10:こういうことを言うと、そもそも、融資相手の属性に責任を持てないような融資スキームなんてやめてしまえば良いではないか、と反論してくる人を時々見かけるのだが、この種の提携ローンの恩恵を受けている「反社勢力以外の一般顧客」も大勢いる(というか、ほとんどの顧客はそういう人々である)以上、単に反社リスクを回避できないことをもって、そこまで言うのはいくら何でも・・・という気がする。

*11:なお、調査報告書では、「メモや面談記録が残されているだけで、意見書が徴されていない、ということが、わざわざ指摘されているのだが、通常、このレベルの相談でイチイチ弁護士に意見書を作らせるか、といえば、コスト管理の観点からも取らない会社の方が多いはずで(ちょっとした意見書でも7桁を超える金額を請求してくる人はいるから・・・)、みずほ側の対応に違和感はない。

*12:報告書には平成22年6月の方針決定時点で、オリコと直接折衝に当たっていたコンプライアンス統括部の担当者Cが、「入口反社チェックの導入可否検討」という記載を設けること自体に抵抗したが、上司Bの判断により、記載されることになった、という生々しいやり取りも記されている(50頁)。

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